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第49話 売り切れた涙

 



「うぃっーす。ただいま」

「おかえりリョーマ。あれ?アブさんは」

「アイツはコレんとこ」


 宿のロビー兼カフェで俺は小指を立ててメリッサに示した。


「あっ、ふ~ん・・・。アブさんってステラさんと別れたんでしょ?そんなにすぐ別の人と付き合えるもんなの?」

「本人に聞いてくれよ。でもまあ、友情の方は大丈夫そうだけどあっちの方は大分、音沙汰なかったらしいぜ」

「誰に聞いたのよ、そんな下世話なこと」

「ルシエラっていうヤバい人」

「あんたがヤバいっていうぐらいだから、相当ヤバいわね」

「なんか距離感バグってるんだよな。全然他人に媚びないタイプでストレートにズバズバ聞きにくいこと聞いてくるからほんとマジでヤバいんだってあの人」

「あんたと同じじゃない」

「マジで?あんな風に見えるの?俺」


 そんなことを言っていたらダンディとサキも合流してきた。


「よう、不動産は抑えることが出来たぞ。明日から入居可能だ」

「んじゃ明日から本格的にリハ開始だな」

「そう言えばルシエラの話をしていなかったか?」

「そうだけど、マジパねえってあの人」

「あまり言ってやるな。子供のころから精霊の巫女として過ごして、未だに他人との距離感を図ることが出来ないと悩んでいた」

「精霊とのコミュニケーションだとあれで良いのか・・・?」

「まあそれは分からんが、そこにモラが手を差し伸べたのがクラン加入のきっかけらしい」

「へえ、さすがダンディはチームメイトの事情には詳しいな」

「秘密ばかり聞かされて頭を抱えているところだ」

「今のはまだ言える方の秘密ってことなのね」

「そうだ。しかし腑に落ちないのが、聖職とは本来他人の悩みを聞くのが仕事なのではないか?なぜ俺が相談されているんだ」

「そりゃダンディが相談しやすいからでしょ」

「人生経験豊富そうだし」

「いや、俺は人生の経験を積むことが出来なかった人間だ。リョーマ。区切りがついた今だから話すが、俺はまともな職業に就いたことがない」

「えっそうなの?ニートってこと?」

「就職活動はしていたがな。氷河期というやつだ。1000社面接して採用は0だ」

「あーマジか、そりゃきっついわ」

「いや、今思えば選り好みをしていた俺にも原因があったようにも思える。俺自身も頑固だったのは反省点だ」

「まあ、頑固さがあったから自分を見失わずに済んだんじゃん。バチクソいばらの道だとは思うけど」

「リョーマならどうだろうな」

「俺か?俺はぶっちゃけ就職する気なかったんだよな。アブに書いてもらった歌詞のボカロ曲の収入もうまかったし、なんかネットを通じてアーティストに楽曲提供するアレに登録したら無限に注文来てたし。まあ、あれもようやく軌道に乗り始めてたってところで例の事件でこっち来る羽目になったってわけだけど」

「時代か・・・俺の学生時代に現代と同じぐらいのインターネット環境があれば何かが変わっていたかもしれんな」

「たらればの話はやめようぜ。そういえば明日から面白い奴が来るぞ。まあアブが採用したんだけど。PAをやってもらおうと思ってる」

「ほう、それは期待だな」

「18才でニートって言ってたな」

「若いなら第二新卒みたいなもんだろう」

「だけどどうも考え方が極端なとこがあってな。見てみて問題ありそうだったダンディから常識ってもんを教えて欲しいんだわ。どうも俺は常識寄りじゃないみたいだし」

「まあ、常識かどうかは知らんが聞きかじりの一般論ぐらいは教えられるだろう」

「んじゃまあよろしく」


 俺は大浴場に浸かる準備をしに部屋に一足早く向かった。







 朝。宿のロビーでバンドメンバーと待ち合わせをしている。


「おっはー」

「おっすアブ。リリカも着いてきてんのか」

「なんだ?文句があるのか」

「別にないけど・・・いや、あるわ!見せつけるな!イチャイチャすんな!」

「なんだ嫉妬か?」


 リリカがあたしに腕を絡ませ、胸を押し付け、リョーマに底意地の悪そうな表情を見せる。あたしは余りこの二人を絡ませると喧嘩になるかもしれないと思ったので、仲裁に入る。


「はい、そこまで!」

「それにしてもアブがまさかこんなロリコンだとはな・・・」

「ムッ。ちゃんと成人するの待ったし、自分からは手は出してないし!」

「アブ、それでは我から常に手を出しているように聞こえてしまうぞ・・・」

「あ、ごめん。恥ずかしいよね・・・」

「良いのだ。いずれ興が乗れば手を出してくれ」

「朝から惚気んなっつーの!あーもうやだあ!この犯罪者を誰か通報しろ!」


 リョーマのテンションが下がっている、って「通報」っていう言葉に反応してダンディもテン下げしてるし。なんか良いこと言ってやる気出してもらわないと。


「そうだ、王都だからそういう店あるっしょ。お金もあるし」

「俺は愛が欲しいの!素人童貞も嫌!あとアブばっかりいい思いしやがって許せん!」

「リョーマさんは彼女が欲しいんですか?」

「うお!ラディオス!いつの間に」

「今日の仕事が終わった後に飲みに行きましょうよ。行きつけのダンスクラブがあるんです」

「おっマジで?気が利くねえ君。ダンディも一緒に来る?」

「いや、生憎と俺は夜、先約がある」

「あー『ダスク・エヴァンジェル』はハーレム状態だったの忘れてたわ。俺もそこ選んでたらな~」

「リョーマなら袋叩きにされる未来しか見えないけど?」

「夢ぐらい見たっていいだろ!」


『ダスク・エヴァンジェル』は礼儀を重んじるし武闘派だ。バランス感覚に優れるダンディでなければ立ち回ることはできなかっただろう。仮にリョーマが派遣されていたとしたらモラの遺体は国外に持ち去られ、ダンジョンを踏破することはできなかった。


「おっリョーマじゃん」

「エナさん!」

「ダンディ殿!」

「セリアとモラか」

「みんなも借りた物件、見学に来る?」


 あたしはエナさんとセリアさんとモラさんを誘った。


「そうだねえ、暇だし行ってみようかな。異世界の音楽、割と興味あるし」

「流石、踊り子。フットワークが軽い」

「セリアとモラはどうする?俺もみんなの話を聞いてばかりだ。たまには俺達のことを知って欲しいという想いもある」

「ダンディ殿がそうおっしゃるなら参りましょう」

「別の予定があるなら無理はするなよ」

「いえ、ゆっくりする期間だと思います。あなた方の演奏会を見てから帰国しようと考えているところです」

「じゃあ今日は身内限定スタジオライブと洒落込むか」


 そう言っているとサキとルイーズとヴェルディンが歩いてきた。


「おっはー。ヴェルディン、ライブのゲスト参加おっけーだってさ」

「諸君とまた邂逅を重ねられるとはね。最高のフィナーレを飾らせてもらおう。楽しみで夜も寝られないかもしれない」

「体調管理も演者の嗜みだぞ、しっかり寝ろ」

「そうして独り善がりにならず集団としての高みを目指せるのが君たちの素晴らしいところだ」


 ラディオスが呟いた。


「なんかあなたたちの仲間って変わった人が多いですね」

「おめーが言うな」


 リョーマからツッコミが入った。








 あたしたちは物件に着いて早々に地下室に明かりを点け、防音を施し、楽器を並べ演奏した。地下室は元はBARだったのか、小劇場の様なステージがあり、座席とカウンターが設けられていた。曲目はヴェルディンも参加する『Scapegoat』『Chaotic Syndrome』を重点的に仕上げた。


「ふい~、この前は急造だったから、やっぱまだ伸びしろあるな」

「あなた方ってすごい人だったんですね・・・」

「なんだ?怖気づいたのか」

「いえ、自分の力がどれだけ活かせるか、俄然、燃えてきましたよ」

「ってかリョーマまだやること教えてないよね」

「ああ、そうだった。操作盤まだできてないけど仕様書はこれ読んどいて。あと音の仕組みと注意点描いてるざっくりした資料」


 リョーマはポンと300ページぐらいある冊子をラディオスの手前に投げた。周波数特性や低域、中域、高域で調整するべきポイント、位相によるサウンドマッピング、コンプレッション、ミキシング、マスタリングなどの技術がまとめられている細かすぎる教科書だ。


「拝読させて頂きます」

「うっわ、やっぱリョーマは人間やめてるなって思うことあるわ」

「それ言ったら言霊プロジェクションマッピングのアブとか人類最強のサキとかの方がすげえだろ」

「そういやダンディの時術ってまだ発現してるの見たことないよな?」

「いや、ダンディの事だから知らない間に発動しててあたしたちの事を陰ながら守ってるパターン、あるかも」

「まさか、誰にも知られず、顧みられることなく、誰も不幸にならない世界線を探り当てている・・・!?真のヒーローかよ」

「妄想はそれぐらいにしろ。俺はみんなに守られているぐらいが丁度いい」

「守りたい、この笑顔」


 ダンディは珍しく照れ笑いを見せた。サキもさぞ守りがいがある事だろう。


「そういえば、ダンディ最近、憑き物が落ちたように表情が軽くなったね」

「まあ、それもみんなのおかげだ。『ダスク・エヴァンジェル』の仲間と、50層の戦い、そしてその後の打ち上げ。ようやく俺は失ったものを取り戻せた気がしてな」

「ちょ、ちょっと、どうしたの急に」


 ダンディはサングラス越しに涙を流していた。


「本当に、感謝している。因みにこれは目にゴミが入っただけだ・・・」

「泣くなって~。ニートだったことは黙っててやるから・・・」

「リョーマ、お前というやつは・・・」

「いや、ニートって言ったらあたしもだしラディオスもじゃん」

「お前らは若いから良いんだよ」


 ヴェルディンとシスター・エナがきょとんとしている。


「なあ、長年働いていないということはそんなに泣くほどのものなのか」

「別に普通の事じゃない?自給自足してる人はいっぱいいるわよ」


 さらにセリアとモラも追随する。


「ダンディ殿ほどの人材なら、働きたいと言うだけで職にありつけようものなのに」

「セリア、そのような物言いは失礼ですよ。ダンディ様の故郷は恐らく、物心両面において貧しい国なのでしょう」


 あたしは異世界民との認識の断絶に軽く眩暈を覚えた。


「ダンディは泣いていいよ」

「ふん、たった今涙は売り切れちまった」


 ダンディはそうニヤリと溢すのだった。

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