第45話 フリー
宿はかなり豪華だった。貴族が泊まるような高級ホテルなのだろうか、看板から家具のいたるところに鷹のような意匠をあしらった国家公認マークに、行き届いたサービスの数々、どれを取っても一流と分かるものが揃っている。
「うわ~、あたしたちやっすい宿しか泊ったことないから感動~」
「アブはもともと実家太いし、ステラさん家に居たからあんま安宿に泊ってないだろ」
「ぐっ、そうだけどさ」
「考えてみれば、我々は一流冒険者の中でも更に上澄みの集団に居るのだったな・・・」
「ね、信じられないよね」
ダンディの感想にあたしはそう答える。
今は祝勝会を兼ねた夕食の準備中。どこかしらからオードブルと思わしき料理が運ばれてきて、銀の蓋を開けられるのを待っている。会場は立食のバイキング形式となっており、まばらに雑談しているグループが点在していた。
「しかし、今回のルルイエのダンジョンのボスを振り返ってみると、最終形態よりサキ殿の姿を取っていた時の方が強くござらんかったか?」
無刀一心斎がそう言うと、アリルとブラディオがそれに同意する。
「確かにそうだな。前回以前とバフの倍率が違うというのもそうだが、それを差し引いてもまるで本物のサキを前にしているような威圧感があった」
「間違いなくそうだと思うぞ。実際にサキと戦ったことのあるこのブラディオが保証する」
「負けましたけどね」
「うるせえ!」
エルネスタにちくちく言葉を貰い、悪態で返すブラディオ。視界の端でルイーズが鼻で笑っている。
「おそらく、パーティ内の最高実力者の姿と能力を再現する仕組みなのだとは思うけど、サキちゃんが想定以上に強かったせいで最終段階よりも強くなってしまったんだと思うよ」
ボロゾがそう嘯いた。
「実際アレを相手できるのはサキしかいないとの声もあったが、呪歌の強化効果倍率をアブから聞いたときにこれならいけると試算したんだ」
「4人で囲んで駄目だった場合はサキに出てもらうしかなかったわけか」
「その場合はドラムを誰が叩く問題が出ちゃうって感じだね」
「そうだな」
「サキほどうまくはないけどダンディとリョーマも叩けるっしょ」
あたしは知ってる。サキには許可を取っているがこっそり一人でドラムを叩いて遊んでいるリョーマとダンディを。
「いや、あんなお遊びじゃ申し訳ねえよ」
「あ、遊んでいるとは心外だな。音出しの把握の一環だぞ」
「ダンディせっけえ、俺もそういう風に言い訳すれば良かった・・・」
「まあ、現実的にサキが居ない場合はリョーマに叩いてもらうのが正解かな?ダンディがドラム叩くと玉突きでベース誰が弾く問題が勃発しちゃうし」
「ギターならアブもヴェルディンも居るしな」
在り得たかもしれない作戦。そんな話に花を咲かせていると、食事の準備が整ったようだ。
「それでは五国間ダンジョン攻略協議会の不肖ジェルミンが音頭を取らせて頂きます。この度は皆様本当にお疲れさまでした。明日は授与式もございますのでほどほどに楽しんで頂けたらと思っております。前置きはこのぐらいにして、皆様グラスをお取りください。乾杯!」
「「「「乾杯!!」」」
一杯目は弱い炭酸の利いたスパークリングワインのような味の果実酒だった。勝利の美酒とはかくも甘美なものかと思うには十分な格を感じた。
「あたしはこの国に来て日が浅いもので存じ上げませんが、ジェルミンさんはこの国の貴族のご息女なんでしたっけ」
「そうです。貴族でも職に手を付けるべきという家訓がございまして、伝手を頼らせてこの職に就かせていただいています」
「立派だ・・・」
いまのところこの国の貴族は貴族であっても偉そうなヤツは居ない。平民にもとても住みやすい環境だと感じている。
「議会が成立しておよそ150年。その間に貴族の在り方も随分変わりましたもの」
「王宮が国民の象徴とされてから久しいですもんね」
ジェルミンの話題にクロードが答える。象徴化って我が国とちょっと境遇似てるな。
「アステールの歴史に詳しくないから失礼かもしれないけど、ひょっとして他国との戦争に負けたからとかっていう話じゃなくて、自発的に変革を進めていったっていう感じなの?」
「そうですよ。150年前の賢王ゼラが貴族をまとめ上げてこのままでは他国との競争に負けるとそう結論付けたんです。奴隷制の撤廃、議会の成立、そのまま五国間の同盟を結ぶなど偉業には枚挙にいとまがありません」
「はえ~かしこみかしこみ」
最悪の結果を避けるために今の身を切れる判断を出来るのは上に立つ物ほど難しい。それは歴史が証明している。だがこの国の歴史は分岐点に賢き指導者がいたようだ。そんな談議で盛り上がっていると、聞き捨てならない話題が聞こえてきた。
「ステラはもうアブと別れたのか?」
「ええ、アブさんはもうフリーですよ」
「ふ~ん」
心臓が跳ねた。ステラさんと会話してるのは空気を読まない発言で有名なルシエラという精霊術師だ。
「そこ!まだあたしも面と向かって確認してなかった事実を確定させないの!」
あたしの声が思ったより大きかったせいもあって周囲が黙ってしまった。ステラさんが申し訳なさそうに発言する。
「すみません。この際明言しておきますが、私ステラはアブさんとの恋人関係を解消しております。アブさんには私などよりももっと相応しい相手を探していただきたいと思っています。ですが、変わらず良い友人でありたいと思っています」
「ステラさん・・・」
涙が溢れてきた。ずっと感じてきたし、言われてきたことだったのに。みんなの前で公開されてしまった。
「・・・」
あたしは、その場に居られなくなって席を立った。
「おい、アブ!食わないならこの肉貰っていいか」
「うっさい!ノンデリ!」
その一言を吐き捨ててあたしは部屋を抜け出した。
廊下を少し歩くとテラスに出た。日は沈み、星が輝く時刻だ。月明かりに負けないだけの街灯の光が夜を押し留めるようにあたりを照らすのは、ここが都会であることの証左である。あたしは腕を手すりにもたれかけ、外を眺め、浮かない顔をした。
(は~、現実をちゃんと受け止めないとねえ・・・)
思わず飛び出してしまったけど、あの場に居直れるほど感情の整理がついていなかったのも事実だ。ステラさんはもう恋人ではない。ステラさんはあたしの精神状態を気遣って結構長くモラトリアムの期間を設定してくれてる節があった。
(あたしの道にステラさんが邪魔、か)
そう考えているのはステラさんだ。彼女の頭の中にどのような道が示されているのか、あたしは詳しく知っているわけではない。だが、彼女はあたしの導きだったはずだ。信頼はしている。
(でも、頼ってばかりもいられない。あたしは今は力もお金も環境もある。やりたいことを実現できるんだ)
吟遊詩人としての活躍。職人との伝手。正直、音楽を続けていく展望は開けたと言っても過言ではないだろう。でもだからといって関係をあっさり手放せるのか?
(無理。しばらくへこむのはどうしようもない)
この手の問題は時間が解決する。それは経験上分かっている。だがやはりつらいものはつらい。そう考えていると、人影が近づいてくるのが気配で分かった。
「誰・・・?」
リリカだった。幼い顔立ちに翠色の竜の眼を持つ少女。長い金髪が揺れ、表情が少し隠れるが、心配してくれているということは分かった。
「我はアブの前へ顔を出すべきではなかったのかもしれぬ。汝にとって真に必要なのは時間だ。誰かの言葉ではない」
「うん、分かってる。でも気にかけてくれて嬉しいよ」
「許すのなら、気が紛れるまで共に居よう」
「夜更かししちゃうかもよ?起きてられる?」
「うっ、前向きに検討しよう」
リリカはまだ子供なのか、体質なのか就寝時間は早い。
「明日だ」
「?」
「日が変わると我は成人になる」
「誕生日だね。さきおめ~」
「うむ、くるしゅうない」
「プレゼント用意する暇もなかったなあ」
すると、リリカはもじもじしだした。
「我の部屋に来い。今宵、約束を果たす時だ」
「忘れてなかったのね」
「当然だ」
あたしはあの時言ったことを思い出す。今はまさに相応しいシチュエーションではないか。
「ダンジョンも踏破して、リリカも誕生日。おまけにあたしが振られてフリーになっちゃった・・・」
「運命を感じぬか?」
「ふふ、そうかも」
「アブよ。たとえ、僅かな時の巡り合わせだとしても、長い道程の交差に過ぎなくとも、いずれ別れる定めにあるとしても、今は共に歩みたい。我のような苛烈な女は好みでないかもしれぬ。それでも我はアブに心を奪われている」
「別れ・・・」
それを最初から示されてどんな未来があるというのか。
「生あるものは死す。これは逃れられるものではない。だがいずれ死ぬと分かっていれば生を諦める理由にならぬ」
「そう、だよね」
それはあたしが音楽を通じて繰り返しテーマにしてきたことだ。
「ヴァルファゴの吟遊詩人との会話も聞いておったぞ。汝は辛い別れを新たなる未来への道と説いたではないか。人同士の想いなら当て嵌まるのではないか?」
「お互いのよりよい未来・・・」
「アブから見ても我には利用価値があるはずだ。そして我にもアブは利用価値がある存在だ。切っ掛けは打算で構わぬ」
あたしは少し黙って言葉を紡ぐ。
「あたしは愛されている。だけどあたしが愛しているのは手の先から溢したものばかり」
「ならば我もそれになろう。溢すにはまず掬わねば」
リリカはつま先を伸ばして背伸びをすると、躊躇いがちにあたしに口づけをした。
夜が長く二人を包んだ。
沈黙して静観していたリリカだったが、先ほど意を決して席を立ってアブを追いかけて行った。アブの恋愛体質は今に始まったことではないし、放っておけばよいだろう。変なこじれ方はしないはずだ。まあ俺のような弱者男性が言うことではないが。
「修羅場だったな・・・」
「追いかけなくていいの?ステラさん」
「私が追いかけたら縒りが戻ってしまうでしょう?別の誰かじゃないとダメなんです。リリカさんなら預けるには不足はありません」
「なんと、リリカ殿とアブ殿はそこまでの仲だったのか・・・」
「いや、普通に慕う気持ちというか、気遣う気持ちの為せる業だろ。頭まっピンクの男性陣は駄目だね。女心がまるで分ってない」
そういうのはバーサーカーのブリューナだ。よく見ると酔っているのか、赤ら顔で目が座っている。
「お前は露出が凄すぎて目のやり場に困るぞ。少しは男性の目を気にしたらどうだ」
フェンリスがブリューナに抗議する。
「お?なんだ一戦交えようってんのか?夜戦でも私は負けんぞ」
「い、いや、そんなつもりではないんだが・・・」
「人のことジロジロ見ておいて私の誘いを受けれないってのか?」
「ボロゾさーんこの人、酒乱です」
「誰だブリューナに酒を飲ませた奴は!」
暴れたら困るのでルシエラが精霊魔法で眠らせて部屋に連れて行った。酔っていたので睡眠魔法の通りも良かったようだ。そしてアブとリリカの話題に戻った。
「まあ、落ち込んでる同性が居たら普通友人なら励ますでしょ」
「いーや、指さして大爆笑するね」
「リョーマ・・・お前は愛を探求するんじゃなかったのか」
「いや、人の数だけ愛があるというのは分かる。だが、それはそれとしてその愛を見てどう思うかは俺の勝手だ!特にアブの失恋は気分が良いね!」
「正直な上にひねくれてるな。これは姉さんも呆れているかもしれない。やはり姉さんの脅威として考えるには小物・・・杞憂だったか?」
「まず正直であることは大事だ。その上で自らの理想の世界を追求する上で心の中に邪魔になるものを追い払うのが精神の修行の作法というやつだ。リョーマの修行は次の段階に移行しているということが分かる」
「ぐっ、意外と評価が高い・・・。やはり気を抜けないな」
リョーマも妙な友人に好かれたなと思ったが俺は口を挟まなかった。
俺はボトルの酒を氷の入ったグラスへ注ぐと一口煽った。
「今回の攻略では死人が出なかったが、普段は頻繁に出るようなものなのか?」
俺は一心斎とブラディオに聞いてみた。中年男性は年も近いし話しやすい。
「ああ、そうだな。俺なんかはボス戦ではしょっちゅう無茶して蘇生されるがそれも攻略初期の段階だけだな。普通はトラップに引っかかったりするケースが多いと聞く」
「全滅は殆どないんだな」
「ああ、ここの連中は熟練というか世界でも類を見ない凄腕が揃ってるからそうそう死なんし、全滅など殆どない」
「他の一流冒険者と違うのはやはり、知識と経験の差でござろう。自らの戦力を知り、迷宮を知る。最終的に明暗を分けるのは仕損への対処、ここは進む、引くの判断だけだと某は思っている」
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず、か」
「いい言葉だな。お前の国の教えか?」
「いや、隣国の兵法書だ」
「ダンディ殿は博識なのだな」
「いや、分からないことだらけだ。日々学びではあるがな」
「その意識を失わないのはやはり流石というところ。武の道も同じように音の道も同じようだな」
「・・・そうかもしれないな」
「ただ、これはもう全滅する!といった危なかった話は結構あるぞ」
「酒の肴に聞かせてくれ」
「ああ、いいぜ。あの日ダンジョンに潜ったのは酒場でしこたま喧嘩して酔いつぶれた二日酔いの日だった・・・」
長くなりそうな話を俺は腰を据えて聞くのだった。
そして夜が更ける。
部屋の隅の方で私はちびちびと酒を飲んでいた。隣に居るのはルイーズとかいう無口な子だ。うるさくないので居心地がいい。
「お前、おっさんの子供なんだっけ?」
「うん」
「おっさんの変顔はおもろい。見たことある?」
「ある」
「そうか、お前が両手に持ってる武器はマラカスに似てるな」
「マラカス?」
「こういうヤツだ」
私はマラカスをバッグから取り出し、適当にシャカシャカ鳴らした。
「すごい。でも私のはトゲトゲが付いてるし、音もならない」
ルイーズもモーニングスターを2本取り出し見比べてみた。
「お前の叩き方を見て思った。センスありそうだからドラムをやってみるといい。私は教えるのあまり得意じゃないけど。リョーマとダンディなら教えられる」
「えっ、私が楽器・・・」
「今がつまんないとか、もっと面白いことがしたいとかいうアレがあればなおよし」
「動機かな?」
「そうそれ」
「じゃあ、気が向いたら遊びに行く」
「期待せずに待ってる」
実質バンドが自分たちだけなのがさみしいので、勧誘してみたが、自分に出来るのはこれぐらいまでだろう。
「あとはアブとリョーマとダンディに丸投げ。これで良し」




