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第46話 吟じましょう

 



 朝日が差し込む。あたしは見知らぬベッドの上で目を覚ました。


「ん・・・」


 ああ、そういえば昨晩、とてもショックな出来事があったような。今日は何するんだっけ。どうしてここに居るんだっけ。だんだん意識がはっきりしてくると、すぐ横で寝息を立てている人物のことを思い出した。


「・・・!」

「すぅ・・・すぅ・・・」


 あたしもリリカも寝間着を着ている。リリカの両腕はあたしの首の後ろまで回っており、体はぴったりとくっつけてまるで抱き枕のように扱われていた。あたしが動くと目を覚ましてしまうと思うので、微動だにせず自らの記憶を辿り、整理する。


(やってない、よな?確か・・・)


 夜も遅かったのでリリカは日が変わるまでに寝てしまったはずだ。セーフ。

 ただ、昨晩あったことを考えるといつまでも逃げられないのは確かだ。


(覚悟、決めないとな)


 あたしのことを追ってきたのがリリカ一人ということは、他のみんなはそんなにあたしのことに興味がないってことだ。まあ、リリカと鉢合わせるのが嫌ってことなのか?


(いや、そんな消去法みたいな考え方は良くない)


 でも、バンドメンバーはいつもの事だ程度に思ってるんだろうな。あたしの感情に深入りすると恋愛が始まってしまうので敢えて放置している。ある意味あたしという生き物を正しく理解して扱い慣れていると言える。


(あたしを取るか音楽を取るか。そんなの音楽に決まってるよね)


 胸が少しちくりとしたが、そんなものはコラテラルダメージである。そこを割り切れなければ音楽活動はそこで終了だ。割り切れない思いを表現する手段なら既に備えているし、今はあたしはあたしに抱きついているこの愛しい存在に精一杯の愛を注ぎたいと思い始めてる。


「う~ん・・・」


 リリカが目を覚ましそうだ。サラサラな髪を指で梳きながら、その整った顔をつぶさに観察する。うん、目の保養だ。たとえルッキズムと罵られようが、見た目は良ければ良いほど良いに決まっている。


「・・・」


 リリカが目を開けた。緑の竜のような瞳だ。あらゆるものの頂点に立つ運命を背負った覇気のある眼差しも、今は頬を紅潮させた少女を彩るエッセンスに過ぎない。


「おはよう」


 あたしがそう呼びかけると、リリカは一旦目を見開いたあと再び目を閉じ、手に込める力が強くなった。


「我は果報者だ。手の内に汝が居ることをしばし噛み締めさせてくれ」

「はいはい」


 あたしがしばらくなすがままにされていると、リリカの手が下半身に伸びてきた。


「んっ!?」

「もう逃げられんぞ」


 朝飯前にはシャワーを浴びて身支度を済ませた。







「フリード・ゼラ・アステール国王陛下ならびにアンジェリカ・ハイネ・アステール第一王妃殿下のご入場!」


 盛大に金管楽器のファンファーレが鳴り響き、壇上に姿を見せたのは、一目見て高貴な身分であることが分かる金の髭を蓄えた40代半ばのナイスミドル。その側に一歩引いて歩くのは、ザ・淑女といった所作を端々に感じられる品の良い女性、年の頃は40代前半と言ったところか。


「これより活性化迷宮踏破勲章の授与を執り行う。代表者は前へ」


 その言葉を皮切りに、アリル、ボロゾ、ブラディオ、モラ、リリカの5名が進み出た。


「北方騎士団領ザインヴァルトより『第七特殊迷宮攻略分隊』代表、アリル・トリロイ」

「はっ!」

「軍属でありながら、この度の任務ご苦労でした。これからも物資面で貴国への支援は惜しみません。団長にも宜しくお伝えください」

「ありがたきお言葉」


 国王陛下がアリルの胸に勲章を付け、アリルは下がった。


「商業都市連合ヴァルファゴより『幻影の刃』代表、ボロゾ・カーン」


 ボロゾは無言で前に進み出た。陛下が言葉をかける。


「暗躍ぶりは耳に届いております。未曽有の事態によく対処して頂きました」

「陛下のお力添えの賜物です。このご恩はいずれ内密に」

「では、あとで商会へ茶葉の追加注文でも頼むとしましょう」

「ありがとうございます」


 ボロゾは下がり、続いてブラディオが進み出た。


「アステール王国『金獅子の牙』代表、ブラディオ・ノーラン」

「ブラディオ。貴殿ならやり遂げられると信じていましたよ」

「勿体ないお言葉」


 ブラディオは下がり、次に進み出たのはモラだ。


「スラン教国より『ダスク・エヴァンジェル』代表、モラ・キレイン」

「かの高名な聖女様とこうした式で私が授与する立場に回るというのも不思議なものですね」

「謹んでお受けします」


 不祥事の後だからか、モラの表情には余裕がないように見えた。

 最後はリリカだが・・・。


「魔導共和国ドラテナより『アーケイン・ナブラ』代表、リリカ・エラディン」

「まだお若いのに魔の神髄に最も近いとされているそうですね。もし、大公となる機会があれば宜しくお願いします」

「うむ、大儀である」


 腰に手を当てて、尊大な所は相変わらずだったが、少女の姿とのギャップで会場は笑顔に包まれた。グラントなどは苦笑いをしていたが・・・。


「以上を持ちまして勲章の授与式は終了とさせていただきます。この後は国王夫妻及び王太子夫妻並びに姫殿下と各クラン代表者との会食を予定しております」


 各クラン代表か。じゃああたしは行かなくていいな。王室が我が国と似てる体制っていうのも皇室を連想してメチャクチャ緊張するから関わり合いにならなくてとりあえず一安心といったところだ。


「アブさん・・・」

「およ?」


 みんな揃ってガヤガヤと退室している中、ジェルミンさんに呼び止められた。


「どうかしたの?」

「国王陛下はこの度多大な貢献をした吟遊詩人の代表者つまりアブさんを会食の場に招待したいとご所望でして・・・」

「マジか・・・」


 嫌な予感はしてた。あり得るなとも思ってたけど考えない振りをしていた。だが、ここで断るわけにもいかんだろう。


「謹んでお受けします」

「急なお話ですが、感謝いたします」


 何聞かれるかある程度考えとかないとな・・・。不敬な真似もできないし。あたしは脳内でのシミュレーションを開始した。







 会食の席はあらかじめ決まっていたかのように迅速に設けられた。長机のお誕生席に座っているのは国王陛下お一人で、上座側に第一王妃、王太子、王太子妃、第一王女殿下、第二王女殿下。下座側にブラディオ、モラ、ボロゾ、アリル、リリカの順に向かい合って座っている。あたしは何故か国王陛下と対面のお誕生席に座らされている。なんでやねん・・・。


「吟遊詩人の濁川鐙と申します。この度はお招きいただき誠に恐縮です」


 いくらあたしの実家が裕福だと言っても、所詮は成金。財閥やらと比べると流石に格が落ちる。ましてややんごとなき身分の方々と関わり合いになる機会などない。ただまあテーブルマナーの心得ぐらいはちゃんとある。


「国王のフリード・ゼラ・アステールです。そう畏まらずとも大丈夫です。可能なら我が国の筆頭騎士と同じように振舞っていただければ問題ありません」


 筆頭騎士というのはブラディオの事だ。確かこの国の戦闘指南役をしているとステラさんから聞いている。同じように、というのもブラディオよりは馴れ馴れしくするなよ、という言外の言い含めでもあるとあたしは受け取った。


「陛下は寛大なお方だ。実力さえ示せれば、俺のような粗野な者でも重用してくれる」


 言い換えれば実力を示さねば重用されないということだ。そこまでの自信があたし自身の中にない以上、心の壁はそり立つ壁のように健在である。


「私の家族を紹介しよう。妻のアンジェリカ・ハイネ・アステールだ」

「ご機嫌麗しゅうございます。どのような武勇伝をお聞かせいただけるのか、夫共々楽しみでしたのよ」

「アンジェリカ様はサキの前任だったエンチャンターで名誉宮廷魔術師のタガールと茶飲み仲間でな。冒険の話を聞くのが好きなんだ」


 そして次は授与式では見なかった顔だ。20歳ぐらいの若い男性だ。王太子ということは王位継承権第一位ということだ。これまた粗相がないようにしないと。


「私の息子で王太子殿下のクライス・ゼラ・アステールです。お隣は王太子妃のメルフィナ・ハイネ・アステール」

「お初にお目にかかります。クライスと申します。吟遊詩人の方とお会いできて光栄です」

「メルフィナと申します。鐙様はルルイエでの演奏会の件でも話題になっておりますのよ」

「えっ王都でも話題になってるんでしょうか」

「ご存じありませんでしたの?」

「いえ、故郷を追われてアステールに流れ着いて、ひとまず生きるのに必死だったものですから、外聞を気にする余裕がなかったのです」

「そうでしたのね。この国は住みよいですか?お困りごとがあれば遠慮せず申し上げて下さいね」

「いえ、大変みなさん良くしてくださっています」


 これは本当に心からそう思っていることだ。だが私が吟遊詩人でもなく、何の能力も持たない人間だったらと思うと分からない。今の立場を作り上げたものは幸運の産物でしかなく、薄氷の上で成り立っているのだと思うものばかりである。


「娘のアンリエッタ・アステールとベアトリーチェ・アステールだ」

「ご機嫌麗しゅう、アンリエッタと申します」

「お初にお目にかかります、ベアトリーチェです」


 見た目的にアンリエッタは15歳ぐらい、ベアトリーチェは12歳ぐらいだ。名前を聞いたとき、あたしの中の記憶を呼び覚ますものがあった。あたしが元の世界で使っていたギターで、B.C.RichというメーカーのSeagullというマニアックなモデルを使っていたのだが、そのギターの名前にベアトリーチェと名付けていた。流石に失礼なのでそんな逸話を話すつもりはないが、親近感は少しだけ沸いた。


「早速ですが、この国に渡った経緯などを教えてはいただけませんでしょうか。知られたくないというなら無理に答えずともよろしいです」


 この質問は以前はNGだった。お答えすることはできません。これがテンプレだった。だが状況は変わった。


「あたしを含め4人の吟遊詩人はこの世界の人間ではありません」


 周囲には周辺5カ国の主要人物が居る中、私ははっきりとそう述べた。


「なんと・・・してどのようにこの国へ至ったのでしょうか」

「あたし達は元の世界で不幸な死を迎えたはずでしたが、気づけばルルイエの郊外に倒れておりました。あとは生活資金と活動費を稼ぐために冒険者ギルドや協議会を頼り、攻略パーティへ合流ということになりました」


 これには王家の方々も含め、ダンジョンを攻略した仲間も驚きの表情を浮かべていた。リリカなどは過剰に衝撃を受けており、口をパクパクと開けて焦点が定まっていない。


「では転生ないし転移が行われた理由などは分からないのですね」

「はい」

「タガール」

「はい、ここにおりますよ」


 存在感のない老人がいきなり国王の隣に現れた。あるいは隣に最初から居たのだろうか。


「近いうちにアブ殿の倒れていた辺りを調査したいと思います。頼めますか?」

「仰せのままに」


 異変があれば調査するのが仕事なのだろう。それはさておき国王が向き直る。


「それは災難だったでしょう。それを乗り越えてあなたは立っている。大変素晴らしいことです」

「周りの皆様、ひいてはこの国のおかげです」

「それは面映ゆいですね」


 心底そう思うが。陛下は少し照れた。


「そう言えばダンジョン攻略の話が聞きたいのではなかったのでしょうか」


 ブラディオが切り出す。


「おおそうでした。して、様子などを伝えていただいて構いませんかね」

「敵はまず1000匹ほどの群れを成して襲い掛かり・・・」


 あたしはふと考えを巡らせた。言葉が止まった。


「アブさん?」

「アブちゃんどうしたの?話すの苦手なら僕から話そうか?」

「いえ、口頭で説明するより良い方法があります」


 あたしは椅子を少し後ろにずらし、アコースティックギター型の楽器を取り出した。


「吟じましょう。如何にして我々が強敵と戦ったか」


 そういえばあたしは吟遊詩人という職業だったのだ。

 あたしは『混沌の先兵』及び『黒山羊の化身』とのバトルで使用したBGMをアコースティックアレンジにして弾き語る。



 リリカとマルガレーテが魔物の群れに破壊的な魔法を放つ。

 ブラディオ、ブリューナ、セリアがフィールドにクレーターを作る。

 シルヴィアの召喚した鋼鉄の軍馬スレイプニルにマリアンヌが騎乗し、旗を掲げる。

 ライラのペット、ピーちゃんに乗ってセラフィーネとフェンリスが空爆を行う。

 クロードとバラックとルイーズとシスター・エナが集団に紛れ大立ち回りをする。

『混沌の先兵』がサキそっくりの姿を取り、それをブラディオ、リリカ、アリル、ボロゾの四人で取り囲む。

 モラに投げられたスティックをサキが撃ち落とし、タイザンが二撃目を防ぐ。

 二体の魔物は『混沌の化身』となり総力戦の末それを打ち倒す。



 だいぶん簡略化はしたが、言霊で映像化するとだいたいこんなところだろう。


「ご清聴ありがとうございました」


 あたしは一礼を添えて座席に戻った。周りは夢中になっていた表情だったが、我に返り、惜しまぬ拍手をあたしに向けた。


「いや、素晴らしい英雄譚でした。音や言葉のみならず視覚的に楽しませて頂けるとは」

「そう言ってもらえると幸いです」

「どんな語り口よりも説得力があり、真に迫っていました。幻惑魔法で再現なさるなんて私には思いもよりませんでした」

「宮廷魔術師の私からしても大変文化的な魔法の使い方でしたな。しかも、これは言霊では?」

「そうです」


 タガールの質問にあたしは正直に答えた。


「なるほどなるほど、呪歌との親和性か・・・言霊の真価も見直さねばなるまい」

「我は早くからその親和性に気が付いており、研究の真っ最中だ」

「なんとリリカ殿、後で理論をすり合わせたいのじゃが・・・」

「そういう話は後でやりなよ。王家の方々が退屈してしまうよ」


 ボロゾが苦言を呈した。


「構いません、今の演奏だけでも一月ほどは話題には困りませんよ」

「陛下がそうおっしゃるなら」


 まあなんにせよ演奏はうまくいった。こういうのがやっぱあたしがエンターテイナーたる所以だな(自画自賛)。リリカが口を開いた。


「アブ、せっかく王都に居るのだし、大規模な演奏会をやらぬか?」

「へっ?」

「それはいい考えです。王家も後ろ盾となりましょう」


 事態は思ってもないような方向へと進んでしまうのであった。


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