第40話 敗走
一つは先ほど大量に出ていた魔物、それの親玉のような見た目。ただその大きさが小山ほどもありそうな馬鹿でかさだ。球状で口や目や曲がりくねった角、触手などが適当に複数ついていてとてもグロい。
もう片方は身長3メートルぐらいの魔物。黒い流線型の二足歩行型で、口や目のようなものは見当たらず、手先や足先は鋭利に尖り、人に似ている分、却って人との違和感を際立たせるような造形をしている。さらには頭から尻尾のようなものが伸びておりそれを足せば体長は5メートルを超えるだろう。
「さてどう出る・・・?」
ボロゾとアリルは緊張した面持ちで身構えながら少しずつ距離を詰めた。そこにブラディオが駆けだした。
「一番槍は頂くぜ!」
「気を付けろ!何が出るか分からんぞ」
言葉通り今は立派な大槍を手に持ったブラディオがでかい方に向かって跳躍した。アリルが制そうとするも、そのまま全身を使って槍ごとダイブを敢行する。
ヒュンヒュン
空中に居たブラディオが隙だらけに見えたのか巨大な球が触手で反撃する。
「うおっと!」
それを身をよじりながら躱そうとするも、触手の一つに勢いを殺されそうになりながらも槍を投げ見事命中させる。命中した槍は深々と突き刺さり体液が噴き出る。
「へっどんなもんよ」
「グウェウェウェウェウェウェ!」
だが巨大な球には大したダメージもなく、バネが跳ねるような音を多数の口から叫びながら健在ぶりをアピールする。
「ふん、強がってはいるが、ノーダメージってことはないだろう。1発でダメなら1000発でも1万発でも当ててやるぜ」
すると巨大な球は触手を地面に差し、その地面から無数の敵を生み出した。造形はさっきまで出て来ていた敵と同じだ。数はざっと200ぐらいか?
「どうやら本体を倒さねばどんどん次が生み出されるらしい」
「ロズホーン!リベリアと2人で、新たに生み出された敵のターゲットを出来る限り取ってまた走ってくれ!」
「それが勝利のためなら!」
エレメンタルゴーレム族って岩でできてるようなもんだし、走るのは苦手なんじゃないかと思うけど嫌がらずにやってくれている。ロズホーンは弱音は口にしない性格だということは知ってはいるけれども、果たしてこの人選が適切なのかどうかは分からない。でもさっきはこなしてたしさほど苦でもないのかも。
「一心斎殿。2体のうちあの小さい方を頼めるか?なるべく時間を稼いで手の内を暴いてくれ」
「参りましょう」
一心斎が小さい方へ駆け出した。小さい方と言っても3メートルぐらいあるし十分大きいが、大きい方と比較すると流石に小さい。
「他は全員大きいのと雑魚の処理だ!盾役は積極的に標的になって時間を稼げ!」
「時間を稼ぐのは良いが、別に倒しちまっても構やしないよな?」
「大口を叩くのは倒してからにしろ」
「へいへい」
ブラディオの軽口にマジレスするアリル。それ有名な死亡フラグなんだけど、って異世界の人に伝わらないシリーズ。
「うおおおおお!」
「てやああああ!」
「はあああああ!」
そこやかしこで飛び交う指令、剣戟、魔法、雨あられと飛び交う矢弾の数々。それらを総合すると空気は戦場のそれだった。あたしは呪歌でみんなの支援をしながらしばらく戦況を観察していた。生み出される魔物と倒される魔物は同等ぐらいの数で、巨大な球の本体にダメージを与えるには些か火力が足りないかもしれない。リリカやマルガレーテなどの魔術師連中も乱戦はやりにくそうにしている。
「魔法職や遠距離職には本体を攻撃してもらった方が良いかも」
「やっぱりそうだよね、僕もそう思ってたんだ」
「本体に攻撃が届くものは積極的に狙ってくれ!」
ボロゾも同じことを思っていたらしい。気に食わないが1+1=2の答えが合致するのは自然の摂理である。アリルさんもそう判断して全体に伝える。
「小さい方はどうなってる?」
「先ほどは一心斎殿と小競り合いをしていたが膠着状態が続いている」
「見るからに楽しんでそうだよね」
「一心斎さん?確かに武道を極めるのが趣味みたいな感じはするかも・・・」
「違う、敵の方だよ」
「えっ」
あたしはそれほど小さくはないけど小さい方の敵を見た。私は人間の考えていることは興味があったりあれこれ考察したり想像するのが好きだけど、人外は専門外だ。目も口もない流線型の化け物の考えてることは分からない。分からないけど、嫌な感じはする。悪意を持った知性。それはあたしのライブを襲撃してきたDEI団体の代表の時に感じたものと同質だった。どうしてそれと同じものを感じるのかはやはり分からない。
「・・・どうやら、動きがありそうだ」
その言葉を聞くと同時に、一心斎が対峙している魔物の雰囲気が変わった。術の発動を思わせるような溜め動作を行うものの、一心斎は手を出すことが出来ない。滝のような汗が噴き出ている。対峙することによる、精神的な負担によるものであるということは明らかであった。
「さて、どうなる・・・なっ、あれは!?」
魔物は影に包まれて変身した。サイズは人と同じかやや小さいぐらい。全身真っ黒で肌も影が差したように黒く、目だけが黄色く光っていた。だがあのシルエットは・・・。
「サキ!」
「ん?どうした?」
「あ、今のは呼んだんじゃなくて・・・あっち見て!」
「おー、あれって私のフォロワー?完成度高いね」
「呑気に観戦してる場合じゃなくない?」
大鎌を構えたサキそっくりの人影が一心斎に向かって無造作に1歩を踏み出す。一心斎は脂汗を流しながら集中している。正眼の構えというヤツだ。
「あの間合いには誰も入れないよ。あいつ、この中で一番強い奴に変身したな?」
「おそらく一心斎は負ける。フォローが必要だ」
「サキしか無理じゃね?いけそ?」
「あとで変顔3種類要求する」
「がんばってみんなでひねり出そう・・・」
一心斎と対峙した偽サキだが、無造作に鎌を振り下ろして様子を覗っている。正面からの攻撃を捌くことは観察して理解したのだろう。一心斎はさほど動いていないのにもかかわらず息が上がっている。
シュッ
ふと横薙ぎの攻撃が来たので受け流したかのように見えたが、背後に回った鎌の引きが一心斎を襲う。
「『心眼』」
ガキン!
寸でのところで剣の柄が鎌の刃を止めた。
「心眼格好いい!どういう効果なの?」
「一心斎は正面からの攻撃にはめっぽう強いが、それを補うのが心眼スキルだ。360度の視界を疑似的に得られるが、連続使用の制限があり効果時間も短い」
「じゃあまたあの手で来るとまずいね」
すると刃を止めたのを皮切りに、一手、また一手と後手に回り始めた一心斎がすれ違いざまに振られた斬撃を背中から受けついに被弾する。
「ごほっ」
脇腹から血を流し普通なら絶命してもおかしく無い。止めを差そうと偽サキは大きく鎌を振りかぶる。まさにその瞬間・・・。
「お前の相手は私だ。おっさん2号は下がっていろ」
本物のサキが無表情で乱入した。偽物のサキは口元を吊り上げる。
極限のミラーマッチが実現した。
「すまない、若・・・」
「気にするな。相手が悪すぎる」
一心斎はボロゾに回収された。サキ達はにらみ合いながらじりじりと間合いを取り続けている。爆音と怒号が飛び交う外野をよそに、まるでそこは防音室の中のような静謐さを湛えていた。
「・・・!」
先にしびれを切らしたのは偽物の方だった。鎌を携えながら飛びかかる。振りかぶったフリをして石突きの部分で突いてくる。それに反応してサキはわずかに身をよじる。触れ合いそうな距離で鎌の持ち手部分で競り合ったのち、刃を滑らせそうと手を引いた偽物に気づき、本物のサキは力を込め押し返して再び距離を取る。
「がんばれサキ」
あたしができるのは支援の呪歌を送ることぐらい。かなりのバフがかかっているはずだが、それを活かせていないように見受けられる。
「なぜ攻められないんだ」
「隙が無いからだ」
ボロゾが答える。
「でも、それは相手も一緒じゃない?」
「ヤツはおそらくボスモンスタークラスの体力があるはずだ。1発や2発貰ったところでどうということはないだろう。だが、サキの方はそうもいかない」
「じゃあ、1発も被弾できない・・・!?」
「そういうことだ。そのせいで取れる選択肢の幅と言う格差が生まれている」
なんということだ。いくら超人的な戦闘力があると言っても所詮は人の範疇。化け物の被弾覚悟の一撃にはカウンターを食らわせることすら難しいだなんて。
「・・・」
またじりじりと距離を測りにらみ合う時間が過ぎる。そこでまたアクションを起こしたのは敵の方だった。
ぴ~ひゃらららら♪
手に持った鎌の柄を口に当てたと思うと穴から息を吹き込んだ。その音が何を引き起こすか想像したあたしは背筋が凍る思いをした。
「させない」
これは流石にサキも飛びついて鎌を振り回し制止しにかかる。笛の音はいったん中断し、鎌撃の応酬になる。至近距離で刃をうまく凌いでみせるサキだったが、刃に気を取られ過ぎたのか、蹴りの衝撃で大きく吹き飛ばされてしまう。
「サキ!」
柄で蹴りを受けたものの、地面を転がり受け身を取ったサキは相手との距離を測る。およそ25メートルぐらいだろうか。そこに呪歌を成立させる時間が生まれた。苦し紛れにサキは落ちていた石を投げるが狙いが甘かったのか、敵は体を捻って難なく躱す。
ぴ~ひゃらららら♪
おそらく『群像のレチタティーヴォ』だろう呪歌がフィールドに響き渡る。この場にいる全ての敵が強化を受け、攻撃速度が2倍になる。俄かに外野が騒がしくなる。
「うおーい!敵がめっちゃ強くなってんだけど!」
「もーむり!」
「やむを得ん!撤退するぞ」
アリルがそう宣言し、帰還石を掲げる。
光に包まれ帰還する我々を見て、偽物のサキの口元が愉悦に歪むのを見た気がした。
「どーすんだアレ・・・」
「どうするも何もなあ」
偽物のサキと本物のサキの戦闘を見た者は口々に絶望を吐く。ここはギルド会館の会議室。5カ国クランの有志達が集まって絶賛作戦会議中だ。
「問題点を一つ一つ潰していこう。一心斎殿、あの黒い影と対峙してどのような印象を受けた?」
「そうですな・・・、強敵と対峙するのは常なる拙者としましても、いつにも増して神経の削れる立ち合いでした」
「考えられる線は精神攻撃か?リリカは何か魔力的な何かを感じ取れていたか?」
「流れが見えるほど波動は強くはなかったはずだ」
「そうか」
ボロゾがリリカに聞いたが確かな答えは聞けなかった。そこに精霊術師であるルシエラが口を挟む。
「強い呪詛の力を感じた。何かしらの精神支配、狂気、呪いの類だろう」
「確かにアイツの顔を見てるとイライラした。私あんなに肌黒くないし、意地悪じゃない。殴った後に殴り返されるのが分かってたから余計に腹立つ。ヤニも切れるのが早かった」
サキも何か感じ取ったらしいが文句しか言っていない。
「とにかく、感覚派のルシエラが感じ取ったことは割と的を射ていることが多い。傾聴に値するだろう」
「リリカには『虚無の風』を教えてもらった恩があるからな。返せるときに返そう」
「殊勝な事よ。流派による魔術的交流というのはこういうものよな。それに引き換えあの准教授は・・・」
「ヤツが会議に参加すると脱線するので席を外してもらっている」
「残当過ぎる」
「次からは精神攻撃に対する防護魔法や装備を持参しよう。次は大軍を吐き出す球体の話だ。奴と戦ってどうだった?」
「どうもなにも、呪歌が発動してもしなくてもどのみちジリ貧だった気がするぜ」
ブラディオはフラットな意見を出す。それに対しアリルは厳しく指摘する。
「倒してしまっても構わないよな、などと大口を叩いた挙句時間稼ぎすらできぬとはな・・・」
「蒸し返すなっつーの!」
「ブラディオさんの大口はだいたい前フリですから」
「まあそうだな、ふと放った一言を実行してみたら出来てしまったって言うことが結構あってな。そりゃ失敗することもあるが、それはそれで笑い話になる。どっちに転んでも大口叩くのはいい結果にしかならねえ。ちょっとしたゲン担ぎってやつだ」
明るい笑顔のブラディオとは対照的にアリルは浮かない表情を見せる。
「ふむ、ならば支援の数が足りないのか?戦闘系の呪歌もかけ、指揮も采配を誤っていないはずだ」
「これ以上吟遊詩人の数を増やしても意味はないぞ」
「・・・待って!」
あたしは戦闘中に試してみたかったことを言葉にする。
「さっきの戦いの吟遊詩人はね、自分の担当する1パーティ単位の事を考えてでしか呪歌を演奏しなかった。呪歌の効果は吟遊詩人の人数分加算、つまりせいぜい元の効果の6倍止まりがいいところだった」
「それがどうかしたのか。正しい運用だと思うが」
「僕はアブの言いたいことが分かるよ。この前、隕石みたいに移動してた時の方法を使うんだね?」
「その通り!」
ボロゾがあたしの考えを言い当てた。
「具体的に何をするかと言うと。今回戦闘で使った呪歌が上手く維持できるように1曲にまとめて編曲したうえで合奏します。上手くいけばそれぞれの呪歌の効果は2の5乗になり、32倍のバフがかかります」
「32倍だと・・・!」
アリルは目を見開き驚愕していた。いつも落ち着いている彼女の普段見せない姿に少し眼福だ。
「それなら勝機は十二分にある」
「ただし問題点もあります」
「なんだ?」
「『幻影の刃』の吟遊詩人であるヴェルディンさんの協力が得られるかどうかと、文化的なギャップもあり演奏についてこられるか、そのギャップを埋める時間を捻出できるかという3点です」
「何日あればいける?」
「あ、機材の用意の時間も考えると2週間かな?そうだよねリョーマ」
「魔道具や魔術回路に強い技術者の人がいれば2日で行けるってビゼリさんが言ってた。もうガワは出来てんだよね」
「曲作りに2日、で機材が出来てリハのブラッシュアップに1日。まあ3日かな」
「では4日後を再突入日とする。技術者の手配は事務局と各国のつながりで何とかしよう。こちらもその戦術を念頭に配置を組みなおす時間が欲しい」
「了解」
「じゃあボロゾさんのとこの吟遊詩人借りていくよ」
「どうぞ好きなように使ってくれたまえ。アイツも結構癖が強くてね」
ボロゾはとても嬉しそうに笑った。




