第39話 月面の戦い
30人が迷宮の入り口の広場に勢揃いしている。その周りには、突入する我々を見ようとたくさんのやじ馬が押し寄せている。ギルド職員が声を張り上げる。
「ダンジョン協定によりお集まりの皆様。ご突入前にお時間を取らせて頂きましてありがとうございます。冒険者ギルドルルイエ支部、支部長代理ステラ・マクラレンより挨拶があります」
あれ?ステラさんが挨拶するんだ。ってか冒険者ギルドの支部長って見たことないな。
そうこうしてるうちにステラさんの姿が見える。
「本日は皆様の日頃の攻略のおかげもありまして、大詰めを迎えることと相成りました。50層にて30人という大人数で攻略するということは歴史を紐解いても前例がなく、待ち受けている試練もそれに見合った強大なものであると予想がされます。ですが、新たに加わっていただいた吟遊詩人様方のご協力もあり、実力を最大限に発揮できる環境を整えられておいでかと思います。皆様であれば必ず偉業を成し遂げられることと存じますが、皆様が周辺5か国の安全と富の一翼を担って活躍していることを我々は胸に刻みながら、感謝と激励を持って応援させて頂きたく所存であります。以上を持ちましてご挨拶と代えさせていただきます」
ステラさんは一礼していつの間にか出来ていた壇上を後にした。
あたしは盛大な拍手をした。あたし以外の人の拍手はまばらだった。サキに至っては寝そうだ。
「僕からも良いかな?」
そう言ったのはボロゾだ。そのまま壇上に向かっていった。まあ、ボロゾなら立場上言いたいこともあるだろうしダンジョン攻略のためなら何でもする奴だということが分かったので悪いことにはならないだろう。
「諸君、ここに集まったのはある意味、ダンジョンを攻略したいという僕の意志に巻き込まれた者達だ。だけどこの僕がそれなりにみんなの事を下調べした結果、様々な理由と確かな実力を持ってここに立っていると認識している。そうでなければここに立つ資格は決して得られていないはずだ。その君たちに僕からお願いする。どうかダンジョン攻略に可能な限り協力して欲しい。過去の遺恨や人格の好みもあるだろうが、ダンジョン攻略というその一点において僕たちは協力関係を築けるはずだ。どうかよろしく頼む」
ボロゾは深々と頭を下げた。
「僕からは以上だ」
ボロゾは壇上から去り、まばらな拍手が次第に大きくなり、盛大とはいかなくとも普通ぐらいの大きさになった。サキは完全に立ったまま寝てしまった。
「他にはいないかな?」
「さっさと行くぞ」
リリカが先に進もうとする。ボロゾがそれについていく。サキはエルネスタに肘で小突かれて瞼を擦りながら後からついてきた。
「待ってよ。せっかちだなあ」
「時間が無いと言っていたのは汝であろう」
我々は階段を降り迷宮の操作パネルの目の前に到着した。
「ほれ、突入の役は汝に譲ってやる。いくら払うのだ?」
「とてもじゃないけど値段は付けられないねえ。プライスレスってやつだ」
「では今後の活躍で払ってもらうとしよう」
「ふっ、おつりは要らないよ」
そしてボロゾがパネルを操作すると、周囲の風景が変わり50層の扉が目の前に出現する。
「じゃあいくよ」
ボロゾが扉に手をかけると、扉は静かに低い音を立てながらゆっくりと、開いた。
「・・・!」
扉の先には異様な光景が広がっていた。クレーターのような穴が至る所に開いておりまるで月面を思わせるような地面に、殺風景で遮るものの無い空間。その地平の彼方にはもやがかかった惑星ほどもありそうな巨大な目玉が上向きに巨大な丘を作っていた。その瞳は虚ろで微動だにせず、静かに星空を映している。
「来るぞ」
その方角に在る次元の裂け目のような場所から大量の異形の軍勢が押し寄せてきている。
「ざっと見て1000匹以上は居るな」
「プランBだ。大規模魔法や遠距離攻撃が得意なものは構えてくれ。数を減らそう」
「フェンリスの投擲物で耐性を確かめよう。グラント、解析は任せた」
「承知した」
「リリカと教授は魔法の準備。セラフィーネは『アローレイン』。シルヴィアは機動力に優れて使い潰せそうな召喚獣を頼む。各パーティーの吟遊詩人はサポートを願う」
「了解!」
ボロゾのジョブは密偵だが、第2適正は軍師だそうだ。ボロゾが全体を俯瞰して戦術を組み上げ、直接の指示は指揮官のスキルを持つアリルが出している。そうすることで戦闘能力の上昇やスキルのや魔法の効果の上昇が見込める。
あたしはリリカをサポートするのに魔法系の呪歌でサポートを開始した。他の吟遊詩人も各々の担当を強化していく。
「うおおおお!」
フェンリスが凄まじい勢いで何かを投げ、剛速球は放物線を描いた。中身はモンスターの群れの隙間に着弾すると同時に爆発して激しい火炎を発生させる。焼夷弾のようなものだろうか。
「まだ1kmぐらい離れてそうだけどよく届くな」
「流石フェンリス」
「どうだ?グラント」
「効いてはいますが数は減っていないようです」
「続けていくぞ」
そう言いながら、氷塊玉、雷光玉などの投擲アイテムを次々と投げていく。
「『アローレイン』!!」
セラフィーネのアローレインも長距離用の長弓に装備し直して放たれている。
こちらも効いてはいるが、倒れる魔物は居ないようだ。
「距離減衰があるとはいえ相当固いね」
「巨躯の軍馬よ!荒れ地を踏み鳴らせ『サモン:スレイプニル』」
シルヴィアがスレイプニルを召喚した。像ぐらいのサイズの固そうな馬だ。足が6本ある。
そのままモンスターの大群に向かって体当たりを仕掛けに、すさまじいスピードで駆けた。
ドドドドド
地鳴りのように響く足音とともに魔物の群れが弾き飛ばされる。だが倒れた魔物もすぐ起き上がってスレイプニルを攻撃し始めた。鞭のようにしなる背中と両腕から伸びた触手がスレイプニルの巨体をからめとろうとするも、だが、なかなか動きを止められない。
「魔術の準備はどうだ?いけそうか?」
「いけるぞ」
「壊せる的がたくさんあって、お姉さん幸せ」
「お姉さんという歳ではなかろう」
「スレイプニルにも当たるが問題はないな?」
アリルがシルヴィアに聞いた。
「問題ないわよ。送還しても魔力がある限り何度でも呼び出せる。それが召喚術だもの」
「分かった。砲撃を開始してくれ」
「行くぞ!クアドラブルスペル!『メテオレイン』!」
「綴れ、紡ぐは美しき破壊の物語!『エンピリアルデトネーション』」
頭上の空間から隕石の大群が猛烈な速度で凶兆をもたらすような音と共にモンスターの群れを襲う。それと同時に稲光のような光が八の字を描きながら迸ったかと思うと、モンスターの群れの中心に連鎖爆発が起こる。爆発の光は8属性のどれかランダムなようで、色とりどりの爆発が連続して起こり、まるで花火のように美しかった。
「効いているな」
「これが効かなきゃ何が効くんだよって言う話ではあるが」
1000匹ぐらい軍勢は800匹ぐらいに減っていた。スレイプニルは隕石が当たる直前にシルヴィアに送還された。
「かなり近づいてきているがもう1回ぐらいは行けそうか?」
「無論だ」
「はぁ、はぁはぁ、私疲れちゃったわ・・・」
「魔力ポーションを使え」
「美味しくないけど破壊のため・・・うひひ」
「何を考えておるんだ。吟遊詩人のサポートが無かったら1発でガス欠だぞ・・・」
「燃費とか細かいこと気にしないの!」
「サステインは考慮しておけ。持続可能な破壊が行えぬのは困るのではないか?」
「さ、流石リリカだわ。嫉妬するほどの破壊の才能・・・!」
「おしゃべりはそこまでだ。行くぞ!」
リリカは再び魔力を集中し、凄まじい速度で組成式を周囲に展開する。
「クアドラブルスペル『メテオレイン』!」
「『エンピリアルデトネーション』!」
2度目の厄災ともいえる破壊がモンスターの群れを直撃した。距離が近くなったためかその数は最初の半分までに減っていた。
「グラント!弱点は分かったか?」
「これと言った弱点はありませんでしたが、強いて言えば光属性が通りが良かったです。さらに、直前に受けた攻撃の属性への耐性がかなり上がるようです。これは物理攻撃に対しても同様です」
「では前衛には斬撃、打撃、刺突などを連続せずにローテーションしていくように戦ってもらおう」
「複数の異なる武器か・・・各々武器を切り替えて戦うように」
「合点承知!」
ブラディオ、ライラ、クロード、ロズホーン、バラック、タイザン、セリア、マリアンヌなどの前衛陣は複数の武器を切り替えて戦うのにも慣れている。きっと経験豊富な冒険者だからだろうか。
「やや乱戦にはなるが5パーティで前衛が前に立ち、後衛を守れ。包囲された場合、円の中心に後衛を配置する。守り切れなければ帰還石を使う」
「お前ら行くぞ!」
遠目だったのでなんとなくのシルエットでしか見えなかったが、敵は全身真っ黒で口はヤツメウナギのような円形で不揃いな牙は尖っており、顔に眼球はなく、代わりに肩から眼球が生えていた。腕と背中からは複数の触手が飛び出しており、てらてらと光りながら消化液を撒き散らしている。
「うわキモッ」
これには捕まりたくないな。前衛頑張れ、超頑張れ。
そして火蓋は切って落とされた。
「まず、左右に分断したいな。アリル、ブリューナに突撃するよう伝えてくれ」
「ブリューナ!正面から突撃だ。バーサクを使っていいぞ」
「あいよ!『バーサク』」
チーターのようなしなやかな筋肉を持つ女戦士ブリューナはアリルの令にそう答えた。
『バーサク』は3分間すべての能力が向上するがそののち1分ほど弱体化するバーサーカーのスキルだ。
「グオオオオオ!」
獣のような咆哮と共に一足飛びで敵の中心にハンマーのように両の拳を叩きつける。敵を複数吹き飛ばすとてつもない衝撃と共に、月面のようなフィールドに新しいクレーターが一つ増えた。
「ロズホーン!マリアンヌ!左右に分かれ、敵を引き付けて時間を稼げ!リベリアはロズホーンを、エルネスタはマリアンヌのケアを頼む」
「『マナタウント』!」
「『セイクリッドフラッグ』!」
「『ブレスオブダークネス』!」
「『スターライトプレアー』」
ヒーラー2人はタンクへの継続回復などを仕掛ける。ロズホーンは左翼へ、マリアンヌは右翼へ向かって敵を引き付ける。それぞれ100匹ぐらいだろうか、これで残りは正面の300ということになる。
「ブラディオ、ライラ、クロード、セリア、バラックは正面のブリューナと合流しろ。シスター・エナとルイーズは戦いながら前衛の回復を頼む」
「待ちくたびれたぜ」
「来て!ピーちゃん!」
「行きますよ!」
「聖騎士の誇りにかけて!」
「チョリーッス!」
セリアとブラディオはブリューナのもとに一直線に合流。ライラはピーちゃんに乗って空から武器を投擲。クロードは乱戦に紛れて敵の背後から素早く一撃離脱している。
「・・・」
「お父さんの世話を焼くのは嫌?」
「別に・・・」
シスター・エナとルイーズは目の前の雑魚を相手にしながら前衛を回復している。ルイーズの家名はノーランだったからブラディオと一緒だ。まさか親子だったとは。別の国のクランに所属しているが、仲が悪いわけではないようだ。
「フェンリス、ジーク、セラフィーネ、ルシエラは本隊付近から狙える敵を射貫け。敵が来たら下がれ」
「了解」
フェンリスは投げ槍のようなものとハンマーのようなものをせっせと投擲しだした。セラフィーネは矢を爆速でつがえて撃ちまくっている。
「氷の槍よ貫け!『呪氷槍』」
ジークは得意属性の氷の呪術で攻撃だ。
「ふむ、1属性特化だとつらかろう。手を貸してやる。雨雲よ、月を朧にし仇なすを討たん『雷精:サンダーボルト』」
ルシエラも得意の精霊術で属性の幅を作る。どこからともなく表れた雨雲は雷を発生し、敵を射貫いた。
「吟遊詩人の諸君はそのまま支援の呪歌を続けてくれ。正面のヒーラーのヘイトはすべてブラディオに背負わせて構わん。アイツが一番頑丈だ」
「イエスマム!」
リョーマが良い返事をした。良い感じに調教されてんなぁ。
今のところ本隊に残ったのは吟遊詩人5名とアリル、ボロゾ、タイザン、グラント、無刀一心斎、マルガレーテ、リリカ、モラ。
「タイザン、お前は最後の壁だ。我々が死んでも、モラだけは死なせるな」
「はっ!」
モラは四肢をバラされて首だけになってても生きていたからな。ちょっとやそっとじゃ死なない気はするが・・・。
「そっちに1体行ったぞ!」
「一心斎殿。頼む」
「承知」
ゆらりと中肉中背の中年が正面に躍り出た。敵の予備動作なしで飛んでくる触手攻撃に対して全て刀を使って受け流して見せる。
「斬る!」
言うが早いが返す刀で触手の一部を切り裂く。
「突く!」
左肩の眼を狙って刀を突きだす。貫かれた目玉は光を失いボロボロと崩れて消えた。
「峰打ちを食らえ!」
バランスを崩した魔物に刀の峰で攻撃を加える。それにより派手に頭部を破壊されたモンスターは動かなくなり程なく消え去った。
「武器を変えずとも刀は万能だわい」
「みねうちって殺さないための技っていう認識だったけど死ぬんだな・・・」
「当たり前だ。こんな魔物に手加減などできるか」
「考えてみれば金属の塊でぶん殴られてるわけだし、そりゃそうか」
リョーマが突っ込まれて納得する。
「ブリューナが戻るぞ。モラ、回復を頼む」
ブリューナが本隊に戻ってきた。敵を1体引き連れていたが、一心斎が相手をする。
「すまない。少しの間だけ頼む」
「それも貴公の働きのうちだ」
「『女神の息吹』」
モラのスキルでブリューナが一瞬で回復する。バーサクの反動による能力低下も相殺されたようだ。バーサク中は耳が聞こえなくなるので、呪歌の効果をかけ直す意味での帰還というわけでもある。音に反応しなくなるわけではないので、脳が音楽を理解しなくなるせいなのかとは思う。
「触手に麻痺と毒と防御ダウンの蓄積効果がついているようだ」
「では耐性を強化しましょう『アンチポイズン』『聖なる守り』」
ようやく最強のヒーラー職である聖者の本領発揮といったところ。死なないんだったら前に立たせて自分をヒールし続ければ最強の囮になるのではと思うのは浅はかな考えだろうか。だが、ヒーラーとは保険のようなものだ。何が出てくるか分からない場面では初手ジョーカーで切り抜けるのは博打が過ぎるだろう。
「さすがにこの乱戦じゃもう大規模魔法はやんない方が良いよね」
「おそらく、味方を巻き込んでしまうので難しいだろう」
「ですよねー」
「リリカには観察をしてもらっている。マルガレーテはただのガス欠だ」
「もう動けない無理~。お薬も飲めましぇん・・・」
「なんでこんなので先生が務まってんの・・・」
前のめり気味に倒れてプリケツを曝している陰のある魔女の方を見やる。
「敵の数も減ってきたな。中央はもう掃討できたか。よし、本隊も中央の隊と合流して左翼を叩くぞ」
現在ターゲットを保持しているロズホーンが必死に走って逃げて時間を稼いでいる左の100匹を先に叩くというわけだ。我々も走って移動する。
「私に続け!」
「行くよ!」
勇者のスキル『一騎駆け』と指揮官のスキル『指揮官突撃』、さらに吟遊詩人の呪歌により能力が高まったアリルの動きはとても常人が真似できるものではなかった。すれ違う敵はなますの様に切り刻まれ、踏み台にされ、蹴り飛ばされ、音を立てて爆散した。アリルの背後から迫ろうとする魔物はすべてボロゾが足止めしている。
「アリルさん一人で良くない?」
「続け!って言ってるから誰も続かなかったら命令違反になるんじゃね?」
「あ、確かペナルティあるんだったね。それはまずい」
だが、ウォーミングアップの終わった中央組が先んじてアリルとボロゾの後に続き、100体いた左翼の敵は程なく壊滅した。
「さて残るはマリアンヌのところだが・・・」
「待て。なんだあれは!?」
すると、背景に見えていた瞳が赤く光り、中央組が戦っていた場所付近に黒い渦が出現した。その中から新しい敵の気配がする・・・。ボロゾは密偵のスキルである『遠話』を展開し、アリルとマリアンヌを繋げる。宙に浮かぶ青い球を通じて会話ができる優れものだ。
「マリアンヌ!聞こえるか!まだしばらく走っていてくれ!おそらく敵の増援だ!」
「わかった!」
青い球から良く通る声が響いた。
「さて、このままでは終わらんとは思っていたところだ」
「奇遇だね」
黒い渦から出現した影は、2つ。




