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第37話 狂気

 



「ほう、『幻影の刃』の奴ら、もう蜻蛉返りしおったか。明日には協議会を開催できるそうだ」


 『アーケイン・ナブラ』のクランハウスの応接室で、リリカはギルド職員からの伝文を見ながらそう言った。なぜか今日はあたしも同席している。


「リリカ殿。その前にボロゾ殿より今晩『アーケイン・ナブラ』と事前協議したいとの言伝を頂いております」


 更に1枚の書簡を受け取る。


「大方、会議での責任追及を恐れての根回しだろう。良かろう。もう帰って良いぞ」

「では、失礼いたします」


 ギルド職員は一礼し、応接室より退席した。

 リリカは『幻影の刃』からの書簡を開けて中を確認する。

 内容に目を通したリリカは凄く嫌そうな表情をした。


「どうせ来ると踏んで無茶苦茶ほざきよるわ。雲隠れしてやろうか」

「何が書いてあったの?」

「ほれ」


 内容を聞いたあたしに、汚物でも摘まむように紙を突きつけてきた。



 ”親愛なるリリカへ

  50層に着いたら連絡してって言ったよね?

  初報がギルド職員からの連絡で僕は悲しかったよ。

  その件を引け目に感じているならぜひ僕の話を聞きに来て欲しい。

  きっとお互いに誤解があるはずなんだ。

  協議会開催前に『幻影の刃』のクランハウスに来て欲しい。

  多分、明日開催されると思うから今晩しかないよね?

  来なかったら僕がそっち行くから。

  それじゃ待ってるからよろしく。 ボロゾ・カーン”



「う~わ・・・面倒くっさ。どうする?」

「行くしかないだろうな・・・」

「あたしも着いていった方が良いよね、多分」

「アブの度胸と愛嬌はこういった席でも活きるだろう、心強いぞ。・・・いや、せっかくだからタダ飯を食いに全員で押しかけるとするか」

「え、いっつも魔法で出してるアレ、タダじゃなかったの?」

「んなわけあるか!ロズホーンとバラックとユランが作った物を保存してあるだけだ」

「リベリアとグラントは作らないの?」

「グラントは単純に料理が下手だが、リベリアの飯を本当に食いたいと思うか?」

「部下なのに容赦ないね・・・」

「甘いだけでは務まらん!適材適所だ」


 まあそりゃそうか。


「日はまだ沈んでないが出かけて話を伺うとしよう」

「了解~。あ、一旦クランハウスに帰ってご飯いらないって連絡しなきゃ」

「1人分の飯ぐらい余っても問題ない額を稼いでいるだろうに」

「勿体ない精神が出ちゃうのよね。こればっかりは出身国の感性だから直しようもない」

「そういうもんかの」


 あたしは一旦連絡を入れ、それから『アーケイン・ナブラ』の面々と『幻影の刃』との会合に臨む心の準備をするのだった。







「ここがあの男のハウスね・・・」


 広い敷地に豪奢な装飾。一等地に構えたそれは、『アーケイン・ナブラ』のクランハウスに見劣りしないものだった。我々は守衛に中まで案内される。留守番中のユランを除く6人がここに来ている。


「よく来てくれたね。待ってたよ」

「馳走になりに来たぞ。飯が不味かったら腹を壊したと言って明日の協議会は欠席してやるからな」

「それは困るね。でも、面白いかも」


 どこにでもいそうな男が薄ら笑いを浮かべる。このクランハウスの主、ボロゾ・カーンだ。背後には5人のパーティメンバーと思しき人物が立ったまま控えている。ボロゾはそちらを見やる。


「アブは彼らとは初対面だったね。紹介するよ」


 そうすると、気障ったらしい優男が前に出て慇懃な礼をする。


「初めまして。『幻影の刃』で吟遊詩人をやらせてもらっている。名をヴェルディン・アマランスと言う。覚えておいてくれマドモアゼル」


 続いて、岩のように引き締まったガチガチの筋肉を持った細身の女が前に出る。筋肉を誇示し、ほとんど裸だ。


「私はブリューナ・グロース。バーサーカーだ」


 東洋風の着流しを身にまとった隻眼の男が口を開く。


「某は無刀一心斎。剣聖などと呼ばれておるが、一介の用心棒に過ぎぬ」


 背中に大きめのモーニングスターを2本携えた僧侶戦士風の少女がクールに答える。


「ルイーズ・ノーラン・・・ジョブはセラフ・アポステル」


 最後に神経質そうに眼を血走らせた危なそうな雰囲気の女がこちらを見据える。


「私はマルガレーテ・フォルノワ。ジョブは魔女でドラテナ魔法大学破壊学部准教授をやってるわ。リリカちゃんじゃないの!元気にしてた?」


 リリカはあからさまに嫌そうな顔をする。あたしは感想を漏らす。


「破壊学部ってすごく物騒ね・・・」

「1か月ほどこやつに師事していたが、いまだに師匠面して「リリカは私が育てた」などと吹聴して回るので迷惑しておるのだ」

「やだぁ、ちょっと頼み込んでも研究室に入ってくれないからって、当時リリカの王宮みたいになってた女子寮を襲撃したり、あることないこと吹聴して回ってるだけじゃない」

「ひょっとしてリリカの部下が少ないのってこの人のせい?」

「責任の1割ぐらいはあるだろうな」

「9割ぐらいは自分でも無茶苦茶やった自覚はあるんだ・・・」

「まあそれぐらいは我も気にはせぬが、決定的なのは魔の神髄に対する考え方よ。誠に相容れぬ存在だ。奴と我とでは求めるものが違う」

「ああ、リリカ。誰よりも破壊の才能を持っているというのに。どうしてそういうことを言うの。先生、悲しいわ」

「汝との縁も破壊したいところだ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの!壊しあいましょう、あはは!」


 バチバチと周囲の魔力が集まってくるのを感じる。凄まじい圧力に私は身震いした。


「はいはいそこまで~。それ以上やっちゃうと研究費減らしちゃうよ」


 ボロゾが手を叩いて引き下がらせる。


「くっ、覚えてなさい!必ず破壊の魅力の虜にしてあげるわ!」

「招くのは己の破滅だというのに・・・」


 マルガレーテはそれはそれで、みたいな表情を浮かべて黙ってしまった。


「こんな奴らが揃ってるんだからさ、僕の苦労も察して欲しいわけ。お金一つで言うこと聞いてくれるならまだましな方さ」

「それは汝の日ごろの行いのせいであろう」

「正論過ぎてぐうの音も出ないね。適度な非日常が僕の望みだから、ある意味望みが叶っちゃってるんだよね。だから全部僕のせい。立ち話も何だ。食卓へ招こうじゃないか」


 我々はホールかと思われる広さの部屋に案内され、長机に座らされた。目の前には次々と食事が運ばれてくる。執事らしき人物の進行で食事は淡々と進んだが、ボロゾが話題を切り出す。


「さて、僕がヴァルファゴに帰って何をしてたと思う?」

「まあ、常識的に考えればヴァルファゴ単独で攻略可能な人員を用意する等の計画を立てるだろう」

「1国の枠は15人までだよ。どうやってそれで攻略するつもりだい?」

「一般冒険者に紛れ込ませて野良と言い張る手を使うだろうな」

「へえ~、悪いことを考えるね。僕じゃそんなこと思いつきもしないよ」

「ふん、白々しい。最初、アブ達を囲い込みに走ったのもそれが目的だろう?」

「そう、ほんと面白くないことを考えるよね。うちの国の外野は」


 そう言うと食卓上のラゾ肉をシュッとフォークで突き刺した。


「だからちょっと退場してもらったんだ」

「・・・」


 ボロゾは突き刺した肉を口に放り込む。

 リリカは怪訝な表情を浮かべた。


「どうしたんだい?解せないという表情に見えるけど」

「そんなことをすればヴァルファゴでの汝の立場は危うくなるはずだ。たとえ汝とて無事では済むまい」

「その通り。実際ヤバいんだよね。助けて欲しいんだけど」

「身から出た錆だろうが・・・。それで?対価として何を得たのだ」

「時間さ」


 ボロゾはニヤリと嗤う。リリカは表情を動かさない。


「さて、50層に到着してあの詔を見ただろう。リリカ、君はあれを見て何を感じた?」


 ピクリとリリカは眉を動かす。


「まずは汝から納得のいく答えが返ってきたら応えるとしよう」

「僕は心躍ったよ」


 ボロゾは少年のように目を輝かせた。


「ほう?」

「だって30人で戦闘だよ!強大な迷宮の主と!そこに湧いて出た4人の吟遊詩人!僕の中ですぐシナリオは描きあがったさ。信頼できる仲間と、仲間と立てた戦略が、仲間を救うんだ。そして、万策尽きた時、仲間とともに再び奮い立ち。最後の力を振り絞る。ああ、ダンジョン攻略とはなんて素晴らしいんだ!」


 リリカは目を細めて問う。


「本気、なのだな?」

「いたって本気さ。今度はそちらの感想を聞かせてもらおう」


 ふう、とため息をつき。リリカは心中を語る。


「我もそういった気概は嫌いではない。事実、皆の力をどう運用すれば勝利に導けるか、既にそのことばかりを考えておる」

「それじゃ、誤解も解け・・・」

「それとこれとは別だ。汝を背中を預けるに値するか判断するにはまだいくつかピースが足りない」

「・・・それもそうだね。じゃあもう少しだけ話を続けよう」


 果実水の入ったグラスを傾け、ボロゾは語り始める。


「僕は商家の生まれでね。栄枯盛衰、今は調子がいいけど悪い時もあった。そんな歴史を歩んで来た名のある家さ。僕は跡取りとして教育されたけどどうしても冒険者になりたくてね。ありとあらゆる人たちを裏で操って、僕を冒険者に仕立て上げるために動いてもらったんだ」


 ボロゾは足を組み変えた。


「勿論、血の一滴も流さなかったよ。その辺はうまくやったさ。おかげで職業は密偵になっちゃったけど、最高の仲間と環境に恵まれたってわけだ」

「であれば、そういう星のもとに生まれついたのだろう」


 人並みの幸せを得ることが出来ない。そんな星のもとに生まれついたボロゾにあたしは自分の生きる姿を重ねる。


「今や他の国のトップクランの人たちとも冒険できるかもなんて、考えるだけでも色々捗ってしまうよ。だけどやっぱり、あれをやれこれをやれと口を出してくる人間がうるさくてね。利用価値があるから協力してる振りをしてるけど、本当はただ迷宮攻略がしたいだけなのに、やり手のフィクサーみたいに思われちゃって迷惑してるんだよ。今回だってお膳立てするのにずいぶん苦労したんだよ」

「それで、血は流れたか?」

「スラン教の件を除いて流さないようにしたけど。虎の尾は踏んじゃったかも」

「脇が甘い」


 リリカがボロゾに厳しいダメ出しをする。


「そう、だから時間がないんだ。攻略を急がないと」

「よもや、それも織り込み済みではあるまいな?」

「交渉材料の一つとしてありかな、と」


 チラ、とボロゾはリリカの反応を伺う。


「ほう、つまり我々を信用しておらんと言うことだな?」

「いや~『アーケイン・ナブラ』の人たちはいいけど『ダスク・エヴァンジェル』周りはキナ臭くてさ。ちょっと中に入り込んで情報提供してもらってたんだよね。まあ、言わなきゃバレないか」

「こいつ、巻き込みおったな・・・」


 リリカは半眼でボロゾを睨む。


「ホントごめん!何がごめんなのか知らないけど迷宮攻略にさえ協力してくれたら全財産あげるから」

「えっ?くれるの!?」

「アブ・・・こいつなら引き渡し時に負債を抱え込んで資産ゼロとか平気でやるぞ。どうせいつでも稼げるからな」

「あっ、ふ~ん」


 ちょっと心が動きかけてた。アブナイ。


「それで、アブはどう思う?」


 リリカに問われる。う~ん、なんていうか率直に言うと。


「クレイジーだね」


 ボロゾの方を見る。その根本に根差しているものは情熱だ。それを否定することはすなわち自分自身への否定にも均しい。


「好きなものは違うけど。あたしとおんなじだ。協力してあげたいな」

「本当かい!?本音を曝した甲斐があったよ」

「どの道、目の前のダンジョンを攻略しない選択肢はない。だが、どうせ徒党を組むなら背中から撃たれる心配のないように把握するのは当然だろう。我としては本音を聞いた今でも化けの皮が厚すぎてそれが地肌かどうかも未だに疑わしい。アブに感謝するんだな。他の3国の奴らの説得はかなり骨が折れるだろうがせいぜい励むが良い」

「え?説得は手伝ってくれないの?」

「自業自得だ。その代わり余程のことがない限り協議会では邪魔はせん」

「ま、今回はそれでいっか。本当に楽しみになってきたよ」

「若、友達が出来て良かったでござるな」


 無刀一心斎が涙を拭う。あたしとリリカは歯を皿のようにし、即座に否定する。


「いや、ごめんけど友達ではない」

「利害が一致しておるだけだ」

「若、孤高の存在とは寂しゅうございますな」

「余計なお世話だ!」


 やっぱ友達は少ないんだろうなとは思った。


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