第34話 はじめてのさつがい
「ただいま~。おっ、今日は一番かな?」
あたしがクランハウスに帰宅すると、メリッサは夕食の準備をしているようだった。時間的に干してあった洗濯物は取り込まれ、自室のクローゼットに収納されているはずだ。
「掃除はあたしが休みの日に言霊でやるから良いとして、ゴミ出しはお願いしてるんだよね。おっ」
そう言って厨房に近づくと、うまそうな臭いと軽快な鼻歌が聞こえてきた。
「なんでだんご3兄弟・・・?」
「あっおかえりなさい。まだ時間が早いので夕飯はまだできてないわよ。仕込みは終わったからお茶にしようかな」
振り返りつつメリッサはそう伝え、茶葉とスイーツの準備をし始めた。
「やっぱり知ってるのね『だんご3兄弟』。なんでかは分からないけどこれが一番売れた曲だって教わったから」
「う~ん、まあそうには違いないね・・・」
「奇抜な所はないけど耳に残るいい曲ね」
「あはは、まあそう言ってもらえると同じ国の人間として鼻が高いよ」
リリースのタイミング等の絡みもあって決して超えられない記録を打ち立てた化け物シングル曲だが、CDという媒体が最早メインストリームになり得ない話や、一番売れてる曲が一番良い曲かと言うとそうでもない話などもできるが、あたしはそれをぐっと飲み込んだ。純粋に楽しんでいる人に講釈を垂れるのはあたしの流儀ではないからだ。当然、過去にそれで嫌な思いをしたこともある。
(ジャズっぽい曲やると必ず湧いてくるんだよな~。あるべき論を語りまくる耳だけ肥えまくったジャズおじさん。ガン無視したけど)
あと、こんなのロックじぇねえとか言ってくる頭おかしい奴。こっちもロックのつもりでやってねえっつの!Fuck off!
念のためリョーマから何を教わったかメリッサに確認してみる。
「昨日の講義はどんな感じだったの?」
「とりあえず色んなジャンルを把握するためにビート〇ズを中心に据えてリレーションを引くと捗るって言われた」
「音楽の事だけはまともだ・・・」
リョーマも若いのに珍しく20世紀の音楽を大事にするタイプだ。バックボーンがない奴の音楽は薄っぺらくて聞くに堪えないとかたまに酷いことを言うのは昔のアーティストに対する敬意の裏返しだろう。気持ちは分からんでもないけど、ただ、そんな尖った批評家のようなことを言っていたら音楽の振興という点では先鋭化した保守というか老害なので、気を配るべきではある。
「あたしからも補足しておくと。モーターヘ〇ドとザ・クラッ〇ュは押さえておきたいね。『HR/HM』と『Punk』は刺さる人には刺さるジャンルだから」
「まずは知る事よね。教えてくれてありがとう。今晩聴いてみるわ」
「どういった成り立ちのバンドでどんなアーティストに影響を与えたかまでは聴いた後に教えるね。あ、そういえば」
聞きたくて聞いてなかったことを訊いてみる。
「共通語の曲は分かるとして、英語の曲ってどう聴こえているの?言葉の意味まで分からないよね?」
「当然分からないけど、意味が分からないのはこれはこれで神秘性が上がって良いかも。異国の歌って感じがするし、純粋に音の響きが楽しめるというか」
「なるほど、あたしもロシア語とかスワヒリ語は分からないもんな。そんな感じか」
実はあたしは英語、フランス語、ポルトガル語、イタリア語、スペイン語は日常会話ができるレベル。
神聖言語とか言って流行らせてやろうかな・・・。いや、ウソを広めるのはいくない。
「じゃあやっぱり共通語(つまり日本語)の歌詞の方が訴求力が高いってことだよね」
「そうだと思う」
「貴重な意見ありがとう」
「私が教えてもらってるのにこちらこそありがとうよ」
本当は自由にしてもらって成長を見守るぐらいにしておくつもりだったけど、あまりに音楽に関しては素直で吸収が凄いからついつい口出しちゃうな。これは期待の新人だ。
「聴くのは楽しいけど、本当にやりたいのは演者側ってことを忘れずに突っ走って行かないと。時間は無限じゃないんだから」
メリッサの言葉に胸の奥がちくりとした。あたしだってそうだ。1か月もかからずにここまでの環境にして満足するわけにはいかない。モチベ上げてかないと。
「デキる後輩はやっぱりあたしたちにとっても刺激になるね」
「おつかれ~」
「おう、また明日な」
(バイトは良いやつばかりで楽だけどちょっと退屈だな。今日も帰ってドラム叩くぞ・・・ん?あれは)
私こと朽名紗季は労働から解放された瞬間、大通りに駆け出した。だが、何やら見覚えのあるマスク姿の筋肉ダルマが後ろ姿を見せていたので急ブレーキをかける。
「あ、居た。ハダカニンゲン」
「サキ・・・さん?」
敬語を使ってきた。こいつもアブみたいに相手によって使い分ける奴か。頭良いんだな。
「お前は許さないことになってるから、しこたま叩いて遊んで良いか?」
「えっ・・・ちょっぐわあああああ!!」
ドコドコドコドコドコドコ!
逃げようとしたが、本気を出した私からは逃げられない。頭は危ないので肩や背中を叩く。耐久度劣化耐性を持ったアダマンなんとかっていう金属でできたスティックで。
「ふんふふんふふ~ん♪」
鼻歌のメロディ付きだ。『支配のオスティナート』と『群像のレチタティーヴォ』が発動する。2倍速になった2倍撃がハダカニンゲンを襲う。
ドドドドドドドドドドド!!
「おお~」
「ぐふっ!ぶぺッ!びゃぁうッ!」
呪歌はちゃんと発動しながら殴れている。検証も出来たしシャレにならない音がし始めたのでそろそろ止めないと・・・。
ドッ・・・!
「あっ」
やってしまった。変な汗が体から噴き出るのを感じる。
心臓へ振動が伝わる強打。音が何となく気持ちよくて余分に叩いてしまった。周囲の通行人はドン引きしながら私を見ている。こういうときってどうするんだっけ???助け方は分からないけど、とりあえず救護してる振りをしないと・・・。
「脈なし・・・、呼吸なし・・・、瞳孔も開いてます」
敬語で言えた。えらい。だが、えらくても目の前の現実は変わらない。
「えっと、お客様の中にパイロットはおられませんか?お~い・・・」
ペチペチ
私はハダカニンゲンの頬を叩くが、返事はない。こういうときってなんて言うんだっけ。そうだ。
「しぼうかくにん!」
私はそう周りのみんなにアピールした。静寂が広がり、それは束の間に終わる。
「ひっ、ひぇ・・・」
「うわああああ!!!!」
「た、助けてくれ!!」
「ワシはまだ死にとうない!」
蜘蛛の子を散らすようにみんないなくなってしまった。
「き、気まずかったからいいか・・・知らない人達だし」
さて、このハダカニンゲンはどうしようか。とりあえず持って帰ってみんなに相談しよう。両足を肩に担いで引きずり回してクランハウスへ向かう。死体を引きずってる姿が異様に見えるのだろうか、角を曲がる度に悲鳴が上がってみんないなくなってしまう。
「助けてくれてもいいじゃんね・・・お?」
そう呟いていると、前方に黒いフードを被った緑肌の人物が立っていた。私は単刀直入に聞いた。
「誰?」
「そいつ、死んでいるな。生き返らせていいか?」
私の質問には答えずに要求だけしてきた。視線の焦点が合っていないように見えるのは、私越しにこの死体を見つめているからか。
「できるの?」
「無論」
「じゃあお願い」
ぶっちゃけ自己紹介とか苦手だし話が早くて助かる。丁度困っていたところだ。私は死体を地面に寝かせ、男は持っている杖を構え力を溜め始めた。
「邪なる神よ!いずれ死する身に今一度、猶予を与え給え!『エビルリザレクション』!」
「おおーかっちょいいセリフ」
紫色の光?闇はハダカニンゲンを包むと逆再生したエクトプラズムのように口から体の中に入り込んだ。
「キモっ」
思ったことを言ってしまうので素直な感想なのだ。つまりキモカッコイイ。
「ゲハッ!ゲハゲハゲハゲハ!蘇生蘇生蘇生蘇生ワーーーーオ!!!」
そういうとそのローブの男は手足を大の字に広げながらジャンプした。たのしそう。
「アヒャヒャヒャヒャ!!!フォーーーゥ!!」
「がはッ!」
ローブの男は空中で背中からハダカニンゲンに向かってダイブした。ハダカニンゲンは息を吹き返したようだ。
「ううっ・・・。ここは?」
私は声をかける。
「だいじょうぶか?さっきは殴りすぎた。ここまでするつもりはなかった。などと供述しており動機は不明」
「ひ、ひぃ~~~!!!」
めちゃくちゃ怖がりながら後ずさりしている。上に載っているローブの男が邪魔で、しかも腰を抜かして立てそうにもない。
「この顔色の悪い人?が起こしてくれたんだぞ。感謝しろ」
「え?あ、そ、そうか、ありがとな!オークの人」
緑の顔の人も体をどかし口を開く。
「礼には及ばん。このところ蘇生できる死者の数が減り、せっかくの趣味も散歩にしかならなかったところだ」
「か、変わった趣味をお持ちで・・・。手持ちはそれなりにあるのでもちろん蘇生費用ぐらいなら」
「要らん。どうしても礼をというなら、もう一度死んでほしいが」
「そ、そうか。流石にそれは勘弁してくれ」
「是非もなし」
変なヤツだ。まあ、好きなもんを馬鹿にするのはよくないから、黙っておこう。
「それで、サキ・・・さんはもう襲わないのか?」
「検証は済んだし、鎌壊した件はこれでチャラ」
「なるほど。それで怒ってたのか・・・。レスラーの特性なんだ。すまない。修理費用ぐらいは払う」
私はハダカニンゲンから金を受け取った。流石に殺したいほど怒ってはいなかったが、これではカツアゲみたいでいい気分はしない。お金は十分あるにしても、突き返すために押し問答をするのも面倒だ。さっさと帰ろう。
「じゃあね。ハダカニンゲン」
「待て!俺の名はダラン・エル・トロだ」
私は足を止め、噛み砕くように復唱する。
「ダラン・エル・トロ・・・」
「そうだ」
「不注意で殺してしまったから、覚えておく。次は墓標に刻む」
「怖いこと言うなよな!」
自分でも言ってる意味は分からなかったが、かっこいいセリフが言えたと思う。こうして私は再び帰路につくのだった。
俺は柳田泰造。ジャック・ダンディという名で通っている。仕事帰りに職場の仲間に相談を受け、カフェに来ている。このところ隙間時間を縫って相談を受ける機会が増えた。全く揃いも揃って、聖者モラ・キレインという立派な上司が居るのに、俺のような弱者男性に何を相談するというのだ。
「みんなからはどういった相談を受けてたの?」
今目の前に座っているのは『ダスク・エヴァンジェル』の狩人、セラフィーネ。お堅い印象のスランの人間にしては開けっ広げな性格をしている。
「そんなことを訊いてどうするつもりだ?」
セリアからは身の振り方を。マリアンヌからはクランのまとまりについて。ルシエラからはモラをどうやってその気にさせるか。ミリアからはお金の増やし方についてそれぞれ相談を受けているが、流石にそれらを正直に話すつもりはない。俺の信用に関わる。
俺はみんなに守られている。その庇護を失った時、俺は簡単に死ぬのだ。
かといって媚びへつらうのは苦手なため、こうやって相槌を打ちながら雑談しているというわけだ。
「やっぱ口は堅いのね。そりゃ人気なはずだわ」
「珍重されているだけだろう。いずれ空気と変わらなくなる」
「人は空気がなければ、生きてはいけない」
「買いかぶりすぎだ」
また揚げ足を取られた。何かにつけて俺の発言をリフレーミングしてくる。針小棒大、大言壮語。そんな虚構を演じ切る自信はない。
「私が相談したいことは裏切りという罪について」
心臓が跳ねると同時に脂汗が噴き出る。耳鳴りがして視界が暗くなりかける。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと昔な」
「話してくれないの?」
「今日はお前の話を聞きに来たんだ。俺の話をするわけにはいかない」
「じゃあ予定変更。ダンディの過去が聞きたい」
女というやつは自由なものだ。だがここで初志貫徹を説いても心証が悪くなるだけだろう。
「昔だ。昔、禁止薬物に手を染めた友人が居た。俺はそいつを自らの手で警察に突き出した。道を失った俺にもう一度二人で歩もうと手を差し伸べた相手に、薄情なことに、恩知らずにも程がある仕打ちをした」
俺はグラスの中のアイスティーを飲み干した。
「やめるまで説得すれば良かった。やめないかもしれないが説得すれば良かった。その選択がいつまでも俺を責め立てる」
俺はグラスの中の氷を噛み砕いた。
「だが、それをしていては俺は今ここに居ない。俺の裏切りという罪は、より良い未来をおびき寄せたんだ。それを守るのが俺に課せられた贖罪。そう思えるようになってきたのは、バンドメンバーが1番の理由ではあるが、お前たちのおかげでもある」
「仲間、ね」
そういうとセラフィーネは目を伏し、アンニュイな表情になった。
「例えばの話よ。私が誰かに『ダスク・エヴァンジェル』の動向を探れと言われていたらどう思う?」
「何よりもセラフィーネの気持ちが心配だ。かつての俺がそうだったように。俺には音楽という逃げ場があった。お前にはないのか?」
「集中できるから弓は好き。獲物を追い詰めたり、風を読んだり罠を仕掛けるのも好き」
「ならばそれで気が紛れるだろう。お前は少し喋りたくなっただけだ。俺に話せるぐらいならそれほど大きな問題を抱えてはいないのだろう」
「そう、そうね。確かにそうよ」
「重要な決断を迫られるようなことがあれば、俺で良ければ相談に乗る」
「・・・ありがとう」
そう言ってセラフィーネは会計を済ませ店から出て行った。
「なぜ俺ばかり面倒な目に・・・?」
また一つ、仲間の余計な秘密を知り得た俺はそう独り言ちた。




