第30話 愛の戦士
「この出演してる女の人がリョーマの好みってことは分かったけど、どの辺が好きなの?」
「う~ん、内面を知ってるわけじゃないから外見っていうかズバリ顔だよな・・・」
俺は恥ずかしげもなく本音を言う。どうせ夢は食われて忘れてしまうしシスター・エナは職業上バラすこともないしな。
「この世界じゃそういうのルッキズムって言うらしいじゃない。選ばれなかった顔の良くない女の人のことを考えたことある?」
意地悪な顔をしたシスター・エナが問いかける。
「う~ん、かわいそうかもとは思うけど、でも、しょうがねえよなぁ。チ〇ポ立たねえし」
「じゃあ、顔は普通くらいで体つきがちょっと艶めかしい感じの人は?」
「うん、悪くねえな・・・」
「じゃあ、顔を隠してる場合は?」
言うとシスター・エナの顔は真っ暗な影に覆われ見えなくなった。いつもの修道服ではなく、露出度の高い体のラインを強調する服に変わっている。スレンダーだが出るとこは出た理想的な体型だ。蠱惑的な雰囲気はさながら夜の蝶。モンローウォークをキメながらこちらに近づいてくる。
「踊りましょ」
俺の手を取り耳元で囁く。煽情的なEDMが流れ、辺りはダンスホールに早変わりする。ブラックライトに照らされた中、蛍光色のストロボが置き去りにされた感情をかき乱す。
「おーこれが4つ打ちってやつ?とってもゴキゲンね」
シスター・エナは音楽に合わせて踊り狂う。鋭いスピンはフィギュアスケートのようであり、感情を爆発させるそれはバレエのようであった。時にはカポエラのように手を床につき逆さになりながら、ホールを踊りながら一周してきたシスター・エナは俺に迫ってきた。
「あなたの夢は楽しいわ。どう?私、最高に輝いてない?」
シスター・エナは体を密着させて俺の股間に手を伸ばす。
「エナさん。それやややばいっす」
俺は後ずさりして尻もちをついた。さらに4つの手足で後ろに下がろうとするが、すぐに壁にぶつかり、M字に開脚していきりたった股間をかえって強調してしまうスタイルになった。
「ええ~?いいじゃん、記憶に残んないんだからさ。他に見てる人もいないわよ」
シスター・エナは蜜を求める蝶の様にふわりと浮かび上がり、俺の腹の上に跨った。
「ひいっ」
ひたすら固くなる股間と裏腹に俺の顔は恐怖と羞恥でぐにゃりと歪んだ。シスター・エナは俺の顔をまじまじと見つめた。
「・・・本当に嫌がってるじゃん。やめやめ」
シスター・エナは宙がえりをしてふわりと元の位置に戻った。俺との間には適切な距離感が保たれている。BGMは止んでしまった。ダンスホールには自然光のLEDが点り、辺りを平常化する。
「はあ、はあ、息ができないかと思った~・・・」
「リョーマさ、ちょっと女性恐怖症入ってない?」
「なななななんの事か分かりませんね」
「ん~というよりこれは嫌悪?あなたの世界ではミソジニーというやつかしら」
「は?俺、そうなの?股間はこんなにも女体を求めてやまないのに」
「その体たらくで、よくもまあお求めになられたわね」
シスター・エナが呆れた表情を浮かべる。
「肉体の欲望と、精神が乖離しているわ。このままじゃあなたのパートナーは力でねじ伏せる系のガッツ系か、睡眠薬を飲ませてその間に致す系のヤバい奴しかいなくなるわよ」
「マジか・・・」
俺は目の前が真っ暗になった。どちらも俺の苦手とするタイプだ。
「いやだ!俺はいつか最強の顔面偏差値を誇る最高の性格を持った超絶パートナーと世紀の大恋愛をして子供を30人作るんだ!」
「お?追い詰められて少しは本性出てきたかな」
シスター・エナは顎に手を当てて考え始めた。
「やっぱ理想が高すぎるのよね。現実の女なんてこんなもんなんだっていう認識はあってもそれを認めようとしない、認めたくないってところね」
「うるさい!ロマンを求めて何が悪い!俺は、囚われの姫君を颯爽と救う白馬の王子にならなきゃならないんだ!」
「ふむ・・・」
シスター・エナは瞳を細めて冷たく問う。
「なぜ、そうでなくてはならないの?」
なぜ、そうでなくてはならないの?
なぜ、そうでなくてはならないのか。
それは・・・。
俺には友達が出来ても俺の性格のせいですぐ離れてしまっていた。ただ一人を除いては。
「お前ビート〇ズ聴いてるの?渋いな!俺も好きなんだ!」
「いきなりお前呼ばわりとか終わってるでしょ。あなたこそなんでそんなに色々詳しいのよ」
「なんでって好きだったら調べるだろ?〇ャックとエ〇ヴィスも抑えとかないとな~」
「ロバート・ジョン〇ンもね」
「悪魔と取引だって何を捧げたんだろうね」
「ルーツを語るのもいいけど同時代のアーティストが本当にいいよね」
「ス〇ーンズ、ジミ〇ン、ド〇ーズ、ク〇ーム・・・。60’sは奇跡だよ」
「70’sも負けてないわよ」
同年代で音楽を語れるのは彼女だけだった。頻繁にお互いの家を行き来したし、家族ぐるみの交流もあった。
「リョーマ、ピアノ習ってるんだ?私も習ってみようかな」
「お、連弾しようぜ。手が届かなくて困ってたんだ」
「ベンフォールズ〇ァイブの曲が弾きたい。あれすごい好き」
「金を返せ~♪な。アレの日本語バージョンウケるわ。俺はベンフォだったらUndergroundかPhilosophyかな~」
「ファーストアルバムがやっぱいいよね」
「耳コピして弾いてみようぜ」
全てが輝いてた。かけがえのない友だった。
「ねえ、あたしの王子様になってよ」
「ん?どういうこと」
「なんでもないわ」
意味が分からなかった。
「ごめんね、○○は体の具合が悪くてね」
視界が色を失っていく。
「○○が会って欲しいって。最後に」
暗い雲は泣き出しそうで泣きださない。
「リョーマ。私の王子様。きっとあなたはいつか相応しい人に会える。その人を幸せにしてあげてね」
こんなにも大事なことを忘れていた。いや、敢えて忘れていたんだ俺は。
「リョーマ、あなたは隣に立つ人が理想に届くかどうか試してるわね?悲しい物語を美しく飾れるように。」
「ああ、そうだよ・・・」
「呆れた男ね。本当にもったいない話だこと」
「なんとでも言え」
俺の心に刺さった棘は過去の亡霊の言葉だった。それは美しく、俺にとっては無くてはならないもの。
「う~ん、これはリョーマを構成する大部分、則ち音楽に食い込み過ぎてる・・・。並みの相手じゃ上書きできないわ。困ったわね」
シスター・エナは頭を抱えた。本当に困っているんだろうがどうにもできない。
「ほら、音楽仲間ならもういるわけじゃん。死んじゃった人は一緒にセッション出来ないわよ?」
「彼女は今でも俺の音の根幹を担ってるよ。そういう意味ではまだ生きている」
「でも、名前忘れちゃってるじゃん」
「努力して忘れたんだよ。より身に染みるように。そして音だけが残った」
「マジで?・・・さらっとあなたとんでもないわね。ん?というかそれって」
シスター・エナは目を見開いてこちらを指差しながら問う。
「愛じゃない?」
「・・・!」
俺はその感情に名前を付けてこなかった。だからぎょっとした。確かにそうだと思ったからだ。
「凄くしっくりくる。そうか、もう手の中にあったんだな」
当人同士の関係性の中で育まれた強い執着。その身を焦がすほど切なく、そして優しい。もう二度と会えないけれどそんなことは問題じゃない。その時間は確かにあった。
「ずっと俺達は共に生きてきたんだ」
「お、目が覚めた。おはよう」
「ふぁ~~、おはよう・・・」
俺は寝ぼけながら目を擦りながら伸びをして体を起こした。ぼやけた視界には椅子に座ったアブが居た。
「あれ?睡眠セラピストのエナさんはどこ行った?」
「なんかめっちゃお肌つやつやになって帰ってったよ。手紙を残しといたから読んでおいてだってさ」
「あっそう・・・。しかし、マジで食われた夢のことなんも覚えてないのな。っとそういえば」
俺は布団の隙間から自分の股間を確認した。どうやらなんとか我慢汁で済んだようだ。
しかし、頭はすっきりした。俺はエナさんの残した置手紙を読む。
“リョーマへ 愛はあなたの中に、少年と少女の記憶とともに既にあったわ。もう、あなたの音の一部となって切り離せない状態よ。思い出したところで封印したことによって得た能力は消えるわけじゃないわ。これからはあなたの理想を押し付けるんじゃなくて、全てを打ち明けてお互いに共に居たいと思える相手を探しなさい。
それから、また夢で私と踊りたいというなら誘いに乗ってあげてもいいわよ。生涯踊り明かせそうな楽しい世界だったわ。詳しいアセスメント結果についてはデータサイエンティストのエナまで。私がドリームコンサルティングしてあげるわ。なーんてね。 シスター・エナ”
「全て見透かされたんだな。シスターってのは器が広えや」
「リョーマの中にも謎があったの?」
アブが疑問を呈する。俺もお手上げだ。
「分かんねえことばっかりだよ。なんなんだろうな」
「突っ込みどころは多いと思うよ」
「うるせえな」
おれは深呼吸して沈黙を作った。
「ごめんな」
「もういいってば」
「いや、みなまで言わせてくれ。俺はアブの作品解釈を誤ってたことが一番気がかりだったんだ」
「バカだね。サキやダンディだって私の歌詞にどんな意味があるなんてそこまで気にしてないと思うけどなんとなく合わせてくれるじゃん。リョーマもそういうの上手かったはずなんだよね。だから解釈がどうとかはサウンドで応えてくれれば、それで良かったんだよ」
「そ、そういうもんだったのか。真剣に考えて損した・・・」
「損なんかじゃないって。より深く考えることって一皮むけるきっかけになるじゃん」
「うるせえ!皮被りを馬鹿にすんじゃねえ!」
「そんな意味で言ってないんだけど、まあ、リョーマらしいよ」
ベッドの上で体だけ起こしながらアブと猥談してると、扉がノックされ、メリッサが入ってきた。小脇にはギターを抱えている。
「その、何、この前のは驚いただけっていうか、そこまで気にしてないわよ。男ってそういうもんだってアブさんにも言われたし」
「はい前置きはこんなもんで、余興行ってみましょうか。寝起きのサービスでございます」
そうアブが言うとメリッサが俄かに緊張しだした。左手はギターの弦を抑え、右手はサウンドホールに被せるように添え、小指はギター本体に触れ支点にしつつ残りの指でつま弾き、歌を重ねた。たどたどしい弦の振動に癖のない素朴な歌声が加わる。
“Lovin' you is easy
cause you're beautiful
Makin' love with you
is all I wanna do”
俺はしばらくその音に耳を預けた。何度も聞いた曲なのに今日は違って聴こえる。
愛はそれと分からないような形でちゃんと俺の中にあった。
だが、根本的に俺の不注意だったり無神経な所は変わるはずもなく、周りに相変わらず嫌な思いをさせることだろう。けれど、もう誰かを試すような真似はしないし、俺は俺じゃない誰かの愛の形を知りたい。今はそう思うようになった。
「ご清聴ありがとうございました」
「いや、すげーよ。2日でそれだけ弾き語れれば文句なしに天才の部類だ。頑張ったんだな」
俺は色んな想いが溢れて泣きそうになっていた。
「せ、せっかく教えてもらった曲だから、ちゃんと弾きたいわよ。上手くなりたいから、その、これからも色々教えなさいよね」
「ああ、そうさせてもらうさ。この『愛の戦士』リョーマがな」
「ダサっ」
「うるせえ!」
ダサくたっていい。これは口に出すのも恥ずかしいそれぞれの愛の形を高らかに歌うための、終わらない戦いなのである。空はどこまでも澄み渡り、響き渡る音は果てしない旅の一歩を踏み出したのだった。




