第29話 リビドーとアガペーの狭間で
俺はダンジョン攻略が終わった後、シスター・エナに誘われて喫茶店に来たわけだが・・・。
「それで、詳しい話を聞きに来てるわけだけど、どうしてジークが居るわけ?」
「姉さんにシスター・エナが暴走しないように監視しておけと言われているのでな。だいたいの事情は把握されていると思っておけ」
「ちぇっ、アリル隊長は全部お見通しってことね」
「ん?どういうことなんだ?」
俺は素直に疑問をぶつけた。ジークが答える。
「シスター・エナは人間関係のもつれや人の噂話が好きな変態なんだ」
「シスコンに言われたくないわよ。ってのは置いといて私が夢魔だからっていうのもあるのかな」
「リョーマにもその気があるなら姉さんも止めはしないと言っていた。俺も他人の恋愛には興味がないし、姉さんに集る虫が1匹減ったと思えばメリットしかない。だが、事実は正確に報告しなければ姉さんに怒られる」
「う~ん、そういう風に疑われるのは正直フクザツ・・・」
「姉さんも別に疑ってはいない。ただ、夢魔には相手の意志を無視して虜に出来る手段があるはずだ。それをリョーマ相手に使用していないという身の潔白の証明のために俺が遣わせられたと考えて欲しい」
「その辺アリル隊長も知ってるはずなんだけどな~。まあいいや。ジークが居てもする話は一緒だから」
俺はシスター・エナの言葉を待った。
「端的に言うと、リョーマの夢を見せて欲しい」
シスター・エナの眼差しは真剣だ。
「これは夢魔としての本能を満たしたいという私の欲望と、夢の解析を通して悩みの根本的な解決を目指すリョーマの双方の利益の一致という目的に沿った提案よ」
俺は正直戸惑ったが、ジークの方を見た。ジークは頷くばかりだったが、「嘘は言っていない」ということだろう。俺は疑問を呈した。
「俺は夢を他人に見られたことはないし、夢魔のこともよく知らない。メリットとデメリットについて詳しく教えてくれ」
「いいわ。メリットはさっき言ったように夢の内容を分析することによって本人の意思の根源がどこにあるのかを探り、悩みの解決に役立てること。そして私は夢を“食べる”ことで欲望を満たせること」
「デメリットは?」
「デメリットは、食べられた本人は夢の内容を思い出せなくなること。あとは性感を伴う夢の場合もあるから夢精する場合があること」
「はあああああ!?」
俺は思わず大きな声を上げた。
「しない場合もあるけど、リョーマの場合は抱えてる悩みが性の悩みだから多分そうなるわよ。私としてもそれが目的なわけじゃないということは断っておくわ。夢魔ではあっても淫魔じゃないし」
「ぐ、流石に恥ずかしいんだけど・・・」
「リョーマ、俺が言っては何だが、愛の探求というのは生半可なものではないと思うぞ。このくらいの羞恥心は乗り越えて然るべきだ」
ジークが考えを述べる。
「ジーク。お、お前は中立じゃなかったのかよ!?」
「客観的な意見だ」
「あと、寝てる間は私の膝の上を枕にしてもらうわ」
「マジか!それは何とも・・・いかんいかん!」
俺はブンブンと頭を横に振った。
「俺は真実の愛に目覚めし戦士リョーマ。この程度の誘惑に鼻の下を伸ばしてはならん」
「どういうキャラなのよそれ・・・」
シスター・エナが半眼で突っ込む。俺はさらに質問をする。
「もしかして、懺悔しに来た人にもそうやって悩みを解決してた感じ?」
「重症の人はね。だいたいは相談で何とかなるけど。夢魔の聖職者って割と多いわよ」
「へえ、意外だな」
「もちろん悪用したりするとお縄だけどね。大抵は良い人見つけて寿退職してるはず」
「ケッ、リア充が」
「夢の解析って恋愛においてはそれほど強力なのよ。価値観が合うかどうかもある程度わかるし、告白が100%通る相手を見定めることもできるし、相手に仕向けることもできる。結婚詐欺師は夢魔を騙すことは絶対に出来ないわ」
「ほ~ん。つまり、デメリットをもう一つ加えるならシスター・エナには俺のことが丸裸になるってことか」
「そういうことになるわね。聖職者だから他言はしないけど」
「う~ん、あと気になる点は・・・」
俺は考えを巡らせる。
「寝てる間というか夢を覗き込んでる間、シスター・エナの状態って平気なのか?明日の眠気とか平気そう?」
「私も寝ている状態になるわ。睡眠は取れるし、体勢もつらくないし、間違いが起こったりすることもない」
「逆に安全ということか・・・」
俺はホッとするとともに少し残念な気持ちになった。
「で、どうする?答えはまたの機会にしてもいいけど」
「いや、受けるぜ。今夜頼む」
「決断早っ」
客観的に己を見るまたとない機会だ。
俺は覚悟を決めた。
「平素よりお世話になっております。ザインヴァルト正教会のシスター・エナと申します。アブさんには『第七特殊迷宮攻略分隊』のと言った方が伝わりやすいですかね」
「同じく『第七特殊迷宮攻略分隊』のジークだ。アリル隊長の弟でもある。今日はシスター・エナの行動監視と身分証明のために同行させてもらっている」
俺は2人をクランハウスに招いた。アブが直接2人と話をしたいそうなので同じ卓で話をしてもらっている。
「ご丁寧な挨拶を頂きまして誠にありがとうございます。『オレンジ・ストリート・ストレンジャーズ』のアブと申します。うちのリョーマはこんな奴なのでご迷惑をおかけしていないか心配で夜も眠れておりません」
「まあ、それはよくありませんね。夢魔の私でしたら安眠についてアドバイスできますけどいかがいたしましょう?」
「い、いえ、言葉の綾というものですのよホホホ・・・」
アブがいつも以上に猫被ってるな。警戒してるのか?
「心配しなくても大丈夫だっつったろ?睡眠セラピーみたいなもんだから」
「でも、夢魔の人ってエッチな夢を見させて精気を搾り取る的なイメージあるんだけど・・・」
「あら、随分と古い印象をお持ちなのですね。確かに歴史的に食うか食われるかの時代ではそういうことに能力を利用される事例もございましたが、現代ではそういった犯罪に能力を用いるのは法律で禁止されておりますのでご安心ください」
「あら、そうなのね?あたしったらリョーマが変な宗教に誑かされてホイホイついて行ったりなんかしたんじゃないかと疑ってるんだけど?」
疑問をストレートにぶつけてシスター・エナの反応を伺っている。そこにジークが横槍を入れる。
「おい、ザインヴァルトの国教でもある正教会相手に変な宗教呼ばわりとは言葉が過ぎるぞ。リョーマの身内でなければ協議会に掛け合って問題提議しているところだ」
「そんなの知らない。ここに引っ越してきて2週間もたってないのに。それとも相手が無知なのをいいことに篭絡するのがあなたたちのやり方なの?」
これについてシスター・エナも困った表情を浮かべる。
「どうやら、あまりいい印象をお持ちでないご様子」
「当たり前だよ。ついこの間、スラン教のゴタゴタに巻き込まれて宗教関係者には偏見を持っているんだ」
「やれやれ、とんだとばっちりだ」
『ダスク・エヴァンジェル』の内輪揉めについては公然の秘密だが、これにはジークも肩をすくめるしかない。
「実際の手法を詳しく説明した方が理解が早いだろう。俺は信心深い方ではないが、夢魔の夢診断は実際に効果があると断言できる」
「よし、聞こうじゃない」
「では、僭越ながら」
シスターエナは先ほど俺にもした説明をアブにも行った。聞いた後、アブがいくつか質問する。
「夢を見てる間は現実ではずっと動かないのね?」
「はい」
「夢の中でリョーマを誘惑したりしない?」
「本人にそういった願望があればそうなります。ですが、内容は食べてしまうので本人は覚えていません」
「夢魔は夢を食べないとどうなるの?生きていくために必要な事なの?」
「日常に支障はありませんが、飢餓感や焦燥感を抱きます。個人差はありますが性格がややきつめになったり、癇癪を起こす方もいらっしゃるようです」
「ふ~ん。じゃあ、例えばあたしが一緒にリョーマの夢の中に入ることは可能なの?」
「可能ですがお勧めはしません。あなたがリョーマのパートナーであれば別ですが。それとも、アブさんはリョーマ本人すら自覚していない内面を本当に知りたいと思っていますか?」
「・・・」
これにはさすがのアブも長めに沈黙する。
「そっか、リョーマはそれを知りたいと思ってるんだもんね・・・」
ふっとアブの表情が和らぐ。
「悪い、俺、自分のことを客観的に見れなくて。それで手伝ってもらってんだ」
「元気なくなっちゃったから、強く当たりすぎたと思って心配したんだから。でも、リョーマが自分のことを見直そうと思って行動してると分かったからもう大丈夫だね」
「アブとメリッサには話し合いたいことはまだあるんだけど、夢診断の後で整理がついたらってことで良いか?」
「それで良いよ。時間を空けるのは正解」
アブはシスター・エナとジークに向き直った。
「先ほどのご無礼お許しください。リョーマのことを考えての行動だったことが良く分かりました。癖の強い奴ですけど悪いヤツではないんでご容赦くだされば幸いです・・・」
「苦情は『ダスク・エヴァンジェル』宛にさせて頂きますね」
シスター・エナはニッコリと笑顔を浮かべた。
「いや、リョーマは油断のならない奴だぞ。隙あらば姉さんを狙っている」
「えっ、そうなの?」
「ちげーよ!こいつはシスコンで過剰反応してるだけだ。アリル隊長はキビキビしてて格好いいなとは思うけど、そんなんじゃねえって。それ言ったら余計意識するって言ったじゃねーか」
「だから油断がならんと言っているのだ」
「友達出来て良かったじゃんね」
サキが部屋を覗いて一言言って去って行った。
「それじゃ始めるわよ」
「よろろろろろししくおねがいしままままます」
俺はガチガチに緊張して柔らかな膝枕を後頭部に感じながら足ピンしてベッドに横になった。目はギンギンに開いており、鼻息は荒い。
「リョーマ緊張しすぎでウケるんだけど」
「うるせー、童貞の純情を笑うな!」
付き添いで寝るまでは見守ると言っていたアブが、俺の状態を見てニヤついて囃し立てるので俺は反論した。
「あら、そのぐらい軽口が叩けるならひょっとして悩みもそんなに深刻じゃない?」
シスター・エナも反応する。
「いや、違うぜ。俺は正直、生まれてこの方、同級生にも音楽仲間にもハブられ続けて生きてきた。性格に難があることは分かっていても変えられずにいた。変えられないなら変えられないなりにいい機会だし知りたいと思ったんだ。おそらく人生をいい方向に変えてくれるそんな予感がする。ひと思いにやってくれ!」
「よろしい、では女神のご加護を。『スリープ』」
シスター・エナが俺に魔法をかける。俺の意識は遠くなり、視界は暗くなった。
「リョーマ・・・」
声がする。俺は瞼を開けた、つもりだった。目の前にはシスター・エナが立っていた。
「ここは?」
「私が知りたいところではあるけど、ここはあなたの生まれ故郷ね?」
「そうだな・・・ここは俺の家の俺の部屋だな」
曇り空の明かりがさし込み、電気の付いていない薄暗い部屋の全体像がぼんやりと浮かび上がる。実家暮らしで大学を中退してから俺は宅録とサブカルチャー漬けになっていた。バイトして買ったパソコンと複数台あるディスプレイに高価なAV機器やアナログレコードが所狭しと整頓されている。
「思えば定職に就くつもりもなかったし完全タイミーだったな・・・」
「ふんふん、好きな時間に出来るけど割の悪い仕事だったのね」
「そんなことまで分かんのか!?」
「伊達に夢魔やってませんので」
夢魔の情報適応力が凄え・・・。
「勉強は割と出来た方だけど対人関係はめちゃくちゃでな~。すーぐ誰かと言い争いになったり、地雷踏んだりで全然友達出来なかったんだわ」
「ふむふむ」
「だからインターネットならだれか趣味の合う奴いないかなって思って探したのがアブとサキだったんだ。アブは大学卒業したからってその時組んでたバンドのメンバーと別れて新しく組もうってなったのがきっかけなんだよな」
「その時から楽器はうまかったの?」
「俺は昔からピアノは習ってたし、ヴァイオリンもギターも弾けるぜ。金管楽器もトロンボーンの経験あるし、多分やれば何でも弾けると思う」
「う~ん、記憶の中だとこんなとこ?」
シスター・エナが言うと風景が切り替わって俺の通っていた中学校の音楽室になった。
「おー再現度高いな!このベートーベンの顔に落書きしたの俺だわ」
「リョーマの記憶にないものは再現できないわよ」
「そう言う仕組みか」
「あなたの記憶の中には音楽のことが大半ね。ビ〇トルズ、レッドツェ〇ペリン、クイ〇ン・・・」
「そりゃそうさ、好きじゃないとやってられないしな。逆に音楽以外のところがどうでもいいと思ってるのが良くないんだよな、多分」
「リョーマが悩んでないんだったらそれでもいいと思うけど?」
「いや、知りたいんだ」
音楽室から俺はビルの立ち並ぶ窓の外を見る。俺はアブとメリッサのことを考える。
「バンド仲間の作品解釈を誤ってしまったのは事実だし、音楽に興味を持ってくれた才能ある人間を幻滅させてしまった。俺は音楽以外のことに目を向けなければならない」
「それがリョーマの根源的解釈なのね、そしてこれがその原因を作った例の・・・」
すると、音楽室のプロジェクターを通して俺のスマホに保存されている人妻コレクションが投影された。
「あああああああ!!ヤメテ!ヤメテ!やめろくださいお願いします!死んでしまいます」
「うわっえっぐ、いきなりこんなの見せられちゃ、流石にびっくりしちゃうよ~」
言葉とは裏腹にシスター・エナの表情は愉悦に満ちている。
「リョーマの記憶はすごいね。魅力的な街に人、魔法はないけどそれに代わる技術がある。やっぱり異世界から来た人なのかしら?」
「Exactly(その通りでございます)」
「ま、そこは心の中にしまっとくけどね」
「ご配慮、痛み入ります」
俺はシスター・エナの寛大さに感謝した。
診断はまだまだ続く。




