第21話 パティシエ、パン祭りを楽しむ
「いいね、いいね。今日も盛況だねえ」
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
「ショコラ、今日は、町の外からもお客さんが来てるから、変身しちゃダメだからね」
「ぷるっ!」
わかった! という感じでショコラが言うのに頷きながら、笑顔のまま、周りを見渡す。
今、コロネたちがいるのは、サイファートの町の北西部にある公園だ。
広場でもあり、商業ギルドが主導で、毎日のように『青空市』が開かれているので、町に住む人にとっては、市場公園という感じかな。
今日は、お店の方もお休みなので、せっかくだから、という感じで、ショコラと一緒にお祭りの方へとやってきたんだ。
今、コロネの横をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、歩いているのは、コロネの召喚獣でもあり、家族でもあるショコラだ。
見た目は、そのまんま、スライムというか、粘性種で、あんまりスライムとか知らない人にも説明すると、茶色い葛まんじゅうが飛び跳ねているってところだろうか。
いや、あの、そもそもおまんじゅうは飛んだりしないし、そのおまんじゅうが両手でようやく抱えられるくらいの大きさってのもあんまりないだろうしね。
たぶん、今のコロネたちは、傍から見たら、スライムと一緒に散歩している図になるのかな。
実際のところ、この町にも大分、粘性種の子たちは増えては来たんだけど、そのほとんどが人型をとっているせいか、今のショコラみたいな感じで、そのままスライムって容姿の子はほとんどいないんだよね。
うちのパティスリーの二階でも、ジルバさんがアルバイトとして、何人か、粘性種の子を雇っているけど、その子たちも、人型をしてるしね。
その辺は、ショコラがこの町にそのまま受け入れられたから、ってのも大きいけど。
いや、だって、召喚したての頃は、この町で暮らすなら、モンスターと言えども、なるべく人型じゃないとダメだって、決まりがあるなんて知らなかったもの。
オサムさんとか、その手の取り決めをしてるトライさんたちとかも、何にも言ってこなかったしね。
だから、ショコラはショコラのままでいたら、本当に後々から、そういう決まりがあるって知って、でも、今更だからって、なあなあになって。
いつの間にか、ショコラも有名になっていったというか。
そう言えば、最近、魔王都の方で、ショコラの人形を売り出したんだっけ?
プリムさんから、そんな話を聞いたけど、何だか、その人形が、職人街の顔役のエドガーさんとかも本気出したせいか、本当に触り心地が良いらしくて。
で、あれよあれよという感じで、人気に火が付いちゃったんだとか。
その、ショコラ人形。
今だって。
「あの、ショコラさんですよね!? 握手してもらってもいいですか!?」
「ぷるるーん!」
「ありがとうございます!」
そんな感じで、すれ違った人が、ショコラに握手を求めてくるのだ。
何というか、ちょっとしたアイドルみたいな感じ?
ショコラはショコラで、けっこうご満悦というか、ものすごく喜んで、握手に応じてるし。
いや、握手って言っても、ぷにゅっとした部分をなでるというか、変形した突起みたいなところを握る感じなんだけど。
というか、ショコラに触れた、その人形のファンの人たち?
大体は『魔王領』の関係者で、この町へとやってこられる、ギルド『ジンカー』の人たちみたいだけど。
その人たちが、ショコラと握手して、興奮したり、蕩けたりしているのを見ると、しみじみと、シュールな光景だなあ、って思うのだ。
可愛い系の女性の冒険者だけじゃなくって、強面のがたいの良さそうな男の人とかも、握手しては、にこにこしながらお礼を言っていくのだ。
そして、今日のお祭りで購入した食べ物を、供物として、ショコラにくれるというか。
うん。
今のコロネって、ショコラのマネージャーをやってるみたいだよね。
はいはい、周りの人の迷惑にならないようにお願いしますね、みたいな感じで。
ショコラもいっぱい食べ物を食べられて満足みたいだけど。
さておき。
今日の青空市は、パン工房のピーニャが主導になって、定期的に行なっている催しだ。
サイファートの町名物『初夏のパン祭り』。
普段のイベントって、町の人に向けたものが多いんだけど、年に数回の『パン祭り』に関しては、一部、入場規制を緩めているというか、普段とは異なり、『ジンカー』の人たち以外にも、受け入れを広げている感じだろうか。
あ、ちなみに、ギルド『ジンカー』っていうのは、冒険者同士で作ったギルドのひとつで、魔族さんの中でも人に化けられる人たちが、この町の料理を食べるために作ったギルドのことだ。
一応、魔王様公認ということで、審査とかもあるんだけど、それを通れば、この町へとやってくることができるようになるのだ。
まあ、万が一トラブルとか起こしたら、魔王様とか、メイドのプリムさんから教育的指導を受けることになっているので、魔族さんと言っても、荒くれ者みたいな人はいないんだけどね。
その辺は、本気でお仕置きが怖いから、なんだけど。
で、その許可を持っている人たちの他にも、『パン祭り』には、この国の王都とかからもお客さんがやってきたりもするのだ。
もちろん、色々と事情を抱えているこの町に関して、それなりに通じている人には限定されるけどね。
この国、レジーナ王国の王都からのお客さん。
さっきも、ちょっと、ラファエルさんとか、そのお付きの人とか、護衛の人とかがお忍びでやってきているのは見かけたしね。
なんだかんだでお世話になってるから、軽く挨拶くらいはしないといけないし。
「おっ、今日はコロネとショコラも来てくれたのか。おじさんはうれしいぞ」
今度は、コロネたちに声をかけてきたのは、ボーマンさんだ。
ねじり鉢巻きにランニング姿の豪快なおじさん。
でも、こう見えて、この町の商業ギルドを束ねているギルドマスターさんでもあるのだ。
このいかにもな、おじさん姿は、この町では商売をしませんって意味でもあって。
その辺は、この町に商業ギルドを作る際に色々あったからなんだけど。
今は、どちらかと言えば、青空市の管理と、そこで定期的に行われているイベントの方を中心に活動している感じかな。
というか、コロネの中では、ボーマンさんって、イベント屋ってイメージだし。
「はい。今日はお店もお休みですしね。ピーニャからも新しいパンが色々並ぶからって、誘われましたので」
「そうだなあ。ここまで、白い小麦粉の販売が自由になったのもコロネたちのおかげだからなあ」
「いえ、その辺は、ブラン君やピーニャたちが頑張ったからですよ。わたしは、一定量の小麦粉が手に入れば、それで十分ですから」
きっかけは、そうかもしれないけど、この『パン祭り』とかを開けるようになったのは、みんながそれぞれ頑張ったからだしね。
最近は、パン工房のパンもどんどん美味しくなってるし。
パンのための酵母、こっちの世界だと、小精霊かな。
そっちの調整とか、品種改良とかも、そのための部署をピーニャが作っちゃったし。
ふふ。
もう、パン作りに関しては、ピーニャには敵わないかな。
元から、作業の手際とかすごかったけど、それにも増して、パンに対する情熱がものすごかったからねえ。
今は、たまに、パン作りの講習とかで手伝ったりする程度だ。
こっちの世界のオリジナルのパンとかもでき始めた以上は、コロネの向こうでの知識とかだけにこだわる必要がないからね。
おかげで、安心して、お菓子作りに集中できるわけだし。
「どうせなら、コロネも出店すれば盛り上がったのになあ。今日は、普通にお客さんとして、だけなんだろう?」
「一応、ジャムのコーナーに、うちのお店のコンフィチュールも出してますよ。販売とかそっちはパン工房の方にお任せしてますけどね」
名目が『パン祭り』というだけあって、パンに関係するお店やコーナーが色々と出店されているんだよね。
今言ったジャムとか。
そして、バターとか、チーズは元より。
農家連の猟師部隊や、お肉屋さんによる、ハムとかソーセージとか、ベーコンなどの加工品のお店もあって、そっちでは、子供たちなどに向けて、ソーセージ作りの体験とかもやってるみたいだし。
それぞれの屋台で売られている、パンを買ってきて、別の屋台で売っているパンにぴったりの料理と合わせて、それで、『自分だけのサンドイッチを作ろう』のコーナーとかもあったり。
パンのための小麦粉とかの品種別の食べ比べとか、果樹園からもパンに合う野菜や果物のジュースとかの販売もやってるし。
面白いところでは、パンのための道具販売かな。
職人街からも、そっちの道具を作っている工房の人がやって来て、お店を開いているし。
後は、パンを焼くための石窯とかのコーナーもあるんだよね。
その辺は、石工さんたちとか、設置協力のファム組の人たちとかが担当しているのかな?
ただ、その辺の設備関係は、さすがに町の外の人たちに向けてはやってないけどね。
まだまだ、その辺りは調整が難しいから。
「そうかそうか、何にせよ、お祭りを楽しんでくれると、おじさんもうれしいぞ。例によって、今日も大食い大会があるから、そっちも見に来るといいぞ」
「また、リディアさんが優勝じゃないんですか? ちなみに、今日は何を大食いするんですか?」
大きめなイベントのお約束の大食い大会だね。
と言っても、大体は、冒険者のリディアさんが優勝して終わりなんだよね。
コロネも大分付き合いが長くなって来たけど、あの人がおなかいっぱい食べたのなんて、今まで見たことがないもの。
他の人が勝つためには、先行逃げ切りで、食材のストックをゼロにしちゃうくらいしか方法がないんじゃないかな?
うん。
伊達に『大食い』の二つ名を持ってないよね。
「今日は『パン祭り』にちなんで、ハンバーガーだなあ。まあ、コロネがそういうのも無理はないけどなあ、お約束ってのは大事なんだぞ。なんだかんだ言っても、お客さんはそういうのを求めているんだからなあ」
「まあ、それはわかりますよ」
実際、リディアさんが食べている姿って、やっぱり面白いし、どこかすがすがしいしね。
見てて気持ちいいと言うか。
そういう食べ方の才能はあるよね、リディアさんって。
「そうだなあ、いっそ、ショコラも挑戦してみたらどうだ? おじさんとしては、なかなか、良い線行きそうな気がするんだがなあ」
さっきから見ていたが、すごい人気だしなあ、とボーマンさんが笑う。
確かにお客さんは盛り上がるかもしれないけどね。
「ぷるる?」
当のショコラはと言えば、きょとんとしているし。
もうすでに、いっぱい食べ物をもらっているしねえ。
ファンの人からのお供えだけでも、かなりの量を食べてるよ?
今日のショコラってば。
「やっぱり、やめておきますよ。この姿の時のショコラって、いっぺんに物を食べている姿って、独特ですから。大食い大会で求めているのとはちょっと違うと思いますよ?」
丸飲みで、食べ物がどんどん消えていくのは面白いかも知れないけどね。
自分の身体と同じくらいの料理がどこへと消えるの? って感じで。
でも、そうなると、食べているって言うよりも、イリュージョンだよ?
「あっはっは、それもそうだなあ。まあ、無理にとはおじさんも言わないさ。何にせよ、お祭りを楽しんでくれるとうれしいぞ」
「はい」
「ぷるるーん!」
そんなこんなで、ボーマンさんと別れて、せっかくだから、ピーニャも言っていた新作パンのブースへと並ぶ。
「あっ! コロネさん、いらっしゃいませ!」
「こんにちは、チコリさん。新作パンってことだから、興味があったので来ちゃいました。それと、ビスカさんも。こちらはうさぎ商隊さんたちのお店ですね?」
「そうじゃ、コロネよ、よく来たのぅ。ほれ、見るがいい。妾たちが作った、新作パンじゃ。まあ、いくつか種類があるがの。テーマは『初夏の毒パン祭り』じゃ」
「えっ……!? 『毒パン祭り』ですか?」
いやいや、ちょっと待って、ビスカさん。
あの、ビスカさんの性格はよくわかってますよ?
毒料理大好き、毒の美味しさの伝道師、うさぎ商隊のサソリ班長。
コロネも、色々と思い出したくないことがあるし。
というか、さすがに、外からも人がやってくるところで、毒料理をお見舞いするのはまずいですって。
「ふふん、心配なら、コロネとショコラで毒見するとよいのじゃ。安心せい、絶対に逃がさんからのぅ」
いや、全然安心できないですってば。
仕方ない。
こっちもビスカさんからは、解毒調理を教わった縁があるし。
とりあえず、お店に並んでいる新作パンを一通り見ると、どうやら食パンが多いのかな。
他の料理と組み合わせたり、別のブースでやっているサンドイッチのために、そうなってるんだろうね。
よし、じゃあ、覚悟を決めて、こっちのナッツいっぱいの『森の新作パン』というのを食べてみよう。
というか、パンの名前が『~の新作パン』って感じで統一されていて、どれがどういうパンなのかは、見た目からしかわからないんだけど。
興味があったら、試食しなさいって、ことなんだろうけどね。
「それじゃあ、このパンを頂きますね」
見た目は、アーモンドとかナッツとか、レーズンが入ったパンだ。
どっちかと言えば、香りも香ばしいし、全粒粉とかもしっかり使ったパンなのかな。
まあ、さすがに毒は入ってないかな。
見た感じもそうだし、触ってみても、毒の感覚はなさそうだし。
半分はショコラにあげて、残りの半分を口にする。
あ、これ、パン自体が美味しい。
どっしりとして、バリッという感じでちょっとハードなんだけど、噛みしめることでパンの味が口の中に広がって来るよ。
ナッツ類が多めで、生地だけの部分とナッツの部分で、大分歯ごたえとか、味が変わって来るんだけど、それでいて、レーズンなどのドライフルーツの甘味もあるし。
しっとり感があるから、これは後を引く味だ。
もちろん、毒とかは飛んでいるみたいだし。
「すごい美味しいですよ、ビスカさん、チコリさん。パン本来の旨みがいいですね。これでしたら、そのまま食べてもいいですけど、クリームチーズとかも合いそうですね」
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
「ふむ、喜んでもらえて何よりじゃ。それに、クリームチーズかの……ふむ。後でちょっと試してみるかの」
「ビスカさん、やっぱり、解毒は終わってるんですね」
つまり、『毒パン祭り』っていうのは、毒食材をふんだんに使ったパン、ってことなんだろうね。
さすがに、そうでないと、商売にならないというか、各方面から、即座に差し止めされるだろうし。
「まあのぅ、その辺は、色々と制約があるのでな。なに、その辺のジョークもお約束という感じじゃな。コロネのように、妾のことをよく知っておらねば、冗談と取られるのでな、ふふ」
そう言って、不敵に笑うビスカさん。
うん。冗談じゃないものね。
普段だったら、本当の毒を仕込みかねないものね。
だからこそ、必要以上に構えていたんだけど。
身内だからこそ、そこだけを弄ってきたりするかもしれなかったし。
「まあまあ、コロネさん。他にも色々と『毒』パンはあるんですよ。うちの隊員の手作りですので、ぜひ色々と味見して行ってくださいよ」
「はい、ありがとうございます」
そんなこんなで、チコリに促されるままに、パンを試食するコロネたちなのだった。




