第20話 うさぎ商隊の料理人、パン祭りの準備をする
「おーい、ビスカ。今日は何を作ってるんだ?」
「ふむ? ブリッツかの? なに、ちょっと野暮用というかのぅ、今度の月の日に、塔のパン工房で働いておる者が総出で、イベントを開くと言うのでな。今日はそれに因んだパンを作っておるというところかの」
「新作パンですよ! 一応、私たちも普段お手伝いをしていますので、それで、自由参加という形になっているんです」
今日も今日とて、いつものように、各部隊の見回りにやってきたブリッツ部隊長に、ビスカ班長も、私も元気に答える。
ここは我が『たまうさぎ商隊』の調理部隊一班が使っている調理場だ。
サイファートの町から少し離れた場所にある、商隊の基地。
宿舎と居住地と倉庫と地下迷宮がセットになっている、今となっては、すっかり、『うさぎ印の運び屋』という名で有名になった、商隊の本拠地なのだ。
ちなみに、今、新作パン作りに取りかかっているのは、調理部隊の中でも、一班の班長でもある『猛毒のビスカ』こと、サソリの獣人のビスカ班長と、その副官の私、らくだの獣人のチコリ。そして、私たちの部下の班員が数名といったところである。
あまり大人数が参加すると、商隊の食事担当がいなくなるということで、私たち、パン工房でのサポートメイン組のメンバーが、主に、イベントに向けて、準備をしているというところだろうか。
一応、私が所属する一班は、穀物類などの主食担当でもあるので、ここが機能しないと、商隊全体の食のレベルが大きく下がってしまうため、重要な部署という位置づけではあるかな。
まあ、お菓子作りの五班も人気ではあるんだけど。
ただ、五班は特殊なので、他班兼任の隊員が多くを占めているので、その辺は、ちょっと普通の班とは少し違うというか。
ビスカ班長も、私も五班の業務も兼務しているわけだし。
「あ、そういえば、パン祭りをやるんだよな? バーニーから聞いたぞ」
「うむ、そうじゃ、『初夏のパン祭り』じゃな。奥方も何やら、それに向けて新しいパンを作っていると聞いておるな」
男の子みたいなしゃべり方だけど、見た目は愛くるしい金髪美少女という感じなのが、ブリッツ部隊長だ。
こう見えて、商隊の中でも年上の存在で、雷の精霊でもある。
立ち位置は、今、この場にいる中では一番偉いかな。
何せ、商隊のトップでもあるロン隊長を補佐する、隊長補佐でもあり、同時に、偵察部隊の長も兼任しているし。
雷の精霊としての機動力を生かして、周辺状況を偵察してしまうため、実は、ブリッツさんの部隊が、この商隊の要とも言えるわけだし。
あ、そういえば、商隊なのに軍組織っぽいのはおかしく思えるかな?
一応、このうさぎ商隊。
前身とも言える組織は、砂の国デザートデザートの特殊師団だからね。
私を含めて、その構成員の多くは、元軍人だ。
今は、中央大陸の各地を飛び回る、物資や人員の輸送や、商売がメインの組織へと変化しているけど、その実態は、軍の頃からそれほどは変わっていないかな。
基本は、上意下達だし、上下関係も厳しいし。
ただ、そうは言っても、そもそも、デザートデザートの中でも特殊な立場の師団だったので、ロン隊長を含めて、変わり者が多い部隊としては有名ではあったかな。
一応、商隊になってからは、ロン隊長とかも丸くなったし、そういう意味では、傭兵団というか、武装商隊みたいな感じにはなっているけど。
そもそも、軍の当時から、上官の言葉には『はい』を付けろとか、そういうのはあんまりなかったし。
命令系統は絶対だし、規則を破ったものも厳しく対処はされていたけど、それでも、良いアイデアがあったら、率先して、意見をあげることについては徹底されていたから。
その辺は、ロン隊長の独自の方針という感じかな。
一隊員の話にも、しっかりと耳を傾けてくれる隊長だからこそ、私たちも隊長に従って、国を捨てたわけだからね。
「へえ、それで、せっせとクルミとかを調理してるのか? けっこう、毒々しい匂いがするものな」
「まあ、仕方あるまい。今、解毒作業中じゃからな。ふふ、商隊内で食すのであれば、多少は手を抜いても問題ないがの」
良い訓練になるじゃろ、とビスカ班長が笑みを浮かべる。
うん。
班長の『地獄の猛毒耐久訓練』だね。
ごはんをお腹いっぱい食べられるのはメリットだけど、たぶん、隊員の多くは極力参加したくないって思っているんじゃないかな?
かく言う私もそのひとりだ。
さすがに、調理部隊にいる以上は、毒食材も普通に食べられないと話にはならないから、仕方ないけど、ビスカ班長の濃縮毒って、一歩間違えると、本当に危ないからね。
というか、何で、致死量の毒を受けて、私とかもまだ生きているんだろ? とか。
毒の対処法に関しては、ビスカ班長の右に出る者は、商隊の中にもいないしね。
だから、立ち位置も特殊というか。
本当なら、ブリッツ部隊長とかには敬語を使わないといけないはずなのに、部隊内のひとつの班の長という立場にもかかわらず、ロン隊長とかにも、この話し方だものね。
ほんと、自分の上官だけど、不思議な人だと思う。
見た目は、きれいな女性の人なんだけど、しゃべり方は何となく年寄っぽいし、そもそも、ビスカ班長がどういう経緯で、師団に加わったとかも聞いてないし。
確か、デザートデザートの出身ではないとだけは教えてもらった。
でも、それ以外は一切謎だ。
まあ、『ビスカ班長だから』で、みんなが納得してしまう程度には変わり者だから、その辺は気にしてもキリがないけどね。
「ふむ、そうじゃの。せっかくだから、今作っておるパンが焼けたら、ブリッツにも毒見を頼もうかの。少しは興味があるじゃろ?」
「ああ、別に毒見くらいはかまわないぜ。てか、うちの商隊から出品した以上は、品がどんなものかは確認しないとな」
変なものを出したら苦情が殺到するからな、とブリッツ部隊長が笑う。
「変なものとはご挨拶じゃの。であるからこそ、解毒をしっかりとやっておるじゃろ?」
「まあ、ビスカの言葉は話半分に聞いておくぜ。隙あらば、わたしとか、隊長にも、毒を食わせようとするだろが。あれ、本体に戻らないとやばかった時が何度かあったし」
「心配せずとも、いざという時は、蘇生処置を施しておるじゃろうが。妾も隊長には死んで欲しくはないのでな」
毒殺対策じゃ、とひょうひょうと返すビスカ班長。
実際、ビスカ班長のおかげで、商隊員の多くは、かなりの強い耐毒スキルを持っているしね。
「てか、まあ、そうなんだが。死んで欲しくないから、殺しかけるってのは、どーなんだって話なんだが。まあいいや。ビスカが作ってるのは毒食材がメインのパンだな?」
「そうじゃ。妾のは、毒抜きしたナッツ類と、レーズンを使ったパンじゃな。というかの、チコリたちも毒食材は使ったパンにするようじゃな」
「なに? チコリもか?」
「はい! 私のはイーゴがメインのパンです。それと相性がいい毒食材を使います」
デザートデザートでも一部で採れるイーゴ。
サイファート語で言うと、いちじく、かな。
それと、解毒したスパイスを組み合わせたパンを作るのだ。
ビスカ班長たちに教わった、果物とスパイスの組み合わせ。
それが気に入ってしまったので、パンにも生かしてみようってわけだ。
ちなみに、ナッツ類や香辛料などの多くは、毒食材である。
果物も、いちごなど、一部は毒食材なので、野外での現地調達の場合は、耐毒スキルで毒を緩和するか、解毒調理によって、毒を取り除かなければ、一見食べられそうな木の実などでも、命に関わるのが、この辺りの基本だ。
魔素が濃い、というのはそれなりのデメリットもあるわけだし。
周囲のはぐれモンスターも強いしね。
「ふふ、やはり、ピーニャの店だと、毒食材のたぐいはあまり使ってはおらぬからのぅ。新しいパンとなると、その辺りが狙い目となるわけじゃな」
「まあ、確かにな。あの店だと、小さい子供もアルバイトで来るからな。その辺は仕方ないんじゃないか?」
「はい! 今はくるみパンくらいですからね。ですから、色々と工夫ができるわけですよ」
おそらく、町の中で働いているパン職人の多くは、生地とか中身の方を工夫してくるだろうから。
うさぎ商隊は、今回は毒食材多めの工夫で受けを狙ってみようとそういうわけだね。
「もうしばらくかかるでな。他の隊を偵察がてら時間をつぶしてくると良いぞ」
「ああ、わかった。楽しみにしてるぜ」
そう言って、調理場を後にするブリッツ部隊長。
彼女が去るのを見届けてから、作業の続きを行なう一班の班員たちなのだった。
「ほれ、できたぞよ。毒見してみるがいい」
「おっ! 意外と美味そうだな。ビスカのはどっちかと言えば黒パン系だな」
それぞれのパンが焼きあがって。
テーブルの上に、切り分けられた焼きたてのパンが出そろったところで、ブリッツ部隊長が味見に戻って来た。
ビスカ班長が作ったのは、アーモンドやくるみなどのナッツ類や、レーズンがふんだんに練り込まれたパンだ。
生地には、全粒粉……黒パン用の小麦粉とライ麦粉が使われているので、なかなか重厚感がある焼き上がりになっているね。
実は、うちの商隊も含めて、こっち系のハードなパンが好きな人って、割と多いのだ。
この手の生地に、ドライフルーツなどを混ぜ込むと、なかなかの深い味わいになるしね。
とはいえ、毒食材をここまでぜいたくに使えるのって、ビスカ班長とかみたいに、解毒調理に長けている人たちだけだよね。
パンの切れ目から、これでもかってばかりに、練り込まれたナッツやレーズンが顔を出しているし。
「意外と、というのが心外じゃの。ブリッツよ、お主、妾のことを誤解しておらぬか?」
「はは、冗談だよ、冗談。まあ、話のつかみみたいなもんさ。てかな、ビスカだって、自分で『毒見』とか言ってるだろ。お互い様だぞ」
ともあれ、いただくぜ、とブリッツ部隊長が笑って。
そのナッツとレーズンのパンを一口食べる。
「うん……うん。おっ! どっしりした感じの硬さだな。パン自体の味もしっかりとしていて美味いぜ。噛むごとに味が染み出てくるな」
「うむ。その辺は、ナッツ類とドライフルーツの力じゃの。入れる量次第で、生地そのものの味も変えることができるでな」
「ああ。だからこそ、これだけたっぷり中に入れているんだな。ナッツの皮のちょっと癖のある感じが、逆に、強めのパンと合っていて、ちょうどいい感じになるぞ」
この干しぶどうも良い味出してるしな、とブリッツ部隊長が笑う。
どうやら、満足の行く味のパンになっているらしい。
さすがは、班長。
毒食材の組み合わせなら、かなりの腕前だよね。
「では、私のパンもお願いします」
私が作ったのは、イーゴと、スパイスの一種でもある、アニスを練り込んだパンだ。
生地はちょっとだけ、マッシュしたじゃがいもも加えてある。
こうすることで、白い小麦粉を使っても、ずっしりとした重めのパンにすることができるんだよね。
その辺は、日々、ピーニャさんのパン工房でも色々と研究されているし。
「おっ! こっちのパンは良い焼き色だな。それに、香りが良い。焼きたてのパンから、甘くて、香ばしい香りがするぞ」
「はい! 毒食材のアニスの香りです。はちみつの香りもですかね」
「なるほどな、それじゃあ、いただくぜ……ふむ、ふむ、うん、美味い! けっこう、もちもちしてるんだな、このパン」
イーゴ……いちじくとアニスの組み合わせ。
これは、お菓子作りなどでも用いる手法なんだそうだ。
元々、イーゴについては、よく食べていたので好きだったし、そういう意味では、私にとっての美味しい組み合わせを、パンにしてみたというか。
「いいな、これ。めちゃくちゃ美味い! っていうよりも、しみじみと染みてくる感じの味だな。イーゴの甘みもそうだが、こっちのパンにもくるみが入っているのか」
「はい。毒食材を使ったパンですから」
ビスカ班長ほどではないけど、イーゴの味を邪魔しない程度にくるみも少し混ぜ込んでいるのだ。
ちょっとした食感のアクセントにもなるし、うまみが味となって現れるから。
「ああ、美味いな。見事だぜ、チコリ」
「ありがとうございます!」
「というかな、お前ら、もうちょっと、普段も本気出せよ。もっと美味いパンが作れるってことじゃないかよ?」
「ふふん、贅沢は敵じゃ。普段の食事の質を上げ過ぎると、訓練などに差し支えるでな。その辺は、主食を預かる班として、加減をしておるわ」
こういうのは、特別の日に食べるから、意味があるのじゃ、とビスカ班長がにやりと笑う。
というか、単純に、数の問題もあるんだけどね。
その辺は、班長の顔を立てて、言わないでおこう。
「というかの、妾たちの分だけではなく、一通り毒見をしていくのじゃ。ふふん、ブリッツが問題なければ、そのまま、パン祭りに出品するのでな」
「ああ、わかった。どんどん行くぞ」
そんなこんなで。
パン祭りに向けた、新しいパンの試食会は続いていくのであった。




