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みにくい猫の子  作者: 西田月石
第1章 旅立ち

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大人ができること③

 一夜明け、ミケは静かに眠っている。体力の付く物を食べさせてやりたいが、一人暮らしの家だ。多分に漏れず、たいした食材もない。肉でもあれば良いのだが・・・。


 (狩ってくるか――)

 ログは装備を整え、長巻を持つと、戸締りをして自宅をあとにした。森の中を進むと、下草が押し倒され、何かを引きずった跡がある。腐食の森に多く生息する《キュビエワーム》の痕跡だ。

 痕跡を追うように進むと、パリパリと何かが砕ける音がする。音がする方を慎重に覗くと、目的のキュビエワームが何かを捕食していた。おおよそ、昆虫型の魔獣を捕食しているのだろう。奴らの好物だ。


 ログは長巻の鞘を外すと、近くの木に立て掛けて、獲物に近づいていく。キュビエワームは、3メートルほどのミミズみたいな胴体で足はない。端の頭らしき場所からは夥しい触手が蠢き、見事に醜悪な姿をしている。

 しかし、見た目と違い食材としては優秀だ。その肉は煮込むと筋がトロりとして美味いし、クセや臭みも少ない。なめした革も丈夫で応用が利くため、素材として重宝されている。ワームは、ログにとって狩り慣れた食料であり、良い収入源になっていた。


 ただ――問題は獰猛な性質と、刺胞毒を持つ触手だ。キュビエワームは「電気ミミズ」なんて別名もあるほどで、触手の刺胞毒は、強烈な電撃のようにダメージを与えて対象を昏倒させる。

 目も鼻も無いが、薄い体毛を使って対象を認識し、這いずり寄ってくる。身体の動きは遅いが、甘い香りで昆虫型魔獣を誘引し捕食するのだ。キュビエワームの触手は想像以上に素早く、無数の鞭のように攻撃し、触手の刺胞で昏倒した獲物は、緩慢な動きで例外なく捕食されてしまうのだ。

 ログに気がついたワームは、捕食を邪魔され触手を伸ばしてきた。構えた長巻で触手を一閃すると、次々と打ち払っていく。触手さえ落としてしまえば、ただの鈍重な魔獣だ。その図太い身体で打ち付ける、重量級の体当たりさえ気をつければ脅威ではない。


素早くワームの後ろへ回り込むと、ログは呼吸を整え長巻を上段に構えた。ログの動きに合わせて、ワームが「むくり」と鎌首を上げると、大きく振りかぶった長巻で、ワームの鎌首を袈裟掛けに切りつけた。


《ドチュ――ドスン・・・》


 巻藁のように頭を刎ねられた胴体は、しばらく暴れていたが、赤茶色の体液をぶちまけて、やがてグッタリとした。


 (とりあえず・・・食材確保だな。)

 ログは慣れた手つきでワームの皮を剥ぎ、素材用に確保すると、赤身の肉を必要な分だけ切り取って、足早に帰っていった。


 ◇ ◇ ◇


 ログがワームシチューを煮込んでいると、ドアをノックする音がした。ドアの外に居たのは、警備隊の制服に身を包んだリサラだった。


 「先生、猫人の子の話・・・ポワンドさんから聞きましたよ!」


 「ああ・・・いや、すまないね。忙しいのに手間を取らせちゃって。――っていうか、リサラ。私はもう「先生」じゃないよ。」


 「呼び慣れてますんで!いまさら「ログさん」の方が気持ち悪いです。えーっと、保護申請の書類とか持ってきましたから・・・、入っていいです?まずはその子の様子を見せてください。その後で詳しく聞かせてくださいね。」


 「ああ、入ってくれ。」


 リサラを連れて寝室へ向かった。まずは寝息を立ててるミケを見せると、


 「ああ・・・尊いですね・・・。」


 そう言って、リサラは大きな胸元で祈るように両手を結んだ。


 (リサラ。弱者を尊重する君は、まさに警備兵の鏡だよ・・・。)

 「ああ。私も、この寝顔だけでも守りたい・・・そう思えてしまうよ。」


 リサラは「わかります!」と大きく頷き、ログと共にリビングへと戻った。リビングに戻ると、改めてここまでの出来事を全てリサラに話し、ログはリサラに協力を求めた。


 「ポワンドさんってば、ケルベロスのこと隠してましたよ・・・もうっ!信用しろっての!まったく。――でも、表立って出すのはマズイですね。先生も、ケルベロスとエリクシルは、絶対に他言しないでくださいね。」


 「あ・・・ああ。すまん。」


 「では、ミケちゃんの保護者は先生で申請します。保証人は・・・ポワンドさんと「私」でいいですね。あと、在留許可申請と――。」


 (ああ・・リサラは保証人まで――。優しい子だ。)


 リサラが次々と書類を整えていく。とても十代とは思えない。五十代のログよりも、ずっと社会常識に長けている。感心しながらログが相槌を打っていると、


 「先生、あの――失礼ですけど、本当に重い責任が生じます。警備隊に委託した方が、問題は少ないはずです。もちろん――私が責任持って保護しますよ!それでも、先生が身元引受をしますか?」


 「うん、君なら安心だろうね。でも――自分自身で守ってやりたいんだよ。偽善かもしれないけどね・・・せめて、私がミケを安心させてあげたいんだ。」


 「ま、そう言うと思ってましたけどね。――分かりました!警備隊は私に任せてください。先生は、先生が出来ることを頑張ってください。」


 「ああ、本当に助かるよ。」


 「それと――。」


 「なに?遠慮しないで、何でも言ってよ。何でも聞くよ?私に出来ることならさ、何でもさせてもらうよ?」


 「ミケちゃん・・・元気になったら、また会わせてくださいね?」


 「そんな事でいいの?他にも魔獣討伐でも何でもするよ?」


 「いいんです!だって・・・すっごく可愛かったから!!。」


 (ああ・・・そうだった。リサラは、昔から優しい子だったな。)

 ログは優しく目を細めると、リサラに微笑んだ。


 「もちろんだよ、リサラ。ぜひ会ってあげてよ!」


 「約束ですよ!――じゃ、また書類と許可証を発行して持ってきますね!」


 リサラは、テーブルの下で「よしっ!」と拳を握った。


 ◇ ◇ ◇



 エリクシルを与えてから三日――。ミケは、二日目には起き上がれるほどになり、常識を超えた回復を見せた。

 ポワンドが派遣した若い医師によれば、眼球損傷の激しい左目と、大きく欠損した左耳、顔の左側に残されたケロイド状の傷跡は、今の状態が治癒の限界らしかった。しかし、全身に残されていた打撲痕は消えており、発熱も引いていた。驚いたのは、明後日の方向に折れていた足の骨折が、すでに治癒しており、今日明日中には、少しづつ歩けるようになると診断されたことだった。

 

 昨日それを聞いたログは、急いで森の木を使い、小さな杖を作った。そして今日は、その杖を使って立ち上がる練習に挑戦することにしたのだ。粗末な手作りの杖だったが、ミケは思ったよりも喜んでいた。


 「ログおじちゃん、ミケ頑張るにゃ!」


 「ああ、でも無理しちゃだめだよ。少しでも痛かったら、必ず言う事!いいね、約束だよ?」


 「うにゃ!」


 ミケの表情は明るい。声も子供らしく元気に溢れ、耳もピンと立っている。この三日で、ログはミケの事で気づいた事があった。ミケの耳はよく動くのだ。

 左耳はちぎれてしまったが――。残った右耳は、ミケの気持ちに合わせて、面白いほどよく動く。クリクリ動く時は、森の魔獣が蠢くとき・・・。ベッドの中から手を伸ばし、ログの袖を掴んで不安げな顔をする。魔獣の声が聞こえると、耳を伏せてログの目を覗き込む。

 食事の時や、ログと楽しく話している時は、可愛くピクピクさせていて、眠い時や食事の後は、耳が外向きにフニャリとする。どうやらピルメントの実が嫌いで、食事に出ると渋々食べるのだが、「ウニャウニャ」言いながら、耳は外側にピンと反っている。

 今は――耳が前を向いてピンと立ち、口を尖らせて杖を掴んでいる。なんとなく・・・わかるのだ。歩きたくてウズウズしていると――。


 「じゃあ、手を離すよ。いいかい?」


 「にゃ!」


 そっと手を離していく。ミケの杖を持つ手に震えが起きる。


 「大丈夫か?・・・なぁミケ、本当に大丈夫か?」


 「うにゃ!」


 一人で立ち上がると、杖の震えも治まり、ミケの耳はピクピクしていた。ミケの姿を見て、ログの顔も優しく緩んだ。


 「ログおじちゃん!ミケ立てたにゃ!!」


 「うん、うん!」


 ログは柔らかな髪を優しく撫でると、


 「今日は美味しいもの、一緒に食べような!ミケが頑張ったお祝いだよ。――とは言っても、大した物も無いが・・・。ワーム肉でも焼くか・・・。」


 「美味しいもの―――。」


 ログの言葉に、ミケの尻尾がピンとしたあと、うねりながら揺れ始める。


 「あのね、あのね、ミケね・・・《ちゅ〜る》が欲しいにゃー!」


 「ちゅ〜る??聞いたことがないが・・・料理かい?」


 ミケは興奮気味に目を輝かせ、尻尾をピンと立てて話し始めた。


 「えーっとね、おじーちゃんがくれる、おいしいオヤツにゃ!(ふんすっ!)おかーさんは、カリカリばかりにゃ・・・(うにゅー!)――でも、おかーさんのカンカンも好きにゃ!(ふんすっ!ふんすっ!!)」


 (カリカリ?カンカン??ちゅ〜る???――まったくわからん・・・。ジャングリア王国の郷土料理なのか?ずいぶんと興奮しているが・・・。)


 「うーん、私は「ちゅ〜る?」は食べたことなくてね。作り方がわかんないんだ。ミケ、ごめんよ。魔獣の焼肉でもいいかい?」


 「うん!ミケね、お肉も好きにゃ!」


 ミケは耳をピンとまっすぐ立って、嬉しそうに笑顔を見せた。ログは優しく微笑むと、もう一度ミケの頭を撫でてベットに座らせた。

 ちょうどその時、窓枠の止り木に伝言鳥が舞い降りる。伝言鳥は「ログ兄ぃ、今夜4人で行くぞー。うまい飯と酒を頼む。」とつぶやいた。ポワンドが飛ばしたのだろう。伝言鳥は何度も繰り返しつぶやいている。

 ログが伝言鳥を抱えると、小さく「ピー!」と鳴いてつぶやきをやめた。そのまま優しく空へ押し上げると、伝言鳥はふわりと何処かへと飛んでいった。


 「お客さんくるにゃ?」


 「ああ、この前のおじちゃん達だよ。今夜はみんなで食べようね!――よし!じゃあ、もう一度立ってみようか。」


 ミケとログの静かな午後が過ぎていった。

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― 新着の感想 ―
Xの企画からです。 傷だらけのミケが、自分は可愛くないから叩かれるのだと思い込み、倒れたことまで謝る姿がつらかったです。そんなミケに、ログが何も悪くないと伝える優しさに胸を打たれました。やっと優しい…
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