大人ができること②
ポワンドが警備隊に行っている頃――。
デミアは、ミケの服を買うために街を廻っていた。ただ服を買うだけではない。そう・・・ミケは獣人の子!しっぽがある!!
獣人向けの服は、獣人がほとんど居ないジャルパ連邦には売っていない。買った服を持ち帰り、手作業でカスタムする必要があった。下着も含めて、何枚も、何枚も・・・。
店を物色するデミアの後ろを、何人も使用人たち付いてくる。その使用人たちの両手には、幾つもの袋が下げられていた。その袋の分だけ、デミア自身で一枚一枚を縫い直すつもりだ。
――それでも、デミアは嬉しかった。マーカ夫妻に子どもはいない。遺跡戦争の頃・・・フレア軍の召喚士としてデミアは戦場に居た。もちろん、夫のソニーは弓兵としてデミアの横に――。
精霊召喚は、精霊の力を借りるために、必ず代償が必要となる。精霊力が溢れている場所ならば、体力を削られる程度で済む。しかし――戦場では精霊を蝕む「屍霊」の存在、「穢れ」が強くなってしまう。結果として精霊の力は枯渇し、代償は大きな物となっていく。
デミアは、愛する夫のソニーや、多くのフレア軍を援護するために、戦場で何度も精霊召喚を繰り返した――その重い代償を受け入れて・・・。
戦後、デミアは子どもが産めない身体となっていた。失ったのは、子どもだけではない。臓器は衰弱し、長命種のエルフでも・・・すでに老衰に近い身体となっていた。エリクシルで細々と繋ぎ止めている命――。
慟哭し、絶望するソニーを立ち直らせたのは、やはりデミアだった。穏やかに、そして力強く運命を享受した。あるべきままに、精霊のゆらめきを受け入れる――召喚士として。
(きっと私達も子どもが居たら・・・こんなふうに買い物をしてたのね。)
デミアの足は軽やかに、街の中を前へ前へと進んでいった。
◇ ◇ ◇
フィルドはノース商会を訪れ、会長室に座っていた。
「良い豆茶があるんですよ。香ばしさと甘みが見事でね・・・。」
ノースが豆茶を出そうとすると「茶ではなく酒じゃろ?」と厚かましい。しかし嫌な顔一つせず、ノースは棚からラム酒を取り出した。
「フレアの豆茶より、こっちでしたか。」
「ふむ、兄弟揃ってラム酒か。――やはり兄弟じゃの。」
「フィルドさん、兄に会ったんですね。」
「ふむ、会ったんじゃがの。なんというか――。」
ノースは笑いながら、
「なんともいえない『あほう』だったでしょ?」
「それじゃ!――だがの・・・ログは良い『あほう』じゃ。儂が、エリクシルを渡したくなるほどにはの。おぬしによう似とるわい。」
「そうですか?」と言いながら、ノースは満更でもない表情だった。フィルドは頷き、ラム酒をグビリと流し込む。
「ログはの・・・あの子、ミケというんじゃが・・・。――おそらく引き取って保護するつもりじゃの。」
「あー・・・兄ちゃんなら、保護するでしょうね。獣人でも――。」
ノースは豆茶を一口飲むと、更に続けた。
「あの人には、損得がわかんないんですよ。ガキの頃からずっと。おかげで俺は、ずいぶんと商売上手になりました。」
「ふむ・・・。」
「兄ちゃんはね、兵隊なんか出来ない男なんですよ。優しすぎる・・・。――教師を続けてれば良かったんですがね・・・あの性格だ!まっすぐすぎるのもね、考えものですよ・・・。」
「そんなおぬしも、まっすぐで優しいぞい。兄に金貨まで渡しての。じゃから、儂らケルベロスもノース商会を信用しとるんじゃ。」
「これからも、ご贔屓に頼みます。」
フィルドは頷くと、空になったグラスを揺らして催促した。ノースはラム酒の瓶を傾けて注ぎ、姿勢を正した。
「フィルドさん、本当のご要件はなんですか?」
フィルドは静かにグラスのラム酒を見つめ、
「ログは旅に出ることになるじゃろう。それも・・・。」
グラスのラム酒を一気に流し込むと、
「フレアを経由して、ジャングリア王国へとな――。」
そう言って、グラスを置いた。それまでの笑みがノースの顔から消え、鋭くフィルドを睨みつける。
「フィルドさん。ジャングリアは反人間族主義なんですよ!鎖国しているから実害こそないが、それこそ密入国になるじゃないですか!」
「その辺はの、あやつに聞いてもらおうかの。」
その時、会長室をノックする音が響いた。受付のモニカには来客を止めて居たはずだ。優秀なモニカが止められない来客――ノースは「どうぞ」と声をかけた。
「失礼するよ、ノース。」
「やぁ、ソニー。君まで来るなんてな。まさか――君も兄に会ったのか?」
ソニーはフィルドの横に座ると、
「ああ、会ったよ。君の兄にしてはずいぶんと・・・」
「ふふっ。『あほう』だった・・・だろ?」
ソニーは吹き出すように笑った。そして呼吸を整えると、
「いや、違う。魂がすべて目に出てしまう・・・清い人間だったよ。」
「清い・・・か。まぁ生きづらい人間さ、兄ちゃんは。」
ノースとソニーは微笑みあった。お互いに商売で生きていると、目が笑わない笑顔を身に付けてしまう。心を見せず、笑顔をみせる――ログには無い才能だった。
「ノース。ジャングリア王国へは、私が手配する。ケルベロスが全力で協力を約束しよう。だから君には――。」
「待ってくれ!何のためにジャングリア王国へ行かせようとしているんだ。獣人を送り返すためか?そんなの人間族が行く必要ないだろ。」
フィルドとソニーは目を合わせると、フィルドが口を開いた。
「ミケは、左目が潰されていてな。エリクシルでも治らんかったんじゃ。じゃがの・・・ジャングリアの国王なら獣人だけの秘法が使えるんじゃよ。もちろん、そんな事を知っている者は少ない――が、だ。友人のポワンドは腕の良い医者じゃ。遅かれ早かれ知るじゃろう。救う方法を黙ってられるなら、ログの友人なんぞしとらんじゃろて。知ったログを想像してみぃ・・・考えなしに無茶して飛んでいくじゃろ?」
ソニーもフィルドに続いて、
「私も会って分かったんだがな、それこそ密入国するぞ、お前の兄は・・・。だったら隠さずに打ち明けて、準備してしまった方が安全だろう?幸いケルベロスは、ジャングリア王国と良好な取引がある。太いコネもある。安全とは言い切れないが、悪い提案ではないと思うぞ。もちろん、渡航費や必要経費はそっち持ちだ。そのくらい当然だろ?あとログには・・・そうだな、キャラバンの護衛でもしてもらおうか。」
ノースは腕を組み、目を閉じて上を向いた。ソニーとフィルドが言う通りだろう。あの兄は、密入国すらしかねない。止めて止まるなら、今までだって苦労はしていない。
(――なにしろ『あほう』な兄ちゃんだもんな・・・)
「わかった。ケルベロスには迷惑ばかりかけてしまうが、手配を頼む。うちが協力できることは言ってくれ。できる範囲なら、協力したい。あと・・・あの単細胞は好きに使ってくれ!まったく・・・あんな単細胞でも、腕はあるからな。少なくとも飛竜兵だったし、魔獣や盗賊避けくらいにはなるはずだ。」
「ふむ・・・。では、話を詰めておくかの。まずは――。」
会長室の扉が開いたのは、それから2時間後だった。




