大人ができること①
「ログ兄ぃ、勝手にやらしてもらってるぜ!」
居間に戻ると、ポワンドがコーヒーを淹れていた。勝手知ったるログの家である。まるで自宅のような手際の良さだ。
「ポワンド、儂はワインにしとくれんかのぉ。」
「ワインねぇ・・・ワイン、ワイン・・・ラムしかねーがいいかい?」
「ラム酒か!良いぞ、良いぞ!注いでくれ。」
各々がテーブルに付き、慌ただしい時間から解放されていた。ログもコーヒーに口を付ける。心から(うまい・・・)と感じる。ミケの柔らかい髪の感触が、まだログの手のひらに余韻を残していた。
「――あの子の名前はミケと言うらしい。断片的だが、話した様子では・・・非合法な奴隷で間違いないだろう。」
デミアはコーヒーカップを置くと、ログに語りかける。
「ログさん、これからどうするの?」
「何も・・・まだ考えてないんだが・・・。」
「あらあら・・・。」
嘘でしょ?と言った顔で、デミアはまじまじとログを見つめた。呵々と笑いながら、ポワンドはログの肩を叩く。
「ログ兄ぃがそこまで考えてる訳・・・ないわなぁ!――とは言え、色々やらなきゃなんねーなぁ。」
「そうね・・・、うん!私がミケちゃんに必要なものを買い出しに行くわ!女の子の物、ログさんじゃ無理でしょ?私にまかせて!」
それを聞き、ソニーは「またか」とため息交じりに口を開け、左右に首を振る。
「おう!じゃぁ俺は帰りがてら、警備隊に申告しとくわ。このままじゃ、誘拐と違法奴隷所持でログ兄ぃの前科が増えちまうからなぁ!」
ポワンドとデミアは顔を見合わせて笑った。
「ふむ。ならば儂はノースの所にいくかの。心配しとるじゃろうて・・・。おぬしはミケちゃんのそばにいてやるんじゃ。目を覚ましたとき心配じゃろ?」
「みんな・・・すまない。助かるよ。」
ログは静かに頭を下げた。
――ログは人が嫌いだ。組織で、個人で、利己的な欲を満たすため足を取る。そんなことに出会うたび、自分にも、そんなところがあると気付いてしまう。だから人のいる世界から身を隠す生活を選んだ。――もう見たくないのだ。
だが――優しく、清らかなものを見ると・・・心がゆらぐ。人は醜くいものか・・・美しいものか――わからなくなるのだ。
和やかな空気を破るように、ソニーが立ち上がり声を上げた。
「私は《森のこぐま亭》に戻るぞ!あくまでも商売優先だからな!まったく、半日も無駄にした――まぁ、何かあれば来てもいいが・・・」
「もぉ!素直じゃないんだから・・・。ミケちゃんの姿を見たでしょ!――でも、お仕事を頑張るあなたも好きよ!」
デミアに手を繋がれ、ソニーの肌が紅潮する。なんとも素直な男だ。彼なりに、拠点を確保して支えたい気持ちはあるのだろう。本当にケルベロスの利益担当なのだろうか。自分と同じく、商売に向いているようには思えないが・・・。
――いや、最初の印象は違った。もっと冷徹な印象だった。どちらが、このソニーという男の「本質」なのだろう――。
ログはデミアに金貨2枚を渡し、フィルドには飲みかけのラム酒のボトルを手渡す。
「おお!うむ、うむ!ログよ、帰り道の友が出来たわい!!」
やはりドワーフは酒が好きだ。フィルドは遠慮なくボトルを受け取る。こうして、皆それぞれの目的地へ移動するため席を立った。
表に出ると、それぞれの馬に跨り出発となった。家に残るログは、馬上の皆を見送っている。
「ログ兄ぃ。確認のために警備隊がくるかもしれねぇけど、そん時はよろしくな。また往診に来るけどさ・・・困ったら連絡くれや!」
「では、みんな・・・(くふぅ〜)行くかの。」
フィルドは馬上で・・・すでに呑み始めていた。
◇ ◇ ◇
ジャルパ連邦では重装な鎧を付ける文化はない。人間族の国々でも、その文化は大きく違う。カリメ帝国では重装歩兵や、パラディンと呼ばれる聖騎士達が、プレートアーマーを着用し両刃の両手剣を重んじている。スライマール教主国では、金属のスケイルメイルに鈍器を装備した、騎馬戦を得意とする神殿騎士達が中心で、盾は使うが刃物はあまり使用しない。
一方、ジャルパ連邦では――軽装でレザーブレスト程度を着用し、片刃の刀剣と槍が一般的兵装だ。飛竜兵にとって重量は忌むべきものであり、軽装での機動力を重視する。結果として、斬撃中心の刀術と、飛竜兵の槍撃が発達した。
トルミの街中でも、そんな軽装兵らしき人々が往来する一角がある。エリクシル投与の翌日、ポワンドはそんな街角を歩いていた。やがて、ポワンドが入った建物には《トルミ警備隊》と書かれている。
建物内には、黒革のブレストプレートを着けた警備兵達が暇そうにしていた。そこへ「よお!」と片手を上げながら、遠慮なくズカズカと入っていく。
「おお!ポワンド先生。今日は何の用ですかい?」
警備隊長らしき、口ヒゲの似合う色黒な男が近寄ってきた。浅黒い肌と黒革のブレストプレートが良く似合っている。
「よお!隊長。ちょいとログ兄ぃの事でなぁ・・・。」
「マズイ話か?」
「いや・・・うーん、マズくはねーが・・・。そうだ!リサラの姉ちゃんにも同席してもらおうかなぁ。」
「いいだろう。部屋を用意するよ。」
隊長は「おーい!リサラー!ご指名だ!」と、奥の女性警備兵を手招きした。そのあと「シャルクー!取調室を開けとけー!」と大きな声をかける。シャルクと呼ばれた兵士は、めんどくさそうに立ち上がると、壁に下がった鍵の束を女性警備兵に投げ渡し「了解ー!」と言った。
「チッ!シャルクの野郎、どんどん生意気になりやがる!先生、俺はシャルクをとっちめるから、リサラと勝手に部屋を使いな!」
そう言って「おい!シャルク!」と怒声を上げながら隊長は去っていった。隊長と入れ替わるように、ポワンドの前に鍵の束を持ったリサラがやってきた。
「ポワンド先生。もしかして、ログ先生に何かありました?」
――リサラ=ホーンストン。
この快活で聡明そうな娘は、ログの平民学校での教え子である。頑固で直情的だが、正義感が強く、ログはその成長を期待した。そんなログから古代語魔法の「時間術」の基礎を学び、護身程度にと、多少の剣術も教え込まれていた。やがて本人の努力もあり、警備兵試験にも合格し、リサラは平民出身ながらも一目置かれる警備兵となった。
二人は取調室へ入ると、立ったまま話し始めた。
「リサラちゃん。実はなぁ――。」
ポワンドは、ログが捨てられた違法奴隷を保護した事を伝えた。ただし――ケルベロスの存在は隠して・・・。
「ってな訳でさ・・・そのミケちゃんって子をね、守りたいのよ。だもんで、ログが保護する許可が欲しいんだ。・・・穏便に、水面下でさぁ。」
「あぁ・・・そう言う事でしたか。ほんっとにっ!クズ人間って居ますよね!マジ死ねばいいのにっ!どうせ貴族・・・すみません、つい――。大丈夫です!私がログ先生の家に確認に行きます。万事任せてください!」
リサラは「ふんすっ!」と鼻息荒く、握った親指を立てた。
「悪いねぇ、リサラちゃん!頼んだぜぇ。――おっと、診療所に戻らねーと。かみさんと息子に、俺が捨てられちまう!昨日も怒られたんだよ・・・。」
苦笑いを浮かべながら、ポワンド取調室を出ていった。
リサラは取調室を出て、ログの顔を思い浮かべた。――鋭い目つきで、睨むような表情。低い声がよく響く。でも、中身は臆病なくらい気を使っている、不器用な先生――。
(先生――きっと、何にも考えないで助けちゃったんだろうな・・・。)
「よしっ!」と小さく声に出すと、自分の机から保護申請の書類を出した。手早く鞄に入れると、「隊長、巡回行きます!」と声を張り上げた。その声に隊長が振り返るが、リサラは返事も聞かずに建物を出ていった。




