ログの決意
夕方過ぎに、ポワンド、マーカ夫妻、フィルドの4人がやってきた。ミケは傷隠しに包帯を巻いていたが、もうベッドを出ていて、リビングで、大人用の椅子にちょこんと腰を掛けていた。
「あらあら〜!ミケちゃん、元気になったわね。私はデミアよ。」
「ミケ、元気にゃ!」
にぱっ!と笑顔を見せ、ミケは片手を元気良く上げた。デミアは「ぱんっ」と拍手を一つ打ち、
「ログさん、寝室をお借りするわね!ミケちゃんはお着替えしましょ!――皆さんは馬車の荷物をおろしてくださいな。うふふ~きっと似合うわよ!」
「やれやれ、まずは荷物をおろすかの。ほれ、ログも手を貸せぃ。」
男性陣が荷物おろしに取り掛かると、デミアとミケは奥へと着替えに行った。
◇ ◇ ◇
リビングではフィルドとポワンドが談笑し、すでに呑み始めている。テーブルには、すでにオーブンで焼き上がったローストワームが置かれていて、部屋には料理の良い匂いが立ち込めていた。ソニーは、テーブルにトントンと指を打ちながら、忙しなく足をゆすり、落ち着きなく「遅いな」と何度もつぶやいている。
「おまたせ〜!みんなー、そっちに行くわよ〜!」
ミケはデミアの胸に抱かれ、恥ずかしそうに手を胸の前に抱えていた。――白襟で、大きなリボンのついた濃紺のワンピース姿。髪も整えられていて、左目を隠すように流されている。髪の奥には、デミアが刺繍した薄紅色でベルベット生地の眼帯が覗く。
「ほらほら〜、ログさん。何か言う事あるでしょ?」
「ん・・・ああ。ありがとう、デミアさん。」
「そうじゃなくて!・・・ほらミケちゃんに言う事があるでしょ?」
「ああ、そうだね。ミケ、とても似合っているよ!サイズもぴったりだ!」
「ん〜・・・まあ、いいわ。ね〜可愛いミケちゃん!」
そう言うと、デミアはミケの頬にキスをした。
「えへへっ、デミアおばちゃんが着せてくれたにゃ!」
「――ミケちゃん。デミアでいいのよ〜。おばちゃんは外してね!」
「そうなのー?なんでにゃー??」
「え〜と・・・それはねー・・・。」
ミケの純粋な眼差しに、デミアは言い淀み、その顔には薄く苦笑いが滲む。その様子に、グラスを置いたフィルドが「やれやれ」と立ち上がり、
「ミケや。仲良しになるとな、みんな名前で呼ぶんじゃよ。儂はフィルド。儂はミケと仲良しになりたいから「フィルド」で良いぞ。ミケはデミアとは、仲良しじゃないのかの?」
「おばちゃんとミケね・・・仲良しにゃ!ミケもデミアって呼ぶにゃ!」
(まぁ、ミケちゃんにとっては・・・おばちゃんよね・・・)
「そう?おばちゃん嬉しいわー!」
「ねえねえ・・・じゃあ、ログおじちゃんもログでいいのかにゃあ?」
「そうじゃよ。それに・・・ほれ、このおじさんはポワンド。あっちの――あの青い服のおじさんはソニーじゃ。よろしくの、ミケ。」
「うにゃ!」
ミケは尻尾をピンと立て、片手を上げてニッコリと返事をした。
ローストワームと野草のソテー。堅いパンに、残り物のワームシチュー・・・。ソニーが持ってきた上質なワインと、パープルベリーのジュース――。決して豪華ではないが、笑顔があふれ、ミケを囲み賑やかな食卓となった。
食べ終わって、しばらく談笑していたが、ミケがウトウトし始める。ミケは「まだ寝ないにゃ!」と頑張っていたが、睡魔には勝てなかったようだ。ログは寝落ちたミケを抱えて寝室に運ぶと、リビングへと戻ってきた。
「デミアさん、何から何まで・・・本当に感謝しているよ。」
「いいのよ。私も楽しかったから〜!――ねえ、ちょっと聞いてほしいことがあるの・・・。」
そう言うと、デミアはテーブルに肘を付いて真顔になった。
「ミケちゃんね、心が成長を止めちゃっていると思うわ。」
「どういう事・・・ですか?」
「着替えさせていてね、気がついたのだけど・・・身体と言動が合わないのよ。身体はね、10歳くらいだと思うの。痩せてるし、小柄だけど・・・。でもね、話すと5歳かそこらなのよ。思考が幼いし、使っている言葉もね――猫人で「にゃ」って使うのは、幼い子だって聞いた事があるわ。大人になるにつれて言わなくなって、甘えたい時しか使わないらしいの。もしかしたら――虐待から現実逃避するために・・・、無意識でね・・・、ミケちゃんの心が、成長を拒否しているのかもしれないわ。」
「ふむ・・・、あり得るのぉ。辛すぎる現実から心を守るために・・・心が現実を拒否したのかの。」
「ええ、そうなのよ。話していても、記憶もあやふやな様子だし・・・。ねぇ、ログさん。あなたは何か気付かなかった?」
ログはデミアに顔を向けると、一つ頷いた。
「確かに幼さが感じられたな。記憶も断片的みたいで、故郷の地名も判らない。――「カリカリ」とか「ちゅ〜る」という郷土料理があるみたいだが・・・それも幼児語かもしれない。故郷を聞くと「帰れない」と泣いてしまうし。あとは――「虹の橋」がどうとか言ってたようだが、よく分からないんだ。」
「そう・・・。ジャングリア王国の地名かもしれないけど、聞いた事ないわね。」
「儂も聞いた事ないのぉ。猫人や犬人はジャングリアでも多数種族じゃから、一般的な郷土料理なら聞いたことあるはずなんじゃがの・・・。ふうむ――ソニーや、虹の橋に関わる地名はどうじゃ?」
ソニーは拳を顎に当て、しばらく考え込むと、
「いや・・・仕事柄で地理には詳しい方だが・・・よほど田舎なのだろう。もしくは、田舎の小さな橋程度では・・・どちらにしろ特定は困難だな。」
一同が沈黙すると、遠くでリーチバード(吸血鳥)の声が響く。沈黙を破るように、ポワンドが口を開いた。
「ログ兄ぃ、もしジャングリアに行けば・・・ミケちゃんの目が、何とかなるかもしれねぇ――って言ったらどうするさ?」
「・・・行く。」
「まぁログ兄ぃなら――そうなるよなぁ。ただ、あくまでも噂レベルなんだ。ジャングリア国王が秘法で治せるって噂があってな・・・。」
そこまで言うと、ポワンドはログを見つめ、顔を顰めて深く息を吐いた。あくまでも噂レベル・・・国交のないジャングリアへ行く根拠としては、あまりにもハイリスクだ。
二人の様子を見て、ソニーが口を開いた。
「我々ケルベロスは、ジャングリアと取引があるのだがな・・・、ジャングリアの信頼できる筋から、以前その秘法は聞いたことがあるんだ。」
「そうなのか!」
「ああ、ただし・・・獣人にのみ効果がある秘法らしい。もし誰にでも効果があるのなら――いや、なんでもない・・・。とにかくだ。ミケちゃんの目と傷を治すために、試す価値はある。」
デミアがソニーの肩に手を当て「あなた・・・」と声をかけた。微笑むデミアの手を握り返すソニーは、なぜか苦しそうな顔をしていた。
「――行きたい!ミケに、生まれた故郷で家族に会わせてあげたい!頼む、ソニーさん。人間がジャングリアへ行く方法を教えてくれないか?」
「ログや、儂が一緒に行こう。デミアもソニーも、仕事があるからの。儂ならジャングリアは行っとるし――王宮との繋ぎも可能じゃしの。」
「いいのか、フィルド。それにしても、王宮に繋ぎって・・・。」
「儂は、意外と顔が広いんじゃよ。」
そう言って「ホッ!ホッ!ホッ!」と顎髭を自慢気に撫でていた。
「私はケルベロス傘下の商隊へ同行する手配と、フレアの関所の通行証、それからジャングリアへの入国証を準備してやろう。商隊には傭兵の護衛が付くが――ログ、君にも商隊を護衛をしてもらう。」
「もちろん、そのくらい喜んでやらせてもらうよ。」
ログは、ソニーのグラスにワインを注いだ。
「ログ兄ぃ、もう一つ勝手に手を回してある事があるんだ。」
「なんだい?」
「ミケちゃんを、こんな目に合わせた犯人探しさ!内々で、になるが――警備隊のリサラちゃんが捜査を引き受けてくれたよ。」
「おぬしの弟ノースもな、時間を見つけて調査すると言っとったぞい。」
「もちろん、ケルベロスも裏の情報を集めておいてやろう。ゲスな人間どもは、闇ルートで奴隷を買っているだろうからな。」
「ログさん、大人が出来ること・・・みんなでしてあげましょうね!」
――たった三日で・・・彼らはこんなにも考え、準備をしてくれていた。ログは、感謝しきれない気持ちで「ありがとう」と頭を下げた。
「ではの、出発は2週間後を予定しよう。ログや、準備しておくんじゃぞ。」
「ああ、任せてくれ!」
五人はグラスを持つと、目を合わせて静かに乾杯をした。




