リサラ、萌ゆ!
旅立ちに向けて、ログは準備に追われていた。今日はミケとトルミの街に来ているが、あまり多くを買うつもりはない。必要な荷物をなるべく少なくし、可能な限り身軽であることがログの計画だ。それはケルベロスの支援を期待しての事もあるが、本音は違う。
旅を共にする、老いたエスペランサの為であった。そのためにも、荷馬車の軽量化も必要で、ミケと二人で乗る事を前提として、いま使っている荷馬車の改造を、ノース商会に依頼しておいた。
ノースは馬車レース狂いで、自分も出場してしまうオーナーだ。改造の依頼は、飛びつくように引き受けていた。――やりすぎが不安だが。
子供好きなノースは「うちの子になっちゃいなよ!」なんて言っていた。ミケも、初めて会うノースに不安を感じていないようで、ノースが持ってくるお菓子に、尻尾はピン!目はキラキラ!だった。
ログ達はノース商会を出ると、街の中央へと向かった。街の中央にある噴水広場へ行くと、非番で私服のリサラが待っていた。あれから何度もリサラはログの元へ訪れ、ミケの面倒を見てくれていた。気がつけば、ミケはリサラの膝に乗るようになり、姉妹のように遊んでいた。それを見て、ログはリサラにもジャングリアへ向かうことを伝え、リサラもミケの為にと、協力を約束してくれた。
今日はログが装備を買い求める間、リサラがミケを見てくれることになった。ミケもリサラに懐いているので、ログも安心してお願いできた。
「休みの日に、すまないね。」
「いえ、ミケちゃんの事は任せてください!今日は何を買うんですか?」
「うん、投擲用のナイフと、新しい短弓。――家の短弓はボロだからね。狩りに使ってる分には問題ないけど、盗賊相手だったら不安だからさ。あー、あと長巻の砥ぎと、防具も少し見たいかな・・・。」
「じゃあ、時間は気にしないで行ってきてください!ミケちゃんを街案内します!私達は閉門時間前には、城門に行きますので。」
「おお、じゃあ頼んだよ。ミケ、私お買い物だけど・・・大丈夫かい?」
「ミケ、大丈夫にゃ!リサラおねーちゃんと遊ぶにゃ!」
「そっか、じゃあ私は行くよ。ミケ、いっぱい楽しんでおいで!」
「にゃ!」
ミケは右手と尻尾を上げて返事をした。どうやらご機嫌バッチリだ。ログは安心して、リサラたちに手を振ると街の中へと消えていった。
◇ ◇ ◇
(きたきたきたー!ミケちゃん独り占めキター!!!)
リサラはログの背を見ながら、心が踊っていた。
リサラは誰にも秘密にしているが・・・「隠れケモナー」である。特にケモムス(獣人娘)の猫人に目がなく、「推し」と呼んでいる。家にはリサラが「聖書」と呼んでいる「獣人絵」のコレクションが集められ、フレア土産の獣人フィギュアは、神像のように扱っている。
そんなリサラの前に、天使が現れたのだ!その名はミケ。初めてベットに眠るミケを見たとき、「尊い・・・」とつぶやいたほどだ。今日は、その天使と邪魔者抜きで街歩きできる。
(ああ〜!もう抱っこしちゃおうかしら〜!!)
「ねー、リサラおねーちゃん!」
(いけない!いけない!)
「どうしたのかな〜?」
「ミケ、リサラおねーちゃんいるから嬉しいにゃ!」
そう言ってミケがリサラの足に抱きついてきた。
(うっはー!尊い、尊すぎる!抱っこしちゃう?・・・抱っこする!)
「私もうれしいわ!ミケちゃん!」
リサラはミケを抱っこし、ミケのお腹に顔を押し付けた。
(あ〜!お日様の匂いと、ポヨポヨな感触・・・まさに神!)
「おねーちゃん!こしょばいにゃぁ!・・・にゃはは〜!」
「ぐりぐり〜!」
(あ〜、いま死ねる!天国は今ここです!)
「う〜にゃぁ〜!降ろしてにゃ〜!」
(はぁ・・・はっ!しまった!)
「ごめん、ごめん!降ろすね〜。」
「くすぐったかったにゃ〜。」
「えへへ〜、ごめんね。よし!じゃあ町探検に・・・いっくよー!」
「にゃ〜!」
二人は手を繋いで、街の中へと歩いていった。路上の屋台、服屋のショーウィンドウ、お菓子屋の陳列・・・ミケは初めて見るトルミの街に、笑顔が溢れていた。
「おねーちゃん!あれ何かにゃ?」
「あれね〜、アイスクリームの屋台だよ。びょ〜んって伸びるアイスなの。食べてみたい?」
「いいの〜?ミケ、食べてみたいにゃ!」
「よし!じゃあ、一緒に行こう!」
二人は笑顔でアイスクリームの屋台へ近づいていった。人の良さそうなおじさんが「いらっしゃい!」とミケを手招きする。とててっ・・・と、ミケは走り寄ると、屋台の前で尻尾を立てて期待に満ちた顔をしている。
リサラが「一つお願い」と注文しウインクをすると、おじさんは「はいよー」と長い棒をアイスボックスに差し込んだ。棒の先に、アイスボックスから練り込んだアイスクリームを付けると、ミケにコーンカップを渡して、そこにアイスクリームを乗せた・・・。
――そこからが「本番」だった。
コーンカップは2枚重ねで、乗せたアイスを持ち上げると・・・、ミケの手元からアイスが取られてしまう。「にゃ!」と驚くミケ。おじさんは手慣れた手つきで、何度も渡しては取り上げる。
これが、伸びるアイス屋台のパフォーマンス。ミケは、まるで子猫のように「うにゃ!」と言いながら追いかけている。真剣なミケ。萌えるリサラ。やめる気の無いおじさん・・・。すでに5分は経過していた。――そのときだった。
「おい!いつまで待たせるんだ!」
女を連れた、ずんぐりした男が怒鳴ってきた。その声に、ミケの身体がビクッとして止まり、耳が倒れ込んでいた。
「お客さん・・・怒鳴らないでくださいよ〜。これが売りなんですから。」
「そんな気持ちの悪い獣人なんざ、俺達の後にしろや!人間様が優先だ。――なんだこのガキ、耳も目も潰れてんじゃねーか。気持ち悪い面だな!」
そう言うと、ミケの足元の踏み台を蹴飛ばした。ミケは震えて歯を鳴らしながら「にゃ・・・」と小さく鳴いた。
次の瞬間――男の身体は地面にうつ伏せとなり、頭を踏まれ、腕を捻られていた。頭を踏んでいたのは、鋭い眼光で表情の消えたリサラだった。
「おい、汚い言葉でこの子の尊厳を踏みつけたんだ。おまえも踏まれる覚悟くらいあるんだろうな?」
「なにしやがる!・・・獣人なんかにデカい面させやがって・・・。」
リサラの踏む力が強くなり、男がバタバタと悶え苦しむ。男が連れていた女は、リサラの迫力で座り込んでいた。
「言葉は選べよゲス野郎!このまま頭潰して中身スッキリさせるぞ?」
「離せ!・・・おい、誰か警備隊呼べよ!この女をなんとかしてくれ!」
男が言い終わる頃に「ポキッ」と音がした。男は「腕ぇー!」と叫んでいる。それから騒ぎを聞いて警備隊が来るまでに、5分も経っていなかった。
駆けつけた警備隊は隊長とシャルクだ。シャルクがアイスクリーム屋に事情を聞き、隊長がリサラを説得していた。
「リサラ、まずはソイツを離してくれ。事情があったんだろ?」
「いやです。このゲスは――苦しんで当然なカスです!」
「お・・おい!警備兵さん!!この女、いきなり一方的に暴力を振って来たんだよー!助けてくれよー!!」
男が涙を流して助けを求めた。リサラの目は冷たく、厳しく、男を見下ろしていた。隊長がリサラの肩に手を伸ばすと、
(ドゴンッ!)
鈍い音と共に、男の身体がリサラの足元から蹴り出された。蹴り出したのはシャルクで、「おっしゃー!」とガッツポーズをとっている。
「シャルク!お前まで、何してんだ!!」
「え〜?いやね、アイスクリーム屋に聞いたんですが、ソイツ・・・リサラの連れを侮辱したらしいんですわ。先に喧嘩売ってんのはソイツっすよ。」
「だからって、おまえなぁ・・・」
「そんな小さなリサラの連れが、クソ野郎に喧嘩売られて、リサラが守った。俺は、そんなヤツでも警備隊として助けるために――蹴って救出しただけっす!」
イモムシのように丸くなった男のそばで、隊長が困惑していると、
「警備隊の旦那、その通りでさぁ。獣人の子を「気持ち悪い面」って言って、いきなり一方的に絡んで来て、子どもを蹴っ飛ばしたのは、そっちの男です!そのお姉ちゃんは、やりすぎかもしれないですが・・・悪くねーですよ!」
アイスクリーム屋のおじさんも、リサラの養護に入った。隊長がため息をつき、リサラの近くで震える猫人の子に目を向けた。その子はしっかりとリサラの裾を掴み、震えながらリサラを見ている。
「待ってくれよ、あんたら警備隊だろ?なぁ、助けてくれよ。そんな獣人のガキより、俺達住人の安全が仕事だろ。市民の権利だろ?」
隊長は男言葉に頷き、剣に手を掛けた。リサラとシャルクの顔に、小さく焦りが浮かぶ。
「リサラ。その子は、お前の大事な存在なんだな?」
「はい。」
「話と状況は理解した。あんたの言い分もな・・・。この腐れ差別主義者め!おいシャルク!俺が斬る前に、このゲスを牢屋にぶち込め!――いいかクズ人間。ジャルパは差別を認めていない。もちろんトルミもな。こんな小さな子に罵声だと?お前はジャルパの面汚しだ!」
隊長の言葉に、男の顔がみるみる青くなっていく。
「了解〜っす。」
シャルクが男を掴み起こすと、後ろ手に縄を掛けた。
「お嬢ちゃん、怖かったね。もう大丈夫だよ。――トルミはいい街なんだ。溶けちゃったアイスは、おじさんに奢らせてくれ。」
そう言って、隊長は屋台に銀貨を一枚置き、
「リサラ、良い休日をな!」
と、肩を叩いて去っていった。リサラはしゃがむと、自分の裾を掴み震えるミケを抱きしめた。
「ミケちゃん、怖い思いさせてごめんね・・・。」
「にゃぁ・・・おねーちゃん!ミケが悪いにゃぁ・・・。ミケ、可愛くないから・・・みんな怒るにゃぁ〜!」
「そんなことない!そんなことないんだよ!!」
泣きじゃくるミケを抱えて、なぜかリサラの目からも涙が流れた。
◇ ◇ ◇
夕暮れまで、リサラとミケはトルミ観光を楽しんでいた。手を繋いで歩く姿は、まるで仲の良い姉妹のようで、伸びた影も幸せそうだ。城門前に行くと、城門の外でログとエスペランサが待っていた。
「リサラ、今日はありがとうね。迷惑かけなかったかい?」
「いえ迷惑なんて・・・私の方が――。」
「・・・?」
リサラの顔が暗い。すると、ミケがログに走り寄ってきた。
「あのね、おねーちゃんとアイス食べたにゃ!一個は溶けちゃったけど・・・。たいちょーさんが、もう一個くれたにゃ!それでね!それでね!おねーちゃんと歩くの、す〜ごく楽しかったにゃ〜!!」
「ミケちゃん・・・。」
ログは、なんとなく察した。何かトラブルはあったんだろう。それも警備隊のお世話になるような。だが、それを聞き出す気はない。きっとリサラは一生懸命助けたんだ。ミケは、それを伝えたいんだ。だったらそれで良いじゃないか――。
「そうか、良かったねミケ!リサラも、本当にありがとう。まだ、出発まであと4日ある。リサラさえ良かったら、また遊んでやってね。」
「先生・・・はい!また会いに行きます!ミケちゃん、また行くね!」
「うにゃ!」
にぱっ!と笑ってミケはリサラの足に抱きついた。




