静かな旅立ち
ノースが改造してくれた荷馬車は、原型を留めていなかった。船に四輪を付けた様なシャシー、そこからはアーチ状の柱が何本も伸び、その上部には、半切りの卵のような流線型のルーフが乗っている。
「何というか・・・奇抜な馬車になったなぁ・・・。」
困惑顔のログに、対称的な自慢顔のノース。
「こいつは自信作さ!シャシーは船にもなるから、牽引すれば渡河できる。車輪はワーム革のタイヤを装備し、サスペンションは竜鱗の板バネ!ルーフだって竜鱗の粉末を練り込んで塗装してある。まだまだあるぞ〜!」
「う・・・うん、すごいなぁ・・・。」
「サイドパネルを・・・こうやって下ろせば、雨風どころか矢弾も通じないさ。中に入ると・・・ちょっとミケちゃん、こっちに来て乗ってみて!」
「うにゃ!」
てけてけとミケが寄ると、ノースが馬車へ抱え乗せた。ミケは「にゃはぁー!」とはしゃいでいる。
「このベットは、ミケちゃんのベット!ここに座椅子があって、折り畳めるんだ。それから、あれが収納BOXと救急キット。そんで、こっちは水のタンク。水浄石が入ってるから、泥水だって1時間で浄化できるスグレモノさ!最後に・・・ミケちゃん、上を見て。」
「にゃぁ??」
ベッドで跳ねていたミケが、車内のルーフを見上げる。ノースはスイッチを入れ、ニヤリとすると「パン!」と手を打った。
――ルーフの半球状のガラスが輝き、車内に柔らかい光が満ちていく。
「すごいにゃ!」
「まだまだ〜!もう一度叩くと・・・」
ノース手を打つと、青い光に変わり、さらに打つと黄色くなった。
「にゃはぁー!ミケもやるにゃぁ〜!!」
「いや・・・ノース、これ必要か?」
「分かってないなぁ、兄ちゃん。旅は長いんだよ?ミケちゃんが楽しくないと、旅は最悪なものになっちゃうだろ?こいつは贅沢にも雷光石と青光石を使ってる!自慢の一品だ!!」
「確かにそうかもな・・・。――で、俺のベットはどこ?」
「――無いよ。」
「・・・・。」
「冗談!冗談だって!その御者席がリクライニング出来るんだよ。まず、御者席のシートを・・・こうやって・・・フラットに倒す。それから、御者席の上のルーフからパネルを降ろすと車内と一部屋になり、こうやって毛布を敷いてやれば・・・簡易ベットの完成さ!」
「ノース・・・すごいな、これ!」
「にゃはぁー!ログと一緒に寝れるにゃぁ!」
車内にログとミケの歓声が響く。ノースは得意気な顔で、ニヤリと腕を組んだ。
「そうだろう!そうだろう!自分で言うのも何だが、相当良いぞ、これ!名前も決めてある。その名も《ノースエッグMarkⅠ》だ!」
「・・・・。」
「かっこいいにゃ〜!」
ミケの目が輝き尻尾が立っている。ノースは「そうだろ?」とミケを撫ぜている。ログは「販売する気だな・・・。」と、ノースの商魂に感心していた。
◇ ◇ ◇
――朝靄が残るトルミ城門前。
城門が開くと、三台の馬車とそれを囲む傭兵団が出発準備を整えていた。その中で積み荷に腰を降ろし、髭を撫ぜながら酒瓶を傾けるフィルド。ログとミケの傍には、マーカ夫妻、ポワンド、リサラ、ノースが集まっていた。
「私とデミアは行かれないが、各地のケルベロスがサポートする。何かあれば遠慮なく相談するといい。こちらからも情報があれば流しておく。」
「先生、気をつけて行ってください。クソ野郎探しも任せてください!大変だと思いますが・・・絶対にミケちゃんの目、治してくださいね!」
ソニーやリサラの言葉が、ログの心に温かい風を吹き込む。デミアはずっとミケを抱きしめ、チラチラとリサラが気にしている。
「ソニー、リサラ、ありがとう。きっと治してやるさ。」
「ログ兄ぃ、幾つか薬を積み込んでおいた。ミケちゃんの身体を大事にな。それと――ログ兄も若くない。無理はすんなよな・・・。」
「ああ、お互いに歳を喰っちまったな。気をつけるよ。」
ログとポワンドは握手をすると、しっかり抱きしめ合った。二人は、遺跡戦争から三十年を共に生きてきた。――かけがえのない存在。友情より厚く重ねた、多くのことが・・・それ以上の言葉を必要としなかった。
「兄ちゃん、ちょいと頼みがあるんだ。」
「ああ、ノース。本当に世話になったよ。何でも言ってくれ。」
「この紙に書いてある品を、ジャングリアで手に入れて欲しい。それぞれ個数も書いてある。代金はこの袋に入ってるから、使ってくれよ。」
「わかった。お使いだな、お安い御用だ。」
「特に《ネクタル》って酒は絶対に頼む!どうしても手に入れたいんだ。」
「任せてくれ、ネクタルな。きっと持って帰ってくるよ。」
ログはノースから代金の袋を受け取ると、しっかりと握手をした。そうこうしていると、空になった酒瓶を持ったフィルドが、何人かの男たちと近づいてきた。
「ほれ、商隊の者と傭兵団の団長とも挨拶せんか。」
「ああ、そうだったな。一緒に同行させてもらうログだ。あの子がミケ。」
商隊のリーダーらしき、小柄で三角帽に目が隠れたノームが、
「よろしくログさん。私はラフロイグ。見ての通りノームです。ご一緒出来ることを歓迎しますよ!」
そう言って、親指を立てた。そして、その手を開くと隣の男に向けた。
「あちらが、ジャルパ国内で護衛をしてくれる《アイラ傭兵団》の方です。」
「アイラ傭兵団のアードベッグだ。ログさん、腕の方も期待してるぜ!」
使い込んではいるが、しっかりと手入れされたプレートメイル。左胸には投擲ナイフのホルダーが付いていて、左手の手甲にはバックラー。腰の長剣は両手でも使えるタイプで、カリメ帝国で流通しているものだ。どうやら、カリメ帝国出身の傭兵なのだろう。
「よろしく。大した戦力にはならないが、出来ることはやらせてもらうよ。」
そう言ってログは、デミアとリサラに撫で回されているミケに視線を向けた。その視線に気がついたアードベッグは、
「ああ――心配しないでくれ。俺はカリメ出身だが、人間至上主義じゃない。それが嫌で聖騎士をやめて傭兵になったんだ。おチビもしっかり守るさ。」
「すまない、不快にさせてしまったね。信じるよ、よろしく頼む。」
「まぁ、カリメは人間至上主義だからな。仕方ないさ。そうさなぁ・・・。謝罪も感謝も、酒とタバコを貰えればいいぜ。金ならもっといいがな!」
そう言って、アードベッグは豪快に笑った。
「ふむふむ・・・。もう良いかの。国境までは長いぞい。まずはタンカレーの街が目標じゃ。誠に名残惜しいがの・・・出発じゃ!」
こうして、優しく頼れる者たちに見送られ、ログとミケの旅は始まった。御者席のログの膝に乗るミケは、無邪気に笑っている。
幾つもの困難があるだろう。魔獣や盗賊の襲撃、悪天候や災害。その全てを越えて、ジャングリア王国へ行く。――ミケの目を、家族を取り戻す。きっと叶うと信じて。鼻歌まじりの楽しそうなミケを見て、ログの心は燃え上がっていた。
朝靄は消え、朝日が辺りを鮮やかに彩る。ラフロイグ商隊はタンカレーの街に向け、街道を進んで行った。




