プリマス渓谷
ラフロイグ商隊は順調に進んでいた。遙か先には山脈が見えてくる。途中の村や街は素通りし、4泊の行程を野営2泊で進む予定だ。思ったよりもミケは移動にストレスが無いようで、景色を楽しみながら、ログやフィルドに「あれなに?」「鳥がいるにゃ!」と、おしゃべりしている。傭兵団やラフロイグ達は、ミケやログへ必要以上に関わることもせず、適度な距離感で旅は進んでいた。
やがて日が傾き、ゆっくり山脈に沈む頃、一行は野営の準備に取り掛かる。10人ほどの傭兵団は交代で喫食し、ログ達は商隊と共に夕食をいただいた。パンに、塩漬けの肉を使ったスープだけの質素な食事だが、ミケは喜んでいる。きっと賑やかな食事が楽しいのだろう。一行は焚き火を囲み、時が過ぎていく。
ミケを馬車で寝かしつけると、ログは再び焚き火の側へと行った。ログの横に座るラフロイグは、5歳児くらいの身長しかない。身体は小さいが成人で、ノームは優秀な召喚士も多い種族だ。遺跡戦争の頃は、ノームのドルイド兵が、土や水の精霊を召喚してジャルパ軍を苦しめた。
「それでは、明日の行程を打ち合わせましょう。まずは私からですが、明日はプリマス渓谷を通過して、ギルビー平原で野営したいと考えてます。」
ラフロイグが地図を広げ、指でなぞりながら話した。どうやら、かなりの強行軍らしい。フィルドもアードベッグも顔が苦い。
「ふむ・・・。そう上手くいくかの。プリマス渓谷は難所じゃぞ?」
「ああ、俺達も傭兵の立場で言わせてもらうが、プリマス渓谷は反対だ。元々はゴードン山脈を迂回していくルートだったはずだ。予定ルートで行こうぜ。」
ラフロイグは地図を畳みながら、
「迂回ルートは地盤が緩いんです。近づくにつれ大地の精霊が騒いでいますし、もしかしたら地崩れが起きている可能性もある。予定ルートは悪手でしょう。」
そう言ってアードベッグに顔を向けた。人間族には感じないが、精霊人達は特定の精霊と感覚を共有している。ノームは水と土。ドワーフは火と土。信憑性はあるだろう。
アードベッグはフィルドに、
「なぁ、フィルドさん。あんたは・・・精霊の声は聞いてないのか?」
「ふむ、確かに大地が騒いどるがの。しかし、プリマス渓谷は危険じゃぞ。」
「ああ、そうだぜ。プリマス渓谷には盗賊もいるが、それよりも――。」
「グリフォンじゃの・・・。」
そう言って、フィルドはラフロイグを見つめた。
――グリフォン。猛禽類の頭と翼に、猛獣の身体を持つ魔獣だ。獰猛で、飛竜ですら捕食する・・・まさに怪物。出会ったら全滅もあり得る。
「確かに・・・グリフォンに遭遇する可能性はあります。それでも、我々は納期を守る事を重視します。商人は信用が第一なんです。」
ラフロイグは、そこまで言うと、
「ログさん、大変申し訳ないが・・・了承してもらえませんか。もちろん、可能な限り安全に配慮しますが。」
と、ログの返事を待った。
「私達は同行している身ですので・・・従うしかありません。」
「アードベッグさん、フィルドさん、プリマス渓谷のルートで行きましょう。」
「まぁ、俺達は雇い主の意向に従うが・・・覚悟はしてくれ。」
「そうじゃの。儂とログは、子どもの安全を優先させてもらうぞ。――状況次第では、指示がなくとも避難をするからの。」
「結構です。では、明日はプリマス渓谷を抜けギルビー平原を目指します。早朝に出発しますので、みなさん準備をお願いします。」
こうして、ラフロイグに押し切られる形で渓谷抜けに決定した。ログは胸の中に妙な不安を感じ、ミケの眠る馬車へ視線を向けていた。
◇ ◇ ◇
一行は、昼過ぎにプリマス渓谷へと入っていた。剥き出しの高い岸壁に挟まれた渓谷は、幅が400メートルくらいあり、ほんの少しの草が生えているだけで、荒涼とした景色をつくっている。渓谷自体は10キロ程度の距離だが、行き交う者は誰ひとりいない。
渓谷も半分ほど進んだとき、先頭のアードベッグが右腕を上げた。
――一行は停止し緊張が走る。周りの傭兵団が、それぞれ武器を構え数人は下馬して警戒を始めた。ログも急ぎ馬車のサイドパネルを降ろし始めた。
「ログ・・・どうしたにゃ?」
不安そうなミケの頭を優しく撫ぜると、
「ミケ、私が開けるまで待っててね。馬車から出ちゃダメだよ、いいね。」
そう言って馬車を降り、長巻の鞘を抜いた。
周囲の岸壁に隠れていた人影が姿を現し、一行の周囲を囲んでいる。どうやら盗賊に、襲いやすい場所まで尾行されていたようだ。傭兵団が警笛を吹き、盗賊達を威嚇する。しかし警笛を聴いても怯まず、盗賊達は武器を構えて近づいてくる。どうやら一行を生かしておく気は無さそうだ。戦うしかないだろう。アードベッグも馬を降りて剣を抜き、臨戦態勢に入っていた。
「来るぞ!馬車に近づけるな!」
「うおぉー!全員ぶち殺せ!」
盗賊たちが、雄叫びを上げて襲いかかってくる。傭兵団との戦闘が始まった。ミケが乗る馬車は右手にログが、左手にはフィルド守りに入る。
フィルドの肉体は、盗賊の剣よりも強い武器だった。それは比喩ではなく、拳で剣をへし折り、蹴り出す足で顎を砕く。正面からまともに拳をもらった盗賊などは、顔面が砕けて目玉がこぼれ落ちた。
アードベッグの剣術も見事だった。繰り出す両手剣は、盗賊をバターのように切り裂き、次々と両断していく。だが、その二人が「むぅ・・・」と息を嚥んだのは、ログだった。
円を描くように長巻が走ると、ぽとんと首が落ち、血の噴水が広がる。ログの長巻が弧を描くと、腕も胴もまとめて袈裟懸けに断ち斬られる。弓矢を構える者には、矢を払いながら走りより、真一文字に両断だ。
あまりの反撃に、生き残った数人の盗賊は逃走し、戦闘が終わる。15〜6人の死体が転がり、周囲には鉄臭い血の匂いが立ち込めていた。
◇ ◇ ◇
戦いの直前、馬車の残されたミケは震えていた。外から聞こえる怒声・・・。自分を蹴り、殴り、苦痛を与えた人間と同じ怒声。ミケは心から、恐怖し息が苦しくなった。だが、それよりも強く、深く、ミケが感じる不安・・・。
大好きなログが怪我をしたら――。お酒臭いけど、優しいフィルドが殴られていたら――。そんなの絶対に嫌にゃ――。
「にゃぁ・・・。ログー・・・フィルドー・・・帰ってきてにゃぁ・・・。」
うずくまり、小さな肩を震わせて、ミケは泣いていた。外からは争う声と、苦しみ呻く断末魔の叫びが聞こえてくる。
さっきまで、みんな笑ってたのに――。なんでログを――フィルドを――みんなをいじめるの?みんな優しいのに――なんで怖い人がいるの?
「デミアー・・・リサラおねーちゃん・・・怖いにゃぁ・・・。」
――ログは待っててねって言ってたにゃ・・・。頑張るにゃ・・・。ミケは自分の右手を強く噛み、泣き声を我慢しながらログを待った。細い腕に血が滲む。ただただ、ログとフィルドに会いたい!――ミケ、待ってるから!怖い人・・・大事な人をいじめにゃいで!
気がつくと、外は静かになり、足音が馬車に近づいてきた。
(カシャン)
馬車の扉が開くと、優しい顔のログが立っていた。
「ミケ、もう大丈夫。ごめんね、怖かったかい?」
ログが帰ってきた――。ログの笑顔を見て、ミケの抑え込んできた感情が爆発した。
「うにゃー・・・ログー!・・・怖かっ・・・にゃー・・・。」
泣き喋りで上手く伝えられない。伝えたいのに!もどかしい――。ウニャウニャ泣きながらつぶやくミケを、ログが優しく見つめる。
「大丈夫だよ。ミケ、よく我慢したね。こっちにおいで。」
そう言って、ログは優しくミケを抱き寄せ、柔らかい髪の頭を撫でた。
――温かいにゃ・・・。
ミケは火が付いたように泣きじゃくり、ログが優しく背をトントンとたたく。二人を見るフィルドの顔も、優しく微笑んでいた。
――そんな中で、傭兵団の警笛が再び吹き鳴らされた!




