グリフォン襲来
――プリマス渓谷に警笛が鳴り響く!
ミケを抱きしめたログの目に、大空から羽ばたき降りる巨大な姿が映った。猛禽類を思わす頭、茶色い翼が生えた四肢のある胴体――。鋭い眼光は、魔獣狩りに手慣れたログですら、腹の底に冷たいものが溜まる。
「――しもうたの。グリフォンじゃ・・・。」
振り絞るようにフィルドがつぶやく。商隊の商人とラフロイグは恐慌状態で呆然と立ち尽くし、アイラ傭兵団の傭兵たちも、武器を構えたまま為す術を持てずにいた。
グリフォンの羽毛には、短弓の矢など通じない。簡単に弾かれてしまう。有効な攻撃方法の槍や長巻は、上空に羽ばたかれると意味をなさず、急降下して繰り出す嘴や爪は、プレートメイルも簡単に引き裂く。ましてや剣の間合いに近づく事自体――不可能に近い。
「商人は動くな!奴は血の匂いに引き寄せられたんだ。下手に動けば――それこそ餌にされちまうぞ!」
アードベッグが振り絞るように声を出す。そのまま振り返ると、
「傭兵団は、近くの死体をなるべく遠くへ、あの岩の方へ投げろ!」
そう言って、自らも近くの死体を投げてから後退を始めた。――傭兵団は素早かった。それぞれ「餌場」を作るように死体を投げると、背中の大盾を左手に持ち、商隊を囲むように円陣を組む。緊急事態でも整然と防衛に切り替える姿は、騎士団のように見事な連携だった。
ログの腕の中でミケは声も出ず、喉の奥から「カヒュー」と息が漏れている。歯がカチカチと小刻みに鳴り、ログを掴む手は強張ったように動かない。
グリフォンは死体のある側に飛来すると、商隊を一瞥し食事に入った。器用に足で押さえ、嘴で引きちぎり貪り喰らう――嫌な音を立てながら・・・。嘴から人の臓物が垂れ下がり、血と肉片が地面にバラの花を描く。
ログはミケに見せぬよう、左手でミケの頭を胸に抱え、右手の長巻を握りしめた。餌に夢中のうちはいい。だが、餌に飽きればこちらに目が向く。満腹で見逃してくれればいいが、食後の運動に付き合わされたら――。
アードベッグも同じ考えのようで、小声で傭兵団の武器を持ち替えさせていた。槍、ポールアクス、ハルバート・・・それぞれが長柄の武器に持ち替え、アードベッグ自身も、大身のグレイブを持ち大盾を地面に突き立てて固定する。
ログはミケを抱きかかえるとラフロイグの元へ行き、
「ミケの・・・傍に居てくれないか?」
「ええ、もちろんです。やぁ、ミケちゃん。私と一緒に居ましょう!」
「に・・にぁ・・・。」
声にならないミケを、ラフロイグは優しく迎え入れ手を取った。身体はミケの方が大きいが、ミケの涙を拭い、頭を撫でている姿は逞しく、ログはラフロイグに一礼すると、アードベッグの元へ行った。
「よぉ、ログさん。もうすぐお食事が終わる。俺達はデザートにされるぜ!」
「デザート?・・・俺達が今夜の焼鳥にしてやるんだろ。」
「ならば焼鳥に合わせて、今夜はサッパリした酒がいいのぉ。」
気がつくと、フィルドも隣に来ていた。アードベッグはニヤリとすると、
「勝負は地上に降りた時しかねぇ。たぶん、一度飛び上がり、爪で襲ってくる。傭兵団が盾でガードするから、チャンスは奴が地上に降りた時だ!」
「ふむ・・・。策はあるのかの?」
「ああ、ある。この警笛だ。奴が飛来する時に俺が警笛を吹く。音で奴を引きつけるんだ。その時を逃さず、あんたたちにも攻撃してほしい。」
ログとフィルドは頷くと、グリフォンに視線を向けた。グリフォンは汚く喰い散らかし、無惨な肉片が散らばっている。踏み躙られた肉片から立ち上る不快な匂いを、風が鼻先まで運んでくる。
――死体を弄んでいたグリフォンが、大きく嘶くと翼を広げた!
「野郎ども!クソ鳥が来るぞ!今夜は鳥料理で酒盛りだ!!ドルス、ライガー、ベルン、ゴート、俺を囲め!カニッシュ、商隊を死守しろ!」
「おおー!」
傭兵団が声を上げ、アードベッグと商隊を囲む。グリフォンは砂埃を上げ羽ばたき、上空から見下ろしていた。アードベッグが「クソ鳥!」と呟き、警笛を強く吹き鳴らした。
《ビィーーーー!》
「キュエェェェェッ!!!」
金切り声を上げ、アードベッグに狙いを付けてグリフォンが飛来する!アードベッグを囲んだ4人の傭兵が大盾を構え、槍を引き絞る。
グリフォンの爪は、ゴートの盾を貫き左腕を引き千切る。ドルスが「クソがぁ!」とグリフォンの右足に槍を突き立てるが、そのまま嘴で頭を咥え潰された。
ライガーは左翼にポールアクスを叩き込み、グリフォンは叫びながら踏み潰す。アードベッグがグレイブで右翼を切り落とすが、嘴に加えたドルスの遺体を振り回し、鈍い音を立てアードベッグを跳ね飛ばした。
「うぅ・・・ベルン、フィルド、ログ・・・奴は飛べねぇ!」
右翼を失い、左翼が折れ、右足に槍が刺さりグリフォンは激昂していた。しかし、飛べない状態なのはログたちに有利な状況である。
重装備のベルンが正面から向かい、ログは右、フィルドは左から襲いかかった。ベルンは技巧者のようで、ハルバートで上手く嘴の攻撃を防いでいる。その隙に、フィルドが傷を負った右足を蹴り折って、胴体に一撃入れた。グリフォンが声を上げフィルドに狙いを向けた時――、右からログが駆け寄り、グリフォンの首元に長巻を振り下ろす。
(マズイ・・・浅い!)
グリフォンの首元から血が吹き出すが、首は落ちなかった。
「オラァー!バケモノ!!」
ベルンが下からグリフォンの頭を刺し貫く。決まったかに見えたが――その刹那、グリフォンの左足が風を斬りながらベルンを薙ぎ払い、ベルンの身体は「グチャリ」と音を立て、ごみくずの様に吹き飛ばされた。
ログはその左足に目掛け袈裟斬りに切り落とし、胸元に刃を突き立てる。態勢が崩れたグリフォンの眉間に、フィルドが跳躍して拳を叩き込んだ。
グリフォンは力が抜けたように崩れ落ち、残りの傭兵団がトドメを刺している。肩を担がれ、アードベッグも戻ってきた。
「お手柄だぜ、お二人さん。」
「おぬしらの――アイラ傭兵団の力じゃ。儂らじゃないわい。」
そう言って、フィルドは踏み殺されたライガーの遺体を抱き上げた。




