ギルビー平原の酒宴
――その日の夜。
ラフロイグ商隊はギルビー平原で野営をしていた。ドルス、ライガー、ベルンを弔い、簡単な石の墓標を立てて――。
ミケは恐怖から来る疲れなのか、かなり早い時間から眠ってしまった。男たちだけの静かな酒宴の上には、冷く美しい星空のカーテンが広がり、平原でそよぐ草の葉は、柔らかな水面のように揺蕩う。
「アードベッグさん。私の判断が原因で犠牲を出してしまいました。――どうか、商人に出来る方法で償わせていただきたい。」
「ラフロイグの旦那。俺達は傭兵だ。命は売り物なんだよ。だから、アイツらの命を高く買ってやってくれ。それが傭兵の弔いだ。」
「かしこまりました。成功報酬に、しっかり加えさせていただきます。」
「ああ・・・それでいい。アイツらも納得するさ――。」
決してラフロイグに責任があるわけではない。そもそも、雇い主の意向で危険を引き受けるのが傭兵だ。ラフロイグの申し出は、彼なりの感謝と贖罪なのだろう。
――律儀な男だ・・・。アードベッグは、焚き火の揺らめく炎を見つめ、死んでいった傭兵たちの顔を思い出す。
髭面に頬の傷を持つ、悪人面のドルス。顔に似合わず子供好きだったな・・・。身体は大きいが、幼さの残るライガー。いつも酔っては吐いていたっけ・・・。ベルンは頼れる奴だった。思えばいつも背中を預けていたなぁ・・・。
――よぉ、お前ら。そっちに行ったら・・・また呑もうな・・・。アードベッグはコップの酒を地面に注いだ。
テントを出てきたカニッシュが、アードベッグの元へやってきた。
「団長。ゴートは左腕がちぎれてますんで・・・馬車で運びましょうや。」
「ああ。ラフロイグの旦那、頼めるかい?」
「もちろんです。使ってください。」
静かに夜が更けていく。ログは、そろそろ馬車へ戻ろうと腰を上げた。
「よぉ、ログさん。あんたの太刀筋――大したもんだな。」
まるで見計らったかのように、アードベッグが話しかけてくる。
「・・・魔獣狩りで慣れているからね。」
「狩りか。あんた――《首刈りログ》だろ?」
「・・・・。」
首刈りログ――デューザ虐殺の汚名とともに付けられたログの二つ名。亜人の女子供から老人まで首を刎ね、見せしめに晒した亜人の敵――。
フィルドの呑む手が止まり、傭兵たちの視線がログに集まる。――視線が刺さる。心が軋む・・・。
「なぁに・・・あんた、カリメじゃ英雄だぜぇ!人間至上主義者達は、あんたがパラディンに相応しいって言ってるくらいだ。」
皮肉を込めて、言葉が叩き付けられる。
「・・・・。」
「だんまりか・・・。まぁいいさ。嬢ちゃんの顔を見てればわかる。あんた――本当は殺ってねーだろ。大方、仲間に嵌められたクチだろうな。」
「アードベッグ。私は・・・私はやっていないっ!」
ログは伏せていた目をしっかりと向け、アードベッグに断言した。アードベッグはポリポリと首筋を掻きながら、
「すまねぇ。一応な・・・、みんな気になってるんだよ。あんたの正体をさ。――首刈りログなんて言って・・・すまなかった。あんたの言葉、信じるぜ!」
――ああ、あの時と同じだ。みんなの目が責めている様に見えたんだ。でも違った。私の言葉を待ち、真実を見つめる目だったんだ。まるでフィルドの娘・・・シーラの鳶色の瞳の様に――。
「さあ、みなさん。そろそろ休みましょう。」
ラフロイグの言葉で、静かな酒宴は静かに幕を引いた。
――翌朝。珍しく、ミケが先に起きてログを揺すっていた。
「にゃ!起きてログー。う〜にゃぁー!」
「ううん・・・おはようミケ。どうしたんだい?」
歳のせいか、まだ少し酒が残っている。頭が重い。
「来てほしいにゃ!」
ご機嫌のミケに連れられベルン達の墓へ行くと、傭兵団が既に居た。
「やぁ、アードベッグ。」
「よぉ、ログさん。こいつを見てくれ。」
墓の前には、フィルドの「とっておき」な酒が置いてある。1斗樽の酒樽には泥が付いており、転がされた形跡があった。
「酒が・・・どうかしたのか?」
「ふふっ、嬢ちゃん。ログに話してやんなよ!」
頭をクシャクシャにされたミケは、ウニャウニャ言いながらログを見た。
「あのね、おじちゃん達、地面でオネンネしてて淋しいにゃ。だから、起きたらお酒呑んで、元気出すにゃ!」
ミケは胸を張り、ふんすっ!と鼻息荒く自慢げに話した。
「こんな重いもの・・・ミケが運んだのかい?」
ミケはニッコリと手を上げると、
「そうにゃ!フィルドもログも寝てたから、ミケ静かに持ってきたにゃ!」
ミケには、まだ「死」が理解できないのだろう。彼らは寝ているだけなのだ。だからこそ、傭兵たちが楽しそうに呑む姿を思い出して、石の下に眠る・・・死んだ者たちの淋しさを心配したのだろう。
集まっていた傭兵たちも、温かくミケを見つめている。アードベッグはミケの前にしゃがみ込むと、
「ありがとうな、嬢ちゃん。今だけは、俺達も人間らしくなれたよ。」
そう言って、優しく頭を撫でた。ニンマリと嬉しそうにミケは、
「ログー!ミケ、頑張ったかにゃ?」
そう言って、耳をピコピコさせて言葉を待っている。
「ああ、ミケ。本当に優しい、温かいことだよ。よく頑張ったね!」
「にゃはぁー!」
嬉しそうに尻尾をピンと立て、ログの足にしがみつく。ログはミケを抱き上げると、優しく両腕で包んだ。
「ログさん、アイラ傭兵団は嬢ちゃんの気持ちを忘れねぇ!この酒と気持ちは前受け報酬だ。嬢ちゃんの為なら、いつでも協力するぜ。」
アードベッグも傭兵団も、お姫様を囲む騎士のようにミケを見つめていた。キョトンと大人たちを見回すミケは、怖かった昨日を既に忘れていた。
――その後、消えた酒樽に憤慨するフィルドを宥めたのは・・・ログである。
◇ ◇ ◇
夕暮れに差し掛かる頃、一行はタンカレーの街に到着した。ラフロイグ商隊は、宿泊の手配や店棚の準備で先に別れることとなった。明日はタンカレーで行商を行い、明後日には再び合流しフレア国境へ向かう。
傭兵団は、腕を失ったゴートの治療のため診療所へ向かい、ログ達は街のレストランで早めの夕食を始めていた。ミケはタンカレー名物の「うなぎゼリー」が気に入ったようで、凄い食欲だ。小さく細い牙を覗かせながら、大口を開けてご機嫌で食べている。フィルドは「ハギス」を食べながら呑み、ログはフィッシュフライで腹を満たす。
食事も落ち着き、ミケの目がキュピーン!とケーキを見つめる頃、ログとフィルドは今後の行程を確認していた。
「国境のボルスまでは、ここから半日じゃ。ラフロイグ商隊やアイラ傭兵団とは、ボルスで別れることになる。ボルスからは、まずシュリヒテへ行くぞい。」
シュリヒテは、フレア共和国のシュタインヘーガー卿が統治する都市で、多くの街道が集まる交通の要衝である。
「シュリヒテか。結構な距離だが、そこまで三人旅なのか?」
「いや、ボルスからはジャングリア王国内まで護衛が付く。まぁ護衛と言っても、儂の私兵じゃがの――。」
フィルドは美味そうに酒を流し込みながら続けた。
「儂にはの、フレア国内を拠点にする私兵集団があるんじゃよ。《ガルム旅団》といっての、人間以外で構成する集団じゃ。獣人もおる。儂が不在の間は、全て鱗人族のディアが束ねとる。」
「――フィルド、凄いんだな。本当に何者なんだよ。」
「ふぁふぁ!儂は・・・儂じゃよ。ちょっと凄いだけのドワーフじゃ!」
「ちょっと・・・なのかぁ?」
「とにかく、ボルスまであと少しじゃ。ただ・・・逃げた盗賊が気になるのぉ。盗賊は執念深いからの。ボルスまでは警戒を怠るでないぞ。」
「ああ。仲間を連れて襲ってくるかもしれないな。注意して行くよ。」
タンカレーの街に帳が下り、レストランの中は一層賑やかになっていった。




