迷子の迷子の子猫ちゃん
――翌日。
行商市では、ラフロイグが仕入れた珍しい品物が展示され、他の商人ブース以上に、仕入れ商人達がひしめき合っている。もっとも、仕入れ商人達が挙って商談しているのはグリフォン素材だ。ラフロイグ達は忙しそうに交渉に励んでいた。
診療所では、ゴートが療養のため離脱して入院することになり、アードベッグ達が見舞いの酒を持ち込んで・・・注意を受けていた。しかし、カニッシュがこっそり渡し、ゴートは満足気な笑みを浮かべていた。
――一方フィルドは・・・焦っていた。
昨夜ログが、ゴートの見舞いとラフロイグの手伝いをしたいと言ってきた。フィルドは「子守くらいやっておくぞい!」と引き受けた。
ログが出かけたあと、ミケは思ったよりも活動的だった。窓から見える景色が気になるらしく、フィルドは一緒に散歩に出た・・・。途中、酒屋に珍しい黒蜜酒があり、ついつい試飲した・・・のがマズかった!
――気がつくと、ミケが消えていた・・・。
「ミケやー!ミケー!・・・どこじゃーミケー!」
フィルドは周囲をキョロキョロしながら、ミケを探し始めた。
◇ ◇ ◇
気がつくと、ミケは一人で街を歩いていた。フィルドが横に居ると思って、話しかけたら・・・知らない人だった。ミケは、不安とワクワクが入り混じる不思議な気持ちだった。
――もっと歩いてみたい!とてとて進む歩みは、どこか軽やかに感じられた。ミケは、一度も一人で街を歩いたことがない。
前の世界では、いつも家の中だった。おじーちゃんや、おねーちゃんと庭に出るくらいで、街は未知の世界だった。
ミケの息が苦しくなって、周りでみんなが泣いていたあと――おじーちゃんが言ってた《虹の橋》を歩いたときも――知らない大きな猫さんが一緒に連れてってくれた。
虹を越えて《命の樹の実》から出てきた時も――獣人の人たちがお迎えしてくれた。猫人のおばちゃんが一緒に暮らしてくれて、毎日楽しかった。村を歩く時は猫人のおばちゃんが一緒で、一人で歩いちゃダメって言ってた。
だから不安なんか無かった。怖い事があるなんて知らなかった。
ある日、怖い人がいっぱい家に来て、猫人のおばちゃんを叩いた。――おばちゃんは血を流してネンネしちゃった。そしたら怖い人は、ミケを縛って袋に入れて連れて行った――。
そのあと連れて行かれた石のお部屋は、怖いことばかりだった。ご主人様は、いつも「みにくい猫め!」と蹴ったり叩いたりした。
――ミケが泣くと、笑いながら「泣くな!」ってもっと痛いことをした。
――泣かないでいると、鞭で叩いて「泣け!」って怒った。
でも・・・石の部屋に戻れば、他の猫人や犬人も居て一人じゃなかった。だからミケは・・・お外に出るなんて、考えたこともなかった。
でも今は・・・ログは泣いたら抱きしめてくれる。笑えば撫でてくれるし、痛い事や怖い事から守ってくれる。フィルドもリサラおねーちゃんも・・・一緒に笑って歩いてくれる。
だから一人は不安なのに・・・。でも――なんだかワクワクしちゃう!なんだろう・・・この気持ち――。
尻尾ふりふり、耳はピコピコ。行き先は右へ、左へ。路地裏には変な匂いがして、屋台からは美味しそうな匂いがして――。キョロキョロ・・・ふらふら・・・ミケはどんどん歩いていた。
「おい!おまえ!」
「にゃ?」
ミケの前に、同じくらいの背丈の男の子が立ちふさがった。腰には木の剣が差してあり、健康的に日焼けした少年だった。
「おまえ、迷子か?」
「迷子ってなんにゃ?」
「おまえ迷子もわかんないのか。バカだろ。」
「バカってなんにゃ??」
キョトンとするミケ。話が通じず困惑しながら苛立つ少年。
「だーかーらー!親とはぐれちゃって一人なんだろ!」
「親じゃないにゃ。ログとフィルドにゃ。ミケ歩いてたら、隣がフィルドじゃなくて・・・一人だったにゃ!」
「それを迷子っていうんだよ!・・・ったく!」
ミケはニコニコ。少年はイライラ。しかし、少年に悪意は無さそうだった。
「いいか、おまえ。ここら辺は迷いやすいんだ。おまえ旅人だろ、獣人だし。だから俺が宿まで連れてってやる。宿の名前・・・言えよ。」
「やどー?わかんないにゃ。ふかふかベットがあってー・・・、あ、今日はフィルドがお留守番してるにゃ!(ふんすっ!)」
「なんで自慢気なんだよ・・・。おまえ名前ミケって言うのか?」
「そうにゃー!ミケはね、ミケって名前にゃ!」
ミケは少年の手を握ると、小首を傾げて微笑んだ。少年は思わず「ふわぁ!」と声を上げる。
「お前は誰にゃ?」
「おまえって言うな!俺は、ピート。いつか警備兵の隊長になるんだ!」
「ピート〜!ピートは優しい匂いがするにゃ!」
くんくんと、ミケの顔がピートの顔に近づく。ピートは顔赤らめて、
「ほ・・・ほら、行くぞ!俺がミケの宿を探してやる。」
◇ ◇ ◇
ピートはミケの手を引き、街の中を歩いていた。ミケは「あれなに?」「これ!見てみてにゃ!」とピートに尋ね、何もかもに目を輝かせ、楽しそうにはしゃいでいる。ピートも、それを無下にせず自慢気に説明していた。
「あれは水車っていうんだ。水で回るんだよ。小麦粉を作るんだ。」
「すいしゃー!!あれはなんにゃ??」
「あれはタンカレーの名所、タンカレー塔さ!上にベルが見えるだろ?あれが1時間毎に鳴るんだ。あの塔の下が警備隊の詰め所なんだぜ!」
「ピートが、たいちょーになる所かにゃ?」
ピートは頷くと、「もちろんさ!」と笑った。
しばらく歩き大通りへ出ると、商人の荷馬車や多くの人達が行き交っている。屋台が幾つも出店されていて、大通りの脇を賑やかに彩る。甘い匂い、香ばしい匂い、香辛料の香り・・・。美味しそうな匂いが入り混じり、ミケの目が輝く。尻尾を立て、誘蛾灯に誘われた夏の虫の様にミケの足は串焼き屋へ・・・。
「ミケ、おまえ金あるのか?小銅貨2枚だぞ。」
「おかねー?ミケ持ってないにゃ・・・。」
「――しょうがねぇなー・・・。」
ピートは屋台で串焼きを2本買い、1本をミケに差し出した。
「いいのー・・・?」
「いいから食えよ。タンカレーの串焼きは美味いんだぜ!」
笑顔の二人は道の脇に腰を掛け、仲良く串焼きを食べ始めた。はむはむ食べるミケは、ピートを見つめて尋ねた。
「なんで、たいちょーになりたいにゃ?」
ピートは串焼きの肉を飲み込むと、口を拭いながら答えた。
「俺の母ちゃんさ、野盗に殺されたんだ。俺は警備兵が助けてくれてさ。その警備兵が今の隊長なんだ。俺のヒーローさ!」
「ミケもー!ミケもログが助けてくれたにゃ!ログはひーろ?なんにゃ!」
「そっか。ミケもヒーローが居るんだな。――だから俺、決めたんだ。いつか隊長みたいになる!隊長が認めてくれる男になるんだ。そんで、絶対に隊長になって、みんなを守るんだっ!・・・って。」
「ピート・・・ミケも強くなるにゃ!ログもみんなも守るにゃ!!」
「おう!お前が強くなったら、警備隊に入れてやるぜ!約束だ!そん時は、ピートじゃなくて「隊長」って呼ぶんだぞ!」
「ピートたいちょー!わかったにゃ!」
ミケは直立をして、アードベッグがやっていた様に肘を上げ胸に拳を当てた。
「あはは!ミケ、お前それ・・・警備兵じゃなくて騎士団じゃないか!」
「にゃははー!アードベッグおじちゃんのまねにゃ!」
笑い合う二人に、周囲の人々も優しい眼差しを向ける。雑踏の中で微かに聞こえる音に、ミケの耳がクリクリっと動いた。
「ミケー!ミケやー!どこじゃー!」
フィルドがドタドタと路地から出てきた。「フィルドにゃー!」と手を振り、フィルドもミケに気がついて走り寄ってきた。
「ミケやー・・・すまんかったの。怖かったかの?」
「うにゃ。ピートたいちょーがいたから、楽しかったにゃー!」
ミケの後ろにいるピートへ、フィルドは目を向ける。ピートは「俺は別に・・・」と顔を赤らめていた。
「ピート隊長どの。儂はフィルド。このたびは本当に世話になった。ミケを守り、連れて来てくれたことに、心より感謝いたしますぞ。」
フィルドは深々と頭を下げ、お礼を伝えた。
「い・・いや、俺はその、当たり前な事をしただけで・・・。まぁ、でも――良かったな、ミケ!もう迷子になるなよ!」
「にゃ!」
ミケはピートを抱きしめると「ありがとにゃ・・・。」と囁いた。はじめてミケは、ログ達と違う優しさを知ったのだった。
◇ ◇ ◇
――その日の夜、ログが帰ってくると・・・。
ミケは興奮気味におしゃべりをしてきて、変なテンションになっていた。なにやら「ピート隊長が・・・」とか「串焼き食べた」とか、的を得ない。ウニャウニャ言いながら、それでも嬉しそうだった。
その反面、フィルドはげっそりしていた。こちらも、いつもとは違い的を得ない要領で「黒蜜酒が・・・」とか、「味が良すぎるから・・・」とか呟くように言ってくる。
ログは、フィルドが買ってきた黒蜜酒を呑みながら、上質な味わいに「確かに美味い」と思った。だが二人の変な様子が、味よりもログを楽しませた。
明日は国境の街ボルス。この様子だと、楽しい車内になるだろう――。




