国境の街ボルス
(むぅ・・・息苦しい――)
息苦しさに目覚めたログは、顔を覆う毛布に手を伸ばす。毛布だと思った正体は・・・ミケだった。宿で寝るとミケが必ず顔の上で寝ている。寝相が悪い・・・のか。
ログ達は準備を整え、ラフロイグ商隊と合流する。傭兵団は欠員補充せず、6名でボルスまで護衛をすることになった。
タンカレーの市場でグリフォンは統一金貨800枚の売上となり、ゴートは手厚く入院出来ることになったのだ。グリフォンの売上から50枚ずつログとフィルドへ渡され、80枚がラフロイグの手数料、残りは傭兵団に渡された。
――団員で割れば金貨60枚の命。安いのか・・・高いのか――。
◇ ◇ ◇
タンカレーを後にし暫く走ると、街道に障害物が置かれている。明らかに盗賊が使う足止めで、既にこちらを囲んでいるだろう。――アードベッグが警笛を吹き、傭兵団が戦闘態勢を取る!
左右から矢の雨が降り注ぎ、馬車のルーフがカンカンと音を立てる。傭兵団は焦る素振りもなく短弓を引き絞り、茂みへ打ち返していた。声を上げ躍り出た盗賊達は30人はいるだろうか。
「野郎ども!グリフォンの売上もあるんだ。遊んで暮らせるぜぇ!!全員ぶち殺して奪うんだ!かかれー!!!」
魔獣のハイドアーマーを身に着けた、頭目らしき男が叫ぶ。それを合図に、街道の左右から盗賊団が襲いかかってきた。
「カニッシュ!左に全員連れて行け。右は俺とログさん達でやる!」
「了解ですぜ、団長!」
ログ、フィルド、アードベッグが商隊の右側に立ち、迎え撃つ。ラフロイグはログの馬車へ行きパネルを下げ、ミケを守っていた。
「頼んますぜ、お二人さん!」
「ふむ!生かして帰さんわい!」
戦闘が始まったが、やはり数が多い。盗賊たちを馬車に近づけぬ様にするのは、非常に困難な戦いだった。
「アードベッグ!フィルド!少し時間をくれ。」
「なんだか知らねーが、簡単に言うねー。――いい手があるんだな?」
「古代語魔法かの・・・。」
「ああ、時間術を使う。少し時間をもらうぞ!」
そう言うと、ログは古代語魔法の詠唱に入った。アードベッグとフィルドは、襲いかかる盗賊団から戦線を維持している。
「古の昏き魂よ、我が元で契約の力を発現せよ――。我が名は契約者ログ=リヴァル。与える贄は敵なる者の魂。顕現せよ――。」
ログは左手を掲げると、盗賊たちに向けゆっくり下ろし、
「スロウカース!」
生ぬるい風が大地から染み出すように吹き上がり、盗賊たちの動きがコマ送りのように鈍ってゆく。
「こいつはいいや!おらよ!」
アードベッグは次々と、盗賊たちを両手剣の錆にしていた。黙々と叩き潰しているフィルドは、鬼の様に髪を逆立て駆逐していく。
――古代語魔法。
いにしえの民が使った不思議な力――。遺跡から発掘される魔法書を使い「昏き魂」と契約を結び顕現させる力。
つまり「契約」は使用権、「顕現」は行使そのものだ。契約と顕現には「贄」が必要であり「贄」が足らずば術者の魂を侵食する。
古代語魔法には「時間術」「屍霊術」「占星術」の3系統あり、時間術は、その名の通り対象の時間を一時的にコントロールし、屍霊術は、死体や死者の魂を使役する術で、強力だが禁術とされており、占星術は、求めた未来の姿を術者に教えてくれる。
解読はジャルパ連邦軍が優れており、ログも遺跡戦争で軍から与えられた。初歩の魔術なら、契約の「贄」は動物を捧げて行われる。ログがリサラに教えたのは、ヘビを「贄」にした超短時間停止だ。ほんの数秒だけ対象の時間を停止させるものだが、それでも顕現のための「贄」が必要で、初歩の術でも多用はできない。
戦場で使える中級レベルからは人の魂が必要になる。ログの契約では・・・軍によりフレア人の捕虜たちが「贄」にされた。――言わばログにとって「呪われた力」だと言えよう。
いま、時間術顕現の「贄」とされたのは盗賊たちの魂。彼らに死の安息はない――。昏き魂達とともに、永劫の苦しみを味わうだろう。
「本当に・・・禍々しい力じゃの――。」
フィルドはログを振り返り、複雑な表情でつぶやいた。
◇ ◇ ◇
盗賊団を壊滅させて、一行はボルスの街へと到着した。ボルスは街の中に国境があり、街というより砦の様な様相を呈している。街中には商人や両国の国民がひしめき、混沌とした熱気に満ちていた。
ラフロイグ商隊は、ここから商都ヴィフィータヘ向かい、ログたちは、シュタインヘーガー領の都市シュリヒテへ向かう。ラフロイグやアイラ傭兵団との別れの時が来た。
「ログさん、盗賊やグリフォンの襲来ではお世話になりました。フィルドさん、ケルベロス傘下として商都で良い取引をして参ります。お二人と、可愛いお嬢さんに、水と大地の加護がありますように――。」
「こちらこそ、ラフロイグさん。ここまでの同行に感謝します。」
ログとラフロイグは、しっかりと握手を交わした。二人のもとにアードベッグ達もやってきた。
「ログ、フィルドの旦那、嬢ちゃん目・・・治してやってくれよな。それから・・・嬢ちゃん!」
「うにゃ?」
アードベッグはミケを抱え上げ、優しく見つめる。
「嬢ちゃんは、アイラ傭兵団の姫様だ。誰にも傷つけさせねぇよ。もし怖いことがあったら、俺達を呼んでくれよな!」
「うなぁー・・・おじちゃんも怪我しないでにゃ。」
別れの淋しさだろうか・・・ミケの目が潤む。アードベッグはミケを下ろすと、クシャクシャっと頭を撫で回した。
「にぎゃー!やめるにゃー!」
アードベッグに弄ばれ、ワタワタと髪を直すミケを見て、みんな自然と穏やかな笑いに包まれる。
◇ ◇ ◇
国境を通過しフレア共和国側のボルスに入ると、既に夕方になっていた。ログはフィルドに案内され、ケルベロスの使う酒場へと向かった。
酒場の二階に上がると、屈強な一団が賑やかに呑んでいる。犬人、エルフ、グリム、ゴブリンまでいる。多種多様とはこの事だろう。
その一団の中心で、ログに鋭い視線を送る女が居た。年齢は二十代後半・・・いや三十代だろうか。面長だが美しい顔立ち。首筋から左右の耳まで走る銀鱗。鋭くも美しい、切れ長のツリ目――。すべて鱗人族の特徴だ。
「やぁ、フィルドのだ・ん・な!」
長い黒髪を掻き上げて、女はログ達の前へとやってきた。




