女傑ディア
「ディアよ。手練は揃え終わってるかの?」
「ごあいさつだねぇ。もちろんさね・・・出来る奴10人さぁ!」
ディアと呼ばれた鱗人の女は、戯けた素振りを見せる。フィルドは「相変わらずじゃの」と苦笑いだ。ミケは場の空気に飲まれ、ログの足にしがみついている。
「あんたが噂の・・・ログかい?」
品定めするようにログを見つめ、ディアが近づいてきた。薄い笑みが浮かぶ顔――。獲物を狙うかの様な冷たい視線――。だが不思議とログは恐ろしさよりも「美しい」と感じた。
「ああ・・・ログだ。こっちはミケ。」
「ふうん・・・思ったより枯れてるねぇ。お・じ・サン!」
大きな胸を抱え上げる様に腕を組み、ログの顔に息がかかるほど近づく。ログの鼻に爽やかなフローラルと、成熟した女の香りが届く。
「に゛ぎゃー!!」
突然ミケが割って入り、ディアを押しのけた。ミケの尻尾は毛が逆立ち、いつもの倍は膨らんでいる。耳はやや後ろ向きにピンと立ち、細い牙を見せ睨みつけていた。
「に゛ぃー!フゥーッ!!」
初めて見せるミケの反応に、ログもフィルドも唖然としていた。
「あらぁ〜?どうしたの?おチビちゃん。」
「ミケは、ログを守るにゃ!怖い事から守るんにゃ!ピートたいちょーと・・・強くなるって約束したにゃ!」
ミケは真剣だ。勝てる、勝てないなど考えていない。ログの事が――ただログの事だけが心配だった。
「おチビちゃん――。」
ディアがミケの身体を掴み抱えあげる!
「これ!ディア、やめんか!!」
「やめろ!離せ!」
フィルドが声を上げ、ログがミケに手を伸ばす。しかし、ログの視界は二人のゴブリンに塞がれ、その手は届かない。
「ふふっ・・・かわいいねぇ〜!!あたしの子になりなっ!」
「に゛あぁぁぁぁ〜!」
ディアはミケを抱きしめ、ミケの顔を大きな胸に埋め、その頭を愛おしそうに頬ずりをしている。再び唖然とするログ達――。
「は〜な〜す〜にゃぁ〜!おっぱい苦しいに゛あぁぁ〜!」
「あたしが、おチビちゃんのママだよ〜!」
「ち〜が〜う゛ぅに゛ゃ〜!」
ミケはガジガジと腕を齧り、ディアの胸を引っ掻くが――全く効かない。揉みくちゃに可愛いがられるミケは、毛を逆立てて怒っている。
「いい加減にせんか!ディア!」
ついにフィルドが怒声を上げミケを取り返した。
◇ ◇ ◇
宿でミケを寝かしつけると、ログはフィルドの部屋へ向かった。ミケは興奮していたが疲れていたようで、溶けるように眠ってしまった。ノックをし部屋に入ると、フィルドとディアが酒を酌み交わしていた。
「ミケは寝たかの?」
「ああ、ぐっすりだ。」
フィルドの隣りに座ると、パープルベリーで割ったラム酒が置かれた。
「改めて、あたしはディア。《銀鱗のディア》って呼ばれてるよ。色々とお詫びに、あたしの好きな酒を出させてもらった。呑んどくれよ。」
ログはグラスに口を付け、フルーティーな酒を飲み込んだ。
「本当にすまんかったの、ログ。どうも人を喰った所があっての。」
「ちょいと旦那!ずいぶんな言い方じゃないかぃ。」
やはり戯けた仕草で煙に巻き、グラスを持ってケラケラと笑っている。
「ほら、仲直りの乾杯さね。――く〜びか〜りロ〜グさん〜♪」
「好きに呼んでくれ。」
「ホント、枯れてるねぇ〜。あんた人生楽しいかい?」
ディアはつまらなそうにログに視線を投げた。
「どうしたんじゃ、ディア。なぜそんなにログに絡むんじゃ!」
「絡む〜?違うさね。――気に入らないのさ、その死んだ目がねっ!」
そう言って真顔になったディアは、フィルドを一瞥するとログに視線を戻し、
「あんたさ、何もかも捨てた奴の目をしてる。――世捨て人の目さ。そんなあんたが・・・本気で子どもを育てるとは思えないんだよ。」
「君が正しいよ・・・ディア。確かに、世捨て人として余生を過ごしたい。だがミケを拾い、私にはミケの目を治す責任が出来たんだ。」
ログの話を聞いて、ディアはグラスを持ったまま立ち上がった。一歩、また一歩。ログに近づいてくる。
「責任・・・って言ったね?」
ログはディアを見上げ頷いた。
――バシャ!
ディアはグラスの中身を、ログの頭にぶちまけた。
「あんた、あたしに立ち向かったおチビちゃん見て、責任なんて言うんかい!あんたを守るって言ってたんだよ、あの子。――頭冷やしな!」
ログは押し黙り、フィルドは目を閉じて天井を見上げている。
「ログ。あんたの旅はここまでさね。おチビちゃんは、あたしが連れて行く。責任じゃないよ。あたしはママになって、あの子と生きてやるんだ!笑って、怒って、泣いて――いろんな事を共有して、あの子と生きる。今のあんたにゃ、きっと出来やしないさ。そうだろ?フィルドの旦那!」
フィルドは微動だにせず、否定も肯定もしない。ログの髪から、酒の粒が一つ、また一つと雫溜まりを作っていく。
――ディアの言う通りだろう。
人嫌いで世の中から離れた自分に、ミケを幸せにする事はできない。責任ならば、ここまで充分に果たした。フィルドとディアに任せれば、ジャングリア王国まで連れて行くだろう。俺も・・・こんなに心を乱されずにすむ――。「わかった」と一言・・・その一言で――。
しかし、ログの口は開こうとしてくれなかった。目を閉じていたフィルドが、ログとディアを制する様に口を開く。
「二人とも、やめんか。おぬしら大切な事を忘れとる――。」
空になったグラスを置き、ディアがフィルドに向き直った。
「ディアよ。ミケの気持ちを忘れとるぞい。責任も愛情もミケありきじゃろ。今のおぬしらでは、バカモノすぎて話にならんわい!」
「じゃあ、どうするんさね?」
「明日、儂がミケに聞こう。選ぶのはミケじゃ。ミケがログを選んだら、ディアも納得せい。選ばなんだら、ログはここから引き返すんじゃ。」
机の雫を凝視するログ。フィルドを睨みつけるディア。フィルドは目頭を押さえて、ミケにどう伝えるか悩んでいた。
◇ ◇ ◇
――翌朝。
食事に合流したディアに、ミケは「おっぱいオバケ!」と威嚇していたが、敵意が無いディアに、すぐ打ち解け、一緒にパンケーキを食べていた。和やかな時間が流れる中、頃合いを見図りフィルドが口を開いた。
「ミケや。ログはここで帰って、儂らが王国まで連れて行こうと思うんじゃが、ミケは――儂らと一緒に王国まで行ってくれんかの?」
ミケはまじまじとフィルドを見つめると、
「じゃあ、ミケもログと帰るにゃ!」
「じゃがの、帰れば目が治らんぞい。ログはミケの目を治したいんじゃよ。」
「ミケ・・・お目々が見えなくてもいいにゃ。ログと居るにゃ!」
ミケの目に不安がゆらめき、周囲の大人たちに視線を走らせる。
「ログぅ・・・ミケ一緒にいるにゃぁ・・・。」
ミケはログの袖を掴み、大粒の涙をこぼした。ディアはミケの身体を抱きしめると、
「ごめんよ、ミケ。あたしが足りなかったんだ。あたし・・決めたよ!。」
「うな・・・うにゃ〜?」
ディアはミケの涙を拭い、そのまま抱えて立ち上がった。
「いいかい、ミケ。今日からあたしはママだ!ずっとミケと一緒にいるよ。もちろんログも一緒に居るよ!大丈夫!ママは、みんなを愛してやるさね!ミケも、ミケの好きなログも、全部!全部!ぜ〜んぶ、まとめてね。ミケと一緒に愛して、ずっと守ってやるんさね!」
そう言うと、右腕でログの頭を抱き寄せた。
「お・・・おい!何してんだよ!」
「照れなくていいさね。あたしはミケのママだ!あんたも愛してやるよ!」
「け・・結構だ!・・・離せ・・・!」
ディアの腕力に捕まりジタバタするログ。満足気なディア。ミケは笑いながら「ログー!捕まったにゃ〜!」と喜んでいる。
フィルドは目頭を摘みながら「儂の心配は何だったんじゃ――」と巻き込まれた不運と結末に、呆れ顔で三人を見ていた。
フィルドの目に映る三人は・・・とても温かい幸せに包まれていた。




