エリクシル
「すまん、少々意地が悪かったかのぉ。おぬしの口から聞きたいんじゃよ。本当の話をな・・・。」
「あの日・・・作戦指示に従いデューザ村を攻撃をしたのは事実だ。私は2度も止められる機会がありながら、蛮行を止められなかった。兵士ではない罪もない人々を・・・私たちは虐殺したんだ・・・。」
ログは努めて冷静な口調で話した。――エリクシルを手にいれる――これこそが目的なのだ。弁明などいらない。責任を受け入れる覚悟を忘れたことはない。
「あくまでも汚名を引き受けるかね。それが人間の誇りなのかのぉ。じゃがの、言ったはずだ。本当のことを聞きたいと。」
「これ以上何を言わせたいんだ。救える者を救えなかったんだ!・・・たのむ。エリクシルを売ってくれ。今なら救えるんだ!」
「そうだ、おぬしは村人全員を救うことはできなんだ。じゃがの・・・救った命もあっただろう。――これを覚えとるか?」
そう言うと、フィルドは革袋から{羽の髪飾り}を取り出した。
――確かに・・・見覚えがあった。蛮行が横行している村から、手勢を使って村民を逃がしているとき・・・まっすぐ見つめていたドワーフの少女――。
「あの子の――髪飾りだ・・・。あの子は助かったのか?」
「いや、追撃で殺されたよ。ただ・・・最後に手を握ることはできた。おぬしの逃がした娘はな――儂の娘シーラだ。」
フィルドの表情に揺らぎはない。ただ静かにログを見つめている。怒りも、憎しみも向けず、ありのままを受け入れている目で。
「儂らも戦場では多くを殺してきた。時には人間の市民たちも・・・。それが戦争じゃからな――無抵抗の市民を巻き添えにすると判っていても、躊躇わずにサラマンダーを精霊召喚して焼け野原にした・・・。きっとシーラくらいの子ども達も居たろうにな――儂は迷わんかったよ。」
「・・・・。」
「だがの、おぬしは逃がそうとした。戦場で逃がすことを選んだ。シーラが最後に話してくれた――『ログと呼ばれた人が助けてくれた』と。」
髪飾りの娘の鳶色の瞳――自分に向けられた視線は憎しみだと思っていた。でも違ったのだ。彼女はしっかり事実を見ていた――綺麗な鳶色の瞳で。胸が痛む・・・目の奥が熱くなり、感情の波に揺れそうになる・・・。
「ログ、儂とシーラを最後に会わせてくれて・・・ありがとう。おぬしの行動と今の汚名が、シーラに最後の時間をくれた・・・。今度は儂の番じゃ。儂の持っているエリクシルを譲ろう。」
フィルドは革袋からエリクシルの小瓶を取り出しテーブルに置いた。
「ただし・・・条件がある。」
「条件?言ってくれ。金貨ならこの120枚を全て渡す!足りないなら、少し時間をくれ。必ず用意する。」
ログは金貨の袋をテーブル出し、手をついて頭を下げた。
「金はいらん。条件は儂も一緒に連れて行くこと。そのエリクシルで救われる娘に、儂も会わせて欲しいんじゃ。」
「それが・・・条件でいいのか?」
ログは驚き頭を上げた。ログだけではない。マーカ夫妻もフィルドの意図が解らず困惑した表情を浮かべている。
「ちょ・・・ちょっとフィルドさん!何言ってるんですか!」
ソニーが立ち上がり声を張り上げ制止に入った。
「ご縁があったのは分かりましたが、いくらなんでも常軌を逸してます!貴重なエリクシルを・・・。そんなの商人として認められない!」
ソニーの言い分はもっともだ。ログも当事者として困惑しているのだ。
「ソニーや、すまんの。儂は精霊のゆらめきに従うのみ。儂のエリクシルはの、いま助けられる小さな命に使いたいんじゃよ。」
「だからって・・・。」
「あなた、およしなさいな。」
デミアがソニーの手を取り、静かに微笑んだ。
「ログさん。私たち《ケルベロス》はリーダー3人の合意で取引が成立するの。そのリーダーは私達夫婦とフィルドさん。ここまではよろしいかしら?」
「・・・はい。」
「フィルドさんは取引の目的を判断し、ソニーは利益を判断するの。私は、相手が信頼に値するか判断をする訳ね。」
「おい!デミア!!なんでそこまで話すんだ!」
ソニーのエルフらしい白い肌が激しく紅潮している。
「あなた、いま言ったでしょ?私は信頼できるか判断する裁量を持っている。私はね、フィルドさんに同意するわ。取引成立に賛成よ。」
そう言うと、デミアはソニーに笑顔を向けた。
「何なんだ2人とも!おかしいぞ!・・・ありえない!」
ソニーはログを睨みつけ、舌打ちをした。
「金貨70枚だ!」
「・・・え?いいのか?」
「なんだ!売ってほしいんだろ!取引に同意してやる。金貨70枚は手数料と原価だ!まったく・・・慈善団体じゃないんだぞ!それから――私からも条件があるっ!」
「聞かせてくれ。」
「残りの金貨50枚は、その嬢ちゃんの養育費に使え。いいか!お・ま・え・の金貨じゃない!助けるなら最後まで面倒を見ろ!」
「あなたー!優しいわね!!」
デミアが立ち上がり、ソニーを抱きしめて頬にキスをした。
「違う!私はあくまで利益を考えて・・・。ノースに恩を売れるし、その嬢ちゃんだって、獣人への先行投資で――。」
「はいはーい!わかってるわよん!」
今度はデミアの口づけがソニーの口を塞いだ。ソニーの表情を見る限り・・・満更でもなさそうだ。
「どれ、急いで行くかの。」
「ああ、腐食の森の奥だ。俺の馬は老馬でな、2人は乗れん。すまないが、フィルドさんは自分の馬を出してくれ。」
「もちろんじゃよ。それとな――。」
「なんです?」
「――フィルド、で構わんよ。」
◇ ◇ ◇
午後の日差しが差し込む中、エスペランサが駆けていく。隣には鹿毛の馬に跨ったフィルドの姿もあった。なぜか、その後ろに芦毛と青毛の2頭の馬もついてきている。どうやらマーカ夫妻も来るようだ――。
4頭は腐食の森の奥へと街道を疾走していった。




