森のこぐま亭
繁華街に入ると脇道へと入り、更に進むと香辛料の香りが強くなってくる。この辺りは人間達よりも、行商で来ている精霊人たちが集まる場所だ。エルフやノームが行き交い、フレア語とジャルパ語が入り混じる。酒場や屋台は賑わいを見せ、特にドワーフ達が時間を選ばず飲んでいる。香りも喧騒も、ここだけがどこか異国のような街の一角だ。
《森のこぐま亭》
地図にあった店の看板だ。
中に入ると、広いホールに円テーブルがいくつも置かれていて、いくつかのテーブルではドワーフたちが楽しそうに呑んでいる。奥へと進み、ログはカウンターへと座った。
「いらっしゃい、ご注文は?」
こぐま・・・ではなく、グリズリーのような男が注文を聞いてきた。もちろん人間の男なのだが・・・たしかにクマに見えなくもない。ログは男に紹介状を差し出すと、
「ノースの兄だ。」
と、伝えた。男は紹介状とログの顔に何度か目を向けると、
「懐かしい名前ですね。」
そう言って、グラスに蜂蜜酒を注いだ。男の目は「まずは飲め」といっている。ログは半分ほど煽り飲むと、
「ハイマンは元気か?」
「ええ、相変わらず。良かったら奥で一緒に飲みますかい?」
「ああ、そうさせてくれ。」
ログは男の案内で、カウンター横の階段を上がっていった。
◇ ◇ ◇
案内された部屋には2人のエルフと1人のドワーフが座っていた。促されて向かいにログが座ると、蜂蜜酒のグラスが置かれる。エルフのうち身なりの良い男のエルフが口を開いた。
「ノースの面影がある。やはり兄弟ですね。」
「ログといいます。エリクシルを売っていただきたい・・・。」
「ふふっ・・・あなた交渉下手でしょう!」
エルフは顎を上げ目を細めた。エルフ特有の挑発的な仕草だ。
「こちらの名も聞かずに要求ですか。どうやら礼儀も知らないようだ。」
「すまない。そんなつもりはない。急ぐ事情があって・・・。」
「あなたの事情でしょう。出会ったばかりの私に何か関係がありますか?」
「・・・・。」
(完全に失敗だ・・・誇り高いエルフの地雷を踏んだ・・・)
部屋の外から聞こえる酒場の微かな笑い声が、ログの神経へ妙に障ってくる。ログは視線を落とし、修繕の糸口を探していた。
「いいじゃないの、ソニー。彼はノースのお兄ちゃんなのよ。ね・・・もう一度チャンスをあげましょうよ。」
女エルフが口を開き、男エルフの肩に手を置いた。
「デミア・・・君は本当に慈悲深いね。まぁ・・・いいだろう。ログと言ったね。私はソニー=マーカ・・・フレアの商人だ。」
「私はデミア=マーカ。ソニーの妻よ。ノースはお元気?」
「ありがとう。ノースは元気にしているよ。商売も順調みたいだ。改めて私はログ=リヴァルだ。あいつと違って・・・無職の隠居だ。」
ソニーとデミアは驚いたように顔を見合わせる。デミアはログに向き直ると、
「ねぇ、あなた。いま・・・無職って言ったのよね?」
「ああ、今は腐食の森の奥で隠居生活をしているんだ。」
ソニーは(やれやれ)と首を振り、デミアの顔の前へ手を差し出して、それ以上の会話を止めた。
「ログさん。エリクシルの値段くらい知っているだろう。どうせその金はノースの・・・弟の金で長生きをしたいだけのクズなのか?」
「違う!小さな子を助けたいだけなんだ。応急処置はしたが・・・生命力を回復させるために必要らしい。それで急いでいたんだ。」
「小さな子?自分の子どもか?」
「いや・・・。」
ログは腐食の森での経緯、猫人の子の容態、金の出どころを説明した。デミアは表情から友好的に見えるが、相変わらずソニーの表情は硬い。
「人間は姑息だからな。本当にその子に使うとは限らん。」
ログには返す言葉もない。そもそも、あの猫人の子を奴隷にし虐待したのは人間だ。まだ息があるまま・・・か細く鳴き声をあげるあの子を・・・、無慈悲にも暗い腐食の森に投げ捨てていった姑息な者は――間違いなく自分と同じ「人間」なのだ!
「ちょっといいかね・・・。」
それまで黙って酒を飲んでいたドワーフが割り込んできた。するとソニーが顔色を変えて立ち上がる。
「フィルドさん!こんな話に交渉の余地はありませんよ!」
「まあまあ・・・少し話をさせてもらいたいだけだよ、ソニー。さて・・・ログさん、私はフィルド。フィルド=ハイマンだ。」
(ノースの言っていた「フィルド」か!・・・マズイぞ・・どうする)
「そんなに構えんでくれ。儂と話ができる方が、あんたにも得じゃろ?」
(たしかに・・・遺跡戦争の話にならなければいいんだったな)
「もちろんだ。よろしく。」
フィルドがログと握手をすると、渋々とソニーも座り直し腕を組んだ。ソニーの膝に手を置いたデミアは、複雑な表情でため息を付いている。
「不躾ですまないが、ログさん、あなた飛竜兵団にいただろう?」
(これはマズイぞ・・・)
フィルドは確信を持った眼差しで見ていた。ドワーフの戦士らしい屈強な肉体は、精霊信仰の修行服越しにもわかる。
精霊信仰のフレアでは、その修行僧【モンク】たちは屈強な僧兵として戦った。エルフの弓兵、ノームのドルイド、ドワーフのモンク・・・当時は、彼らの精霊召喚と白兵戦に、ジャルパ飛竜兵も甚大な被害を受けていた。間違いなく、彼は遺跡戦争でモンク兵として戦っていたのだろう。あの戦場で戦ったからこそログにはわかる。胸を張るべきなのだ。犠牲になった者たちへの・・・贖罪なのだから――。
「ああ。元第8飛竜兵団の副団長だった。」
「第8飛竜兵団とな・・・。デューザ村を覚えているかの?」
(ああ・・・デューザを知っていたのか・・・。)
デューザ村――デューザのドルイド殲滅作戦・・・忘れるはずがない。ログが司令部と対立し、戦後に戦績改竄された戦いだ。第8飛竜兵団の名誉ある戦果と賞賛されているが――真実を知るログにとっては許しがたい汚点となっている任務だった。
「覚えています・・・。あれは――あってはならない作戦だった。」
「どう――あってはならなかった、と言うのだね?」
静かだが強い意志を感じる声。憎しみでも、恨みでもない。心の奥に、太い腕をねじり込むような・・・そんな問いかけだった。
あの日、第8飛竜兵団に『デューザ村にいるドルイド兵を殲滅せよ』と参謀本部からの作戦司令が届いた。しかし・・・すでに斥候部隊からは女性や子どもを中心とした民間人しかいないと報告があった。ログは飛竜兵団長のストッカーに報告を伝え、作戦の見直しを伝えた。一度は見直しにストッカーも同意したが・・・副団長補佐だったフォルマウスの讒言により一転され、作戦は実施された。
そこから――思い出したくないほどの蛮行がはじまった。ログはポワンドなどの手兵で民間人の保護に回ったが・・・焼け石に水だった。
戦後、虐殺はログの手兵中心だったとフォルマウス一派が申告し、作戦指示のミスと虐殺の責任が外交問題になると考えた上層部と、フォルマウスの讒言や判断責任を回避したいストッカーにより、ログ達が虐殺を主導し、フォルマウス達が民間人保護をしたことになったのだ。
「斥候部隊により、民間人しか居ないことを分かっていたんだ。現場でも、状況を判断できたはずだった・・・。あのアホ団長であっても!なのに、あれは・・・英雄になりたい者たちの――私欲にまみれた蛮行以外の何物でもない!」
「ふむ。聞こえてくる話と違うな。その英雄になろうとして、進んで虐殺したのはログ、おまえさんじゃろ?」
(言わずもがな・・・か)
軋むような空気。突き刺さる視線。ログは交渉を諦めるしかなかった。




