ノース商会
猫人の子どもはポワンドが見てくれている。出血は止まったが、今は急いでノース商会へ向おう。馬小屋から馬を出し、久しぶりに鞍を乗せた。
馬の名はエスペランサ。平民学校の騎乗訓練馬だったが、歳をとって払い下げになり、競売で売れ残っていたのを荷馬車用にログが購入したのだ。頭が良く、おとなしい良い馬で、ログの良き相棒になっている。
いつもの荷馬車ではなく、乗馬用の鞍を持ち出したログにむけて、エスペランサは不思議そうに首を揺らす。
「今日は荷馬車はいいんだ。」
「ぶるるー・・・」
エスペランサは、まるで言葉が分かったように頷く。
「すまんな、エスペランサ。年を取ったお前を走らせるが――小さい子のためだ。」
エスペランサはログに擦り寄り、ログの袖を咥えて引き寄せた。
「ああ、行こう!」
エスペランサは一声高く嘶くと、トルミに向かって走り出した。老馬とは思えぬ、強い足取りで・・・。
◇ ◇ ◇
トルミの城塞都市では城門前に停車場が設置されている。貴族以外に馬の乗り入れを認められていないからだ。当然、騎士爵を剥奪されたログには乗り入れは認められない。ログは城門前でエスペランサを預けると、街の中心部へと急いだ。向かう先は・・・
”ノース商会”
フレア共和国との交易で年商は統一金貨4000枚以上を誇る。火炎石や水浄石を中心に生活用品を輸入し、腐食の森で採れる魔獣の革や素材を輸出している。商会長の名は・・・
”ノース=リヴァル”
ログの弟である。戦災孤児のログとノースは、幼い頃から二人で生きてきた。ログは魔獣狩りや傭兵の依頼を受け生活費を稼いでいたが、腕を買われて正規兵となるまでは、報奨金も傭兵ギルドにピンハネされていて、後ろ盾のない戦災孤児への扱いはひどいものだった。
ノースは幼くも卓越した商才を持ち、人の心の裏を見抜く力があった。利用されているログの姿が反面教師になったのかもしれない。ノースは、兄が遺跡戦争に行っている間に闇ルートに参入し、持ち前の商才を利用して交易をはじめた。
ただそれは・・・戦争の敵国であり、両親の仇であるフレア共和国との闇交易――。それを割り切れるのがノースの強さであり、ログにはない逞しさだった。
ノースは闇ルートの利益を元手に正規商会を立ち上げ、終戦後はフレア共和国とのコネを利用して販路を拡大していった。
兄のログは腕を買われて正規兵の道へ。弟のノースは闇商人から正規商会の経営者へ・・・。ノースは商会立ち上げの際、ログに株権利を分けていた。組織の、いや人の闇が持つ”毒”にログが病んだ時の保険として・・・兄には必要だと用意しておいた。
◇ ◇ ◇
街の中心部に入ると、赤いレンガの建物へとログは入っていった。
「あ!お兄さん!」
受付嬢が明るく声をかけ、笑顔で手を振ってくる。
「今日も森の素材納品ですか?」
「いや、ノースに会いたい。いるかい?」
「リヴァル会長は3階ですが・・・」
「ありがとう、モニカ。勝手にいかせてもらうよ!」
立派な商館の階段を上がっていくと、重厚な扉の会長室がある。会長室の扉をノックしつつ返答を待たずに開けると、
「ノース、いるかい?」
「開けてから居るかい?ってさー。まぁいいけど。何かあったのかい?」
錬金術の道具を前にした、上質の身なりの男。ややログよりも風格があり、髪はログと違い白髪だ。なにより腹の中を読ませない老獪な表情以外は・・・兄のログに似ている。
「見てくれよ。新しく錬金術も始めたんだ。スライマール製だぜ!絶対にヒットする。錬金術合成が成功すれば、エーテルや・・・。」
ログは遮るように、
「俺の株を買ってくれ。すぐに統一金貨100枚が必要なんだ。」
「おい!100枚って大金だ。まずは理由を教えてくれよ。」
「時間が無いんだ。小さい子の命がかかっている。ノースなら100枚作れるだろ?エリクシルを買うために必要なんだ!」
ノースは真顔になると、
「兄ちゃん、エリクシルは闇ルートじゃなきゃ買えない。無理だよ。」
「ポワンドにも聞いたから知ってる。地図も書いてもらったし・・・。」
「そうじゃない!そもそも取引してもらえないってことさ。闇商人には、まず商人選びと商人ごとの符丁・・・まぁこれは紹介だな、紹介者が信用の担保になるんだよ。それから・・・値段交渉が必須なんだ。わかる?定価なんかないんだ!甘いんだよ・・・。兄ちゃん、交渉ができる人間だったら飛竜兵や教師辞めてないだろ・・・。」
苦しい表情でログが俯くと、ノースは深く息を吐いた。
「とにかく座れよ。フレア産の豆茶でも飲もう・・・。」
「たのむ・・・なんとかしたいんだ・・・。」
「 わかってるって・・・。」
ノースは真鍮製の伝声管の蓋を開けると豆茶をオーダーした。しばらくすると、受付にいたモニカがサービスワゴンを押してきた。
「豆茶に合うケーキもご用意しました!」
「ありがとう、モニカ。それと、少しの間客は取り次がないでくれ。」
「かしこまりました。」
様子を察したモニカは手際よく豆茶やケーキを並べると、「失礼します。」と声をかけ退室していった。
「それで・・・兄ちゃん、小さい子の命ってなんだよ。知り合いか?」
「いや・・・拾った子だ。」
「子どもなんて拾うか?猫じゃあるまいし・・・。」
「――猫人の子だよ。腐食の森に捨てられていた・・・。」
ノースは目を閉じて息を吐く。
「そりゃあ――非合法奴隷だな・・・。警備隊に報告は?」
「いや、していない。虐待の程度がひどくてな・・・。それに――警備隊じゃ応急処置だけだろ・・・死んでしまうよ。」
ログがまっすぐにノースを見つめる。ノースは目を閉じたまま腕を組んだ。しばらくの沈黙のあと目を開けると、
「 ポワンドさんの地図を見せてくれ。」
地図を受け取ると、ノースは「うん」と納得したように頷いた。
「いいよ、金貨は用意する。あと紹介状も書いておくよ。闇商人としては悪くないんだが・・・ただなぁ、ここは交渉が難しいんだ。」
「と、言うと?」
「ドワーフの闇商人なんだが、私兵まで持ってる大物なんだ。気に入らない客は紹介状があろうと、たとえ大金を積もうと売らない。」
「人間嫌いってことか?もしくは戦争の恨みとか?」
「いや・・・そうじゃないんだが――説明が難しい。とにかく、嘘やハッタリはつかないこった。いまの兄ちゃんの”ありのまま”なら――売ってくれるかもな。」
そう言うと、ノースは立ち上がりデスクへ向かった。手早く支度をし、ログに金貨の入った袋と自筆の紹介状を渡すと、
「地図の店に入ったら、カウンターで紹介状を見せてノースの兄だと伝えるんだ。するとバーテンダーが『懐かしい名前ですね』と言ってくるはずだ。そうしたら、符牒の『ハイマンは元気か?』というんだ。これで奥に行ける。」
「ノース、ありがとう。助かったよ!」
「待て待て!気が早いよ。一応金貨は120枚ある。全部使っていい。いい?絶対にケチるなよ!・・・あとは――。」
「交渉なのに、値切るなってことか?」
「違うよ。120枚以上の提示なら、袋を渡して全額だと伝えるんだ。もしも120枚以下の提示なら、値切らずに即決しろってことだよ。」
「わかった。他には?」
「もしも・・・フィルドってドワーフが出てきたら――。」
「??」
「絶対に遺跡戦争の話はするなよ。たとえ向こうがしてきてもだ!一番いいのはフィルドが居ないことだがな・・・。」
「わかったよ。本当に感謝している。」
ログは商会を出ると、繁華街へ向かって歩き出した。商会の会館からは、不安げなノースの視線が繁華街を見つめていた。




