拾われた子猫②
ランプを持ったログが小道から茂みの奥へと進むと、小さいながらも声が大きくなってきた。ランプで照らした茂みの先にあったのは――。
”小さな塊”
その小さな塊から声がしていた。
《・・にゃぁ・・》
塊に見えていたのは、横たわる小さな猫人族の少女だった。ログが近づくと、ぴくっと尻尾が動く。
(生きている!)
安堵したログの目に映ったのは、あまりにも残酷な子猫の姿だった。
(・・・まるで拷問じゃないか・・・)
ランプの明かりが映したのは、引きちぎれた左耳・・・左目から口にかけて裂けた皮膚・・・ログには、この傷の付き方に覚えがある。――敵に拷問された兵士の・・・あの姿だ。鞭で叩かれ、肉が引き裂かれた傷・・・。
少女の左肩の傷口には蛆虫が蠢き、左足は曲がらない方向にひしゃげている。どうやら、意識は無いらしい。呻いているだけのようだった。声を漏らしている口には、血の泡がこびりついている。
(すぐに診療所へ・・・いや、閉門時間か・・・)
ログが抱えると――少女の身体はあまりにも軽く、細い腕とあばら骨の感触、そして温かい体温が伝わってきた。
急いで荷馬車に戻ると、荷台の藁のうえに猫人の子を寝かせ、羽織っていた上着を使って小さな身体を包んだ。御者席に座ると、そっと馬の手綱を掴み自宅へ向けて走り出す。ポワンドの診療所に連れていきたいが、この時間では城門は開けてもらえない。
(一刻が惜しい――とりあえず家で傷の応急処置だけでも・・・)
◇ ◇ ◇
家に運び込むと、すでに猫人の子は声も出なくなっていた。だがその方がいいかもしれない。こんな小さな子の叫び声は聞きたくない。ログは汚れた服を脱がせると、清潔な水で傷口を洗い始めた。
傷口の蛆を流し、汚れた体液を洗い流す。左足には添え木をして固定する。傷口には腐食予防薬を染み込ませた布を当て、慣れた手つきで包帯で巻いて手当を進めていく。すべて野戦で何度も経験した作業だった。傷だけならば・・・。
この小さな身体が受けたダメージは傷だけではなかった。全身にアザがあり、殴打された形跡がある。
古いものから新しいものまで、いくつも・・・。小さな身体は、ガリガリに痩せていて栄養状態は悪く、全身に汚れがこびりついていた。ログは、こびりついた汚れを丁寧に拭いはじめた。感情を押し殺すが、小さなズタボロの身体に涙が落ちる・・・。
(小さな子に・・・むごいことを・・・)
拭き終えると、サイズは大きいが清潔な自分の服に着替えさせる。ログのシャツは、ちょうどローブのように小さな身体を包んでくれた。一通りの応急手当をしたが安心はできない。すでに包帯を染み越してシャツは赤くなり、寝かせたベッドには、うっすらと血滲みをつくっている。
改めて猫人の子を見てみると、人間の年齢で7〜8歳くらいだろうか。いや、栄養状態が悪いせいで10歳くらいかもしれない。髪や尻尾には獣人の特徴が出ている。柔らかな猫毛・・・白、黒、茶色の3色の女の子。猫人で間違いない・・・。非合法の奴隷にされて虐待を受けていたのだろう。人間至上主義者のやりそうなことだ。
彼らにとって、獣人や精霊人には人権など存在せず、「亜人」と呼んで見下している。そもそも獣人の国ジャングリア王国とは、国交のある人間国家はない。彼らは人間国家すべてに対して鎖国をしているのだ。原因は人間国家による人間至上主義への反発から・・・。
ジャルパ連邦では獣人差別は禁止されているが、一部では人間至上主義者が獣人を誘拐し、闇で獣人奴隷の取引が横行している。
太陽教信仰のカリメ帝国や、月神教信仰のスライマール教主国では、ジャルパ連邦の比ではない。人間至上主義と信仰により獣人は”正当な”迫害の対象だ。獣人は奴隷であり、生命にすら尊重はない。そもそも法で差別を肯定しているからだ。もちろん、フレア共和国の精霊人も迫害対象であり、カリメ帝国やスライマール教主国とは緊迫した情勢が続いている。
この小さな猫人の子は・・・おそらくだが、人間至上主義者の奴隷にされて激しい虐待の末、捨てられたのだろう。腐食の森であれば跡形もなくなるのだから、用済み奴隷の廃棄にはもってこいと言うところか・・・。
◇ ◇ ◇
早朝、ログは伝言鳥を使いポワンドに往診を要請した。猫人の子は高熱を出しているが、命の火は消えずに耐えている。午後になると、ポワンドが駆けつけた。さすが、戦場で軍医として活躍した男だ。見事な手際で治療を進めていく。
「ログ兄ぃ、できる処置はしたが――かなりマズイ状態だと言っておくよ。」
「なんとか――助けたい。何か俺にできることはないのか?」
「まぁ、あるっちゃ――ある。フレア共和国のエリクシルがあれば、体力も生命力も、かなり持ち直すだろうけど・・・。」
「エリクシルか・・・。」
エリクシルはフレア共和国で生産されている秘薬である。ほんの小瓶一つを飲むだけで、体力や生命力を回復し、死にかけの人間が歩き出せる代物だ。それゆえ非常に高価であり、庶民が手を出せる品物ではないのだ。
「なあ、ポワンド。実際のところエリクシルっていくらするんだ?」
「高いぜ・・・統一金貨で100枚。ジャルパ金貨なら200枚ってところかな。それに・・・。」
「それに?」
「正規ルートじゃ半年待ちだ。そんな時間はないから・・・闇ルートで買うしかねーなぁ。」
「その闇ルートは何処に行けばいいんだ?」
こういう時のログは決断が早い。いや「考えていない」のが正しいのだろう。助けることに迷いを感じる隙間すら無いのだ。
ポワンドは、そんなログを戦場で何度も見ている。
(まったく、ログ兄は損をする奴だよ・・・)
「いま地図を書いてやるよ。だが金はどうするんだ?」
「ノース商会の株がある。これを・・・ノースに売って作る。」
「まぁ、止めはしないが・・・弟さんにちゃんと説明しなよな。」
ポワンドは闇商人の取引場所を地図に書き、ログに渡した。




