拾われた子猫①
都市連合ジャルパ連邦の一都市であるトルミ――。
大陸南西のジャルパ連邦でも、さらに南西に位置し、トルミ城塞都市の周辺は「腐食の森」が樹海のように取り囲んでいる。その腐食の森を切り開いた街道を中心に、フレア共和国との交易活動が発展している交易都市だ。
自由交易が国策の根幹であるジャルパ連邦らしく、腐食の森で産出される素材や、カリメ帝国の武器や軍用品、更にはスライマール教主国の錬金術製品を転売利用して、精霊人のフレア共和国との交易で利益を生み出していた。
まだ日も高い中、トルミの城門近くの酒場には行商人や旅人が集まり賑やかな声が響いている。そんな酒場の奥には白衣姿の男と、地味な身なりに無骨な短刀を腰に差した男が向かい合って座っている。
ともに50代くらいで、ツマミになりそうな料理と麦酒のジョッキを傾けていた。白衣の男はため息を吐くと、
「なぁログ兄ぃ・・・隠遁生活も1年だ。そろそろ飽きてきただろ?腕はあるんだしさ、トルミの警備隊でも引き受けないかい?」
ログと呼ばれた地味な身なりの男に、諭すように語りかけた。
「ログ兄ぃの気持ちは分かってるつもりさ・・・もう三十年も付き合ってんだ。でもさ、このままじゃ人生がつまんないだろ?金だって困るだろ?」
「困っちゃいないさ。むしろ満足してるんだよ。
もう人間の嫉妬や悪意・・・そんなゲスな奴らと関わる方がうんざりだよ。」
ログはジョッキの麦酒を飲み干すと、ウェイトレスに向けて振り上げて振る。ウェイトレスが指を1本立てると、ログは2本立ててから「飲むだろ?」とポワンドに尋ねた。
「ああ飲むよ。・・・まぁログ兄ぃは飛竜兵だったし、竜騎兵学校の先生もやってたからさ、多少の蓄えはあるだろうけど・・・でも一人でいるのは心に良くねぇと思うよ。身体だって鈍るし。」
「ポワンドの言うことも理解しているよ。でもね、俺は今の一人静かに過ごしている日々に満足しているんだよ。ふふっ・・・たまにはポワンドが付き合ってくれるしさ。」
ログは静かな微笑で答えた。
ポワンドは「はぁ・・・」と深くため息を吐き、タイミング良くウェイトレスが持ってきたジョッキを受け取ると、苦笑い顔でその一つをログの前に置いた。
◇ ◇ ◇
「まぁ、また街まで来たら診療所まで顔出してくれよ。腐食予防薬も必要だろ。ついでに飲む相手くらいするからさ。」
「ありがとう。また来たら顔を出させてもらうよ。」
日が傾きかけてきた酒場の前で、ログとポワンドは別れていった。ログは城門をくぐると荷馬車停留所へと向かう。預けてあった荷馬車を受け取ると、ゆっくりと腐食の森を抜けていく街道を進んでいった。
――ログ=リヴァル。
戦災孤児の傭兵上がりだが、若い頃は飛竜兵団に所属し副団長まで上がった。ポワンド=リトと出会ったのはこの頃だ。ポワンドはログの部隊の救護兵で、軍医まで出世した。何度も部隊の危機を救ってくれた戦友だ。いつの間にか「副団長」と呼ばずに「ログの兄貴」と呼び始め、気がつけば「ログ兄ぃ」になっていた。
あの頃ジャルパ連邦は――精霊人のフレア共和国と古代人の遺跡を巡り戦争状態となっており、ジャルパ飛竜兵のログたちは何度も前線へ出撃していた。
20年ほど続いた戦争は終結し、やがて「遺跡戦争」と呼ばれた。
今から15年前には国交も回復し、両国の復興は急加速していった。街に物があふれ、豊かさが民衆たちの平和希求を高めていく。必然的に、ジャルパ連邦とフレア共和国は不可侵条約と交易協定を結んだ。
遺跡戦争の頃――部下思いで義侠心の強いログは、兵の生存率や避難民の保護を優先した。これが作戦上で不都合だった上層部との折り合いを悪くしていく。やがて、終戦後に戦績を改竄され竜騎兵学校の教官へと降格された。
同じ頃、ポワンドも退役しトルミに診療所を開設した。家族や子どもの居るポワンドらしい決断だった。
竜騎兵学校の教師は、実質的に降格処分であったが、むしろログにとっては適職であった。持ち前の義侠心や部下思いが、すべて教え子たちへ向けられた。槍術、古代語魔法、飛竜騎術・・・戦場経験が指導に生かされた。特に、傭兵時代に磨いた「長巻」の白兵戦技術は竜騎兵の弱点を補うため注目された。飛行戦闘時の能力を減衰させることなく刺突も可能であり、地上戦になると弱体化してしまう竜騎兵の白兵戦能力を向上させた。
優秀な竜騎兵を次々と育てていったが、ログの非戦を最上とする教育方針が原因で、またも上層部と対立し――ついには騎士爵を剥奪された。
――そして1年前。
平民となったログは、トルミの平民学校へ推挙され教師になっていた。平民学校では読み書きや、計算を中心に一般教養を教えていた。その合間にログは生徒のスキルアップを考え実学を導入する。農業、衛生、調理など、すぐに使える技能を学ばせていた。
しかし、これが他の教師の嫉妬を買ってしまう。生徒まで利用した陰湿な”罠”に、ログは限界を迎えた。こうして・・・・組織や人間が嫌いになったログは「自らに教師の資格なし」と3年間の平民学校生活を諦め自ら辞職した。
人嫌いとなったログはトルミから離れ、トルミ郊外に広がる腐食の森の、更に奥に拠点を構えた。ようやく、平穏で静謐な隠遁生活を始めたのだ。腐食の森には魔獣や腐食病の被害が多いが、魔獣はログにとって脅威にならないし、むしろ収入源にもなり得た。腐食病も、ポワンドの予防薬があれば不安はない。今日も魔獣の革を売り、ポワンドの予防薬をもらうための外出だった。
畑もあるが、腐食病の影響を受けるので作物の育ちは悪い。ただ、自分と馬の飼料くらいにはなった。一見すると不便な生活ともいえる。だが古代語魔法の使えるログにとって、古代語魔法の研究に没頭できる自由があった。
本を読み、寝たいときに寝て、森で魔獣を狩り、食べたいときに食べる。悪意や嫉妬からは無縁で、組織に利用されることもない。こうして3ヶ月に一度ポワンドと酒を飲み、街で買い出しをして家に帰る日々。
誰にも理解されずとも、ログにとっては満足な生活なのだった。
◇ ◇ ◇
しばらく街道を進み、左に分かれた小道へと入る。ここからは道は狭くなり、薄暗い森の奥へと続いている。整備もされていない小道は、誰も入って来ない。言うなれば、【ログの家のための道】と言えるだろう。日が沈み、辺りが静寂と夜の匂いに包まれる。荷馬車がきしみ、馬の足音だけが森に響く。
ふと、ログの耳に聞き慣れない音が聞こえた。か細く・・・悲痛な・・・助けを求める鳴き声・・・。
「どうー!どうー!止まれ!」
ログは荷馬車を止めて周囲を見渡した。
《・・・にゃ・・・にゃぁ・・・》
(この声・・・猫人か?)
《に・・にゃぁ・・・》
ログは周囲を見渡しながら荷馬車を降り、ランプを手にする。意識を研ぎ澄ますと、やがて声のする茂みへと歩みを進めた。




