サバンナの脅威
ジーマの街を出た一行は、サバンナ地帯を進んでいく。強い日差しに皆が辟易気味だが、ログの馬車内は快適でミケとディアは相変わらずだった。流石は馬車狂のノースと言ったところで、白いルーフは日差しを反射し、車内は通気性が良く、乾燥気味のサバンナでは外より2〜3度は違うだろう。体感的にも、馬車に入る風が心地よいらしく、気持ち良さそうにディアが髪をなびかせている。
(兄ちゃん!――ノースエッグMarkⅠ・・・売れるぞ!!)
ログはノースの顔を思い浮かべ、ここにノースが居たらそう言うだろうなと思った。ノースやマーカ夫妻、リサラやポワンドからは、ケルベロス商会の連絡網でミケを奴隷にした犯人探しの進捗状況などが送られてくる。あまり進んでいるとは言えないが・・・どうも都市クエルボに奴隷商人の出入りが多いらしい。
(都市クエルボ――ストッカーが都市長だったはず・・・)
第8飛竜兵団の団長だったストッカーの事を思い出す。物腰は柔らかく見えるが、虚勢と自己保身の塊だった男だ。徹底的にログの経歴を貶め改ざんした男だが、裏でフォルマウスに操られていた小者でもあった。そんなストッカーも、今では出世して都市長としてクエルボにいるらしい。
ヘドが出るほど嫌いなヤツだが・・・奴隷取引が出来るような度胸はないだろう。ましてや、自己保身の権化が奴隷虐待などのリスクは犯さないはずだ。とは言え――気分の悪い相手が支配する都市クエルボが、犯人の糸口として出てきたことに嫌な胸騒ぎも感じていた。
サバンナでは、ジャルパやフレアと比べ物にならないほどの魔獣が目に映る。草食の魔獣が群れをなして走り抜け、肉食の魔獣がそれを追いかけ捕食する。昆虫型の魔獣を、飛行型の魔獣が襲い――地中から見たことのない巨大なワームが飛び出して喰らいつく。
何よりログが驚いたのは、どの魔獣も空腹でない場合は襲って来ないということだった。あのエルダーヒュドラがそうだったように、捕食のために命がけの闘争をするのみで――不要な闘争は生存本能が拒絶しているのかもしれない。
何度か魔獣が捕食している傍を通過したが、一瞥し威嚇こそするが攻撃はしてこなかった。空腹の魔獣が何度か襲ってきたが、街の近くは小型の魔獣が多く苦戦はしなかった。更に先に進み、サバンナの奥まで行くと危険な魔獣が増え、グリフォンレベルがウジャウジャ居るという。なるべくなら・・・遠慮したいものだ。
◇ ◇ ◇
サバンナでの野営も三回目――慣れた手つきで食事が用意され、ログ達は交代で喫食をしている。今夜は途中で襲ってきた軍曹蜘蛛がメインディッシュ。軍曹蜘蛛は馬ぐらい大きな蜘蛛だが――味は蟹の様で美味い。
ミケはログの膝の上で蜘蛛の脚肉にかぶりつき、まっしぐらに食べている。どうやらミケはエビや蟹(蜘蛛だが)などの甲殻類が好きなようだ。ディアが「生焼けはダメさね」と止めているところを見ると、生は猫人に良くないらしい。気をつけて見ていないと、ミケなら生でも齧りそうだ。
「あと三日も行けば、カンパリの村に着くじゃろ。そこでな・・・どうしても会っておくべきお方が居るんじゃ。ログ・・・おぬしとミケにとって――きっと大きな力になるじゃろう。」
「フィルド、それは誰なんだい?」
フィルドはゆっくり酒を傾けながら、にっこり微笑むと、無心に食べているミケの頭を乱暴に撫でた。ミケは「に゛ぁ!」と乱れた髪を直し、「にぃん!」とプンスカしながら相変わらず食べている。
「会えばわかる。偉大なお方じゃよ。」
それ以上聞くな、とフィルドの目が物語っていた。ガルムのメンバー達もカンパリ村は初めてらしく、フィルドの意図に誰も想像がついていないようだ。ディアですら「もったいぶるねぇ」と怪訝な表情で酒を呑んでいる。
ただ、今までフィルドが見当違いな事を言うことは無かった。人間のいないこの国で、フィルドの知識だけがログの命綱だとも言える。ログはフィルドに頷き、全てを委ねる覚悟を決めた。
◇ ◇ ◇
サバンナ地帯を進んで六日目――。
ログ達は初めて大物の魔獣に遭遇していた。一行の行手を塞ぎ、獰猛な視線で歩みを進めてくるのは・・・立派な体格のアースドラゴンだ。グリフォンの倍はありそうな巨体で、2本の頭角と、鼻先に長い角が1本。頭の後ろにはフリルの様な後頭骨が伸び、体表面には薄緑の鱗が覆っている。アースドラゴンは草食で旅人を襲うことは殆ど無いが、今回は一行が地雷を踏んでしまった。
アースドラゴンに遭遇する前――竜蜻蛉の襲撃を受け、一行は応戦を余儀なくされていた。散開陣形で竜蜻蛉を叩き落としていたが、数の多さに業を煮やしたヘネシーが大地の精霊召喚を行い、辺り構わず石弾を乱れ撃ちしてしまった。
この石弾が、巨岩に擬態していたアースドラゴンに命中し――結果としてアースドラゴンに宣戦布告してしまったのだ。アースドラゴンが擬態を解除すると竜蜻蛉は四散していき・・・こうして今、万に一つの危機に陥ってるのである。
「スミ! ズブ!正面で食い止めなっ! カミュとハーパーは右、アタシとカティは左だよ。ダニエルとジャックは後ろに回って斬りまくりなっ!」
「了解です、姐さん!」
「ログとフィルドの旦那は、正面のズブ達を援護しとくれよ。それからヘネシー!あんたぶっ倒れるまで召喚で攻撃しなっ!ぬかるんじゃないよ!」
「やったりますよ!」
初めて全員に聞こえる声でヘネシーが答えた。ニーナはミケとともに一番後方に移動し、全員がアースドラゴンを取り囲む。アースドラゴンも鼻息を荒くし、前足で地面を蹴って突進しようとしていた。
上空に旋回していたロンリコが、ジャベリンに油壷を結びつけた物を次々と投擲していく。アースドラゴンの背中に突き刺さり、油壺が割れて広がっていく。
「マッカラン!火矢を撃ちなっ!!」
間髪入れずディアの指示で火矢が放たれる。アースドラゴンの背中は炎に包まれ、怒り狂ったように突っ込んできたが、その行手をズブロッカとスミノフが塞ぐ。
「相棒、ぶちかますぞぉ!」
「おうよ!どっしゃ〜!!」
二人は唸り声を上げながら、アースドラゴンの前足を殴りつける。重量級の戦鎚と戦斧で殴りつけられ、アースドラゴンが怯むと――ログとフィルドが襲いかかっていった。
左右のディア達も見事な連携でダメージを与えていく。背後のダニエル達は浅いながらも繰り返し斬りつけて、竜鱗の隙間から夥しい血を流させている。フィルドの打撃はアースドラゴンの頭を揺らし、殴るほどに動きが鈍くなっていく。
ログの長巻もエルダーヒュドラの時と違い、驚くほどアースドラゴンに喰い込んでいく。さすがに後頭骨の部分には弾かれたが、首筋や胸元には確かにダメージを与えていた。これなら勝てる――そう感じていたが・・・甘かった。
「ギュアァ〜!!」
アースドラゴンが背を丸め大きく叫ぶと、仰け反るように空へと首をもたげ口を開いた。大きく息を吸い込み、周囲の空気が揺れて――ログの心に危険を仄めかしている。
「みんな引くんだよ!ブレスがくるよっ!!」
ディアが身を翻し、それに続いて囲みが広がる。
首をゆっくり下げたアースドラゴンの口から高温のブレスが吹き出され、周囲のログ達を吹き飛ばしていく。ログは地面に転がりながら「ミケー!」と振り返ると、そこには大きな土壁が立ち上がっていた。ブレスに気がついたヘネシーが、精霊召喚で石盾を創っていたのだ。ミケはニーナに抱えられ、石盾の後ろで難を逃れていた。
「次のブレスが来る前に、畳んじまうさねぇ!」
起き上がったディアのサーベルが、弧を描いて竜鱗の隙間を斬り裂いていく。スミノフが鼻先の角を掴んで捻り、ズブロッカの戦鎚がアースドラゴンの右頬に打ちつけられた。
斬りやすくなった首筋を、ログの長巻が繰り返し斬りつける――。
――吹き出す大量の血。踊る波打つ刃。
血を浴びながら、鬼の形相(傍目には歪んだカエル顔)で斬りつけるログ――。
やがてアースドラゴンの首は半分以上切り落とされ、断面の骨や気道が剥き出しになった。巨躯の魔獣は呼吸をやめ、地響きを出しながら大地に倒れ込んだ。
「ふぉ〜!アースドラゴンを倒せたぞい!」
「やるもんさねぇ!」
血塗れのログの肩を、フィルドが乱暴に叩いてきた。ディアもサーベルを肩に掛け、ログの方へとやってくる。
「あんた、ドラゴンスレイヤーさねぇ!」
「いや、みんなで倒したんだよ。私じゃないよ。」
そう言っている間に、ガルムのメンバー達が集まってきて、皆口々に褒め称えてくる。なんだかむず痒くなり、変な苦笑いがログのカエル顔を歪ませる。近寄ってきたミケが「にゃにゃ〜変な顔にゃ〜!」と抱きついてきて、ミケまで血塗れになってしまった。
一行はアースドラゴンの使えそうな部分を切り取ると、積み込めるだけ馬車に積み込んで出発した。さすがにディアも騎乗し、ミケは御者席のログの膝でニコニコしている。ヘネシーは石盾とウンディーネ召喚で返り血を洗浄をしたので・・・トラブルの原因を作っていながら堂々としていた。
しばらく進むと、遥か地平線に集落らしき黒点が見えてきた。いよいよフィルドの言っていたカンパリ村に辿り着く。フィルドが会わせたい人物とは誰なのだろうか・・・ログはミケを片手で抱きしめながら、手綱をしっかりと握った。




