虹の子
円筒型の土壁に、円錐状の茅葺屋根――。
カンパリ村の建物は、これまで見たことがない造りで立ち並んでいた。村の周囲には柵もなく、簡素な木組みの見張り櫓が一つあるだけである。建物自体は結構な数が建てられているが、道路も広場も舗装もされていないし、これといった商店街や繁華街もない。一箇所だけあった商店らしきものは、簡易的な庇の下で果物や魔獣の肉が売られており、僅かながら日用品も並んでいる程度だった。
村の人々は全て象人族で、村を訪れたログ達に人懐こく挨拶をしてくる。女性はカラフルな民族衣装に身を包み、頭に荷籠や水瓶を乗せて歩いている。男性は半裸で木槍や弓を持ち、立派な体躯で・・・一様に朗らかだ。
一行は馬車を村の広場に停めて、村長の家へと向かっていた。何がミケの琴線に触れたのだろう――村人が「パオン!」と挨拶をするたびに、象人族の挨拶を真似して「ぱにょ〜ん!」と声を上げ笑顔を交わしている。村人もミケに林檎やらバナナやらをくれるので、ミケのリュックはパンパンだ。デミアが買ってくれた可愛い帽子には、サバンナの鳥の羽まで飾り付けてもらっている。
村長の家は特別大きい訳でもなく、他と変わらない地味な物だった。フィルドはガルムのメンバーを外に待機させ、ミケとログ・・・そしてディアを連れて入っていく。建物の中にいたのは、やや年老いた象人族の女性だった。フィルドは恭しく跪くと、ログ達にも拝礼を促した。
「ワンリー様、永らくご無沙汰をしておりました。」
「フィルド殿、お変わり無いようですね。」
優しい眼差しで一同を見つめると、右手を差し出し姿勢を崩させた。ログ達が床に腰を下ろすと、ワンリーの娘であろうか――中年の女性象人に何かを伝えていた。女性象人が外に出ていくと、ワンリーは穏やかに微笑みログを見つめた。
「蛙人族の装いですが、あなたは人間族ですね?」
一瞬戸惑いはしたが、フィルドが頷き、ログも「仰る通りです」と認めた。ワンリーは静かに頷き、ミケへと視線を移す。ミケは緊張もせず、ニコニコとワンリーを見つめていた。
「人間族が《虹の子》を連れてくるなんてね・・・。本当に不思議な事もあるものです。お嬢さん、あなたのお名前は?」
「ミケにゃん!」
にっこりとしながら元気良く手を上げ、嬉しそうに名前を答えるミケを見て、ワンリーは優しく微笑み小さく頷いた。
「そう、ミケと言うのね。私はワンリーというの。あなたと同じ世界から・・・私も虹の橋を越えてきたのよ。」
「おばあちゃんも虹の橋から来たにゃ!?」
ミケは目を丸くして立ち上がる。ログも「虹の橋」と聞いて、思わず拳に力がこもる。どうやらワンリーはミケの故郷と同郷なのだろう。
「ええ、随分と昔にね。こことは違う世界――《日本》と呼ばれていた世界から、虹を越えてきたのよ。前の世界の記憶が残っているでしょう?」
「にゃぁ!おじーちゃんや、おねーちゃんがいたにゃ!」
ワンリーは頷くとフィルドを見つめた。
「ワンリー様。儂らにも分かる様に教えては頂けませんじゃろか。この人間族の――ログと申しますが、信用に値する者でございます。そちらのディアも、このフィルドが深く信を置く者。どうかお話しくださらんか・・・。」
「いいでしょう。ただし、他言は禁じます。」
「このフィルド、身命に替えましても――。」
穏やかな表情のまま、ワンリーは口を開いた。
「その子――ミケは《命の樹の実》から生まれた・・・王権を持つ者。私と同じ、別の世界から転生した虹の子なのです。」
話しの状況が読めず、ログとディアは混乱していた。フィルドはその様子を察し、ログ達に目配せをすると、
「ワンリー様はな――先代の女王陛下じゃ。」
それを聞いたディアが身を乗り出す。
「いや、フィルドの旦那!先代様は「ハナコ」様だ。見たことはないが・・・先代様の名前はしっかりと覚えてるさね!」
うふふとワンリーが笑い、フィルドもやれやれと頭を掻く。
「私は転生前の世界で名前が2つあるのよ。元々の名前がワンリー。でもね、あっちの世界で私を大切に思ってくれていた人達が「ハナコ」って呼んでいたの。この国の女王になる時に、皆の前で名乗るのは――ハナコが相応しく感じてね。女王を退位した今は、元のワンリーになったのよ。」
「はぁ・・・なんだか難しくて・・・。アタシが理解できていないだけなのかもしれないけど――すみません、続けてくださいな。」
ディアだけではない。ログも全く理解が追いつかなかった。
「そうね、まずはジャングリア王国の国王についてお話ししましょうか。」
落ち着いた声でワンリーが言った。ミケもよく分からない様子だが、気にはなっているみたいだ。ディアも珍しく真顔で聞いている。
「ジャングリア王国の命の樹――あの樹に実るのが虹の子の実なの。虹の子は前の世界――色々な国から来るのだけど、そこで人と関わりが深くて、生まれ変わりを願われた者。そして生まれ変わりを望んだ者の中から選ばれて・・・死ぬ時に虹の橋を渡るのよ。」
ミケの言っていた話しと似ている。無意識にログはミケの頭を撫でていた。
「そうしてこの世界に来ると、転生前の記憶が残っているの。私だったら、生まれた場所や《動物園》と呼ばれた村。私達の世話をする「飼育員」という人間族たちとの日々――。きっとミケも、あちらの世界では家飼いの猫だったのでしょう。」
「待ってください!それじゃあ、その「あっちの世界」とやらでは、アタシらは動物だって言うんですか?」
ワンリーは静かに頷く。
「こちらの世界の魔獣が・・・あちらの世界では動物だと思えばいいわ。言葉も通じず・・・食料にされ、剥製にされ、時には愛玩とされる――向こうでは「ペット」と呼ばれているらしいわね。まぁ、これは私の先代様の記憶を聞いただけ・・・。それでもね、愛してくれる人間族がいたのも事実なのよ。」
「そんな話じゃないさね!ジャングリア王国の王が人間に飼われていた?――そんなバカな話があるかってんだ!この国は・・・アタシ達は人間の家畜だって言うんかよ!あんた正気かい!?」
ディアが立ち上がり、ワンリーに指を差しながら怒鳴りつける。ワンリーは穏やかな表情のまま、ディアの目を覗き込んでいた。
「命の樹、王権者、前世の記憶・・・どれもがこの国や、この大陸全てに大きな影響を与えるの。だから私たち虹の子は、王としてこの国の自治と命の樹を守ってきたわ。他言を禁じたのはそのため・・・知らなくてもいい真実もあるし・・・知られてはいけない事も――ね。」
「ふざけんなっ!アタシは認めないよ。人間族に飼われている世界も、その飼われていた動物が王だなんて戯言も!・・・アタシは誰にも飼われやしないさね!」
「ええ――そうね。この世界では・・・それが真実よ。それに、あなた達は元々この世界の住人――決して人間に飼われてなんかいないわ。その証拠に、あなたには親や兄弟もいたでしょ?」
「親が・・・なにさね?」
「私たち虹の子は、親も兄弟も居ないわ。一人ぼっちで樹の実から生まれてくるの。そして王となり、新たな家族をつくり、我が子を育て・・・その子や孫が、この世界の住人として生きていく――。決して王位を世襲せず、時が来たら新たな虹の子に王位を委ねてきたのはこのため。役目を終えたら・・・静かに遠い思い出を振り返りながら過ごすのよ。」
力が抜けるようにディアが座り込むと、フィルドが口を開いた。
「ワンリー様、ミケがその虹の子だと仰るのですか?」
「そうです。転生して実から生まれると、次代の王権者として在野で同族に育てさせます。あちらの世界と、こちらの世界を知るものとして・・・知見を深めるためにね。」
「では――そこで誘拐されたと・・・。」
ワンリーはミケを慈しむ様に見つめ、深く頷いた。ミケにも思うところがあるのだろう。ログの裾を掴み、身体を擦り寄せている。ログはミケを抱き寄せ、ミケはログの懐に顔を埋めた。
「突然の話に、皆が困惑していることでしょう。この話の続きは、また明日としましょう。まずは身体を休め、気持ちを落ち着かせなさい。娘のトンキーが食事も手配してくれるでしょう。」
フィルドは深く頭を下げ「感謝いたします」と告げると、ログ達に退出を促した。ディアやフィルドに続き、ログもミケを抱っこして出て行こうとする。
「お待ちなさい。」
「何でしょうか?」
怪訝な顔でログは振り返った。
「ミケ。あなたはその人間が大切なのですか?」
ワンリーは優しい顔でミケに尋ねる。
「ミケは――ログと一緒にいるにゃ!」
ひっしとしがみつき、ミケは声を絞り出した。ワンリーは「そうですか」と言うと、納得したように「ではまた会いましょう」と言って目を閉じた。
ログ達が外に出ると、不機嫌そうなディアと、苦い顔のフィルドが待っていた。どうやら、フィルドにとっても想定外だったようだ。しがみつくミケの体温が熱く感じ、そっと背中をさする。
村の中に、美味しそうな肉の焼ける匂いが漂ってきた。ひとまず食事をすれば・・・少しは落ち着くだろう――ログは来た道を帰っていった。




