裏切りの代償
「ログ、その首は俺が持つ。人間族が持っていけば、余計に事態を悪化させるからな。それに・・・グリムとして――俺も気持ちが良くないんだ。すまないな。」
「いや、ハーパーの言う通りさ。」
ログから首を受け取り、ハーパーは大切そうに抱えると目を閉じた。グリムは同族意識が強く、他の精霊族以上に誇り高いとされている。シュタインヘーガーは、そのグリムとしては他種族に門戸を開く改革的な子爵でもあった。ゆえにシュリヒテの街を任され、そして繁栄させてきた。
きっと――麻薬がなければ、妻の横死が無ければ、名領主としてグリムの希望になっていただろう。ハーパーやカティは、グリムではあるが多民族との接点が多いので、シュタインヘーガーに少なからず想いがあったはずだ。
「ログ、この先に姐さんとミケちゃんがいる。子爵様の事は――俺達の責任だ。いいか・・・ミケちゃんを離すんじゃないぞ。」
「ハーパー・・・ありがとう。」
しばらく歩くと下水道に出て、そこにはディア達と共にミケが待っていた。ログの姿を見つけたミケは、無言で走り寄り、しっかとログの足にしがみつく。二度三度と嗚咽を漏らしたが、ログを見上げて涙をこぼした。
「ログぅ〜、ミケ泣かなかったにゃ・・・。」
「怖かったね、ミケ。もう大丈夫だよ。」
抱き上げたミケの温もりが、心から愛おしかった。壊れてしまいそうな小さな身体を抱きしめると、優しい匂いがして涙が溢れそうになった。気がつけばミケの頭に頬を当て、何度も「良かった」と繰り返している。
「くびぃ・・・。」
ハッとして、ログはミケの頭から顔を離し見つめた。不安そうな目で真っ直ぐ見つめ、小さな手がログの首筋に伸びてくる。
「ミケ・・・。」
「ログ・・・首を怪我してるにゃ。痛いにゃ?」
「ああ・・・大丈夫だよ。」と言いながら、ログは視線をハーパーの胸元へ泳がせた。ミケの言葉が、なぜか子爵の首を取った事に対して”責めている”様に感じてしまったのだ。それは・・・子爵の言葉が齎した罪悪感かもしれない。
だが、ミケは自分の首筋の切り傷を心配していただけだった。誘拐されて怖い思いをし、今だってまだ身体に震えが残っているのに・・・こんな自分を心配してくれる小さな手――。
「ミケ・・・ありがとう。大好きだよ、ミケ。」
「ミケも大好きにゃ・・・。ずっと一緒にゃ・・・。」
小さな手と、小さな身体は・・・何よりも大きくログを包んだ。
◇ ◇ ◇
一行が帰還すると、陣営にはフィルドやウォーカー男爵と共に、ヘンドリクスも同席していた。血の滲む包みと返り血を浴びたログ達を見ても・・・ヘンドリクスは予想外に冷静だった。父親の首を確認し包み直すと「丁重にな・・・」と側近に渡し、ログ達から事態のあらましを聞き取っていた。
「父亡き今――我らは完全に反乱軍だ。近隣が知れば討伐軍が編成され、我らは壊滅するだろう。抵抗すれば・・・この街も大きな犠牲を生むことになる。義父様、先んじて私の首を差し出し、全軍を投降させましょう。」
「ヘンドリクス様・・・。」
「これ以上、無益な血は必要ありません。父の・・・いえ家族の始末は私がつけます――。どうかピニャと義父様は・・・これからの為に私の命に従ってください。」
毅然と頭を下げ、ヘンドリクスは澱みのない胸の内を伝えた。フィルドとウォーカーは目で何かを語り合うと、ウォーカーが立ち上がった。
「ヘンドリクス様・・・いえ、息子――と呼ばせてください。貴方がピニャと結ばれた時、私は本当に幸せでした。あの娘が幼き日からお慕いした方と結ばれ――私は運命に感謝しました。」
「義父様、何を・・・。」
「お聞きくださいませ。ピニャは何も出来ぬ娘ですが――貴方様を愛する心だけは誰よりも大きい。きっと子爵様と奥方様の様に、幸せなご家族になるでしょう。」
「だから何を――。」
ヘンドリクスの言葉をウォーカーは手で制止した。
「この反乱は――私が収めます。愛する娘と・・・大切な息子のために――。ははっ!孫の顔が見れなかったのは残念ですがな――ピニャの事、よろしくお願いします。」
「だめだっ!私は認めません!」
「フィルド殿、我が息子を牢へ――。」
ダニエルとジャックがヘンドリクスを取り押さえた。フィルドは苦しそうに「許されよ」と告げ、そのまま「離せ!義父上ー!」と叫ぶヘンドリクスを牢へと送り出した。
「お手間をかける、フィルド殿。」
「ウォーカー殿。儂らに出来ることはあるかの?」
「ふむ・・・。」とウォーカーはしばらく考え、
「すまないが、全て手筈通りいくようにヘンドリクス様を説得していただきたい。強情だが――聡明なお方だ。この老骨を無駄にはしないだろう。それから・・・孫が生まれたら私の代わりに抱いてやってくれ。きっと可愛いグリムが生まれるだろう。ああ・・・抱きたかった――。」
そう言うとウォーカーは静かに目を閉じ、頬に一筋の涙が落ちた。
◇ ◇ ◇
翌日、近隣の街から討伐軍が編成されシュリヒテを取り囲んだ。ウォーカー男爵軍は討伐軍に対して少数であり、戦力も名分もない――完全に劣勢であったが・・・無謀にも突撃を敢行した。
――男爵軍は壊滅し、ウォーカーの首は郊外に晒された。
ヘンドリクスとピニャは、討伐軍によって牢獄から救出され――反乱はウォーカーの企みであり、ヘンドリクスとピニャは人質にされていたと誰もが理解した。
街ではシュタインヘーガーの死を惜しむ声が響き、ウォーカーへの侮蔑と怨嗟が轟いた。晒し首には石が投げられ、その屋敷は放火された。だが、父の非道に背いた(とされた)ピニャには――ヘンドリクス同様の同情が集まり、夫と正道を尊ぶ淑女として受け入れられた。
長老議会は一連の騒動に終止符を打つべく、ヘンドリクスのコラーダ子爵家継承とシュリヒテ領有、男爵家の廃絶と男爵領のコラーダ子爵家編入を決めた。そこにはフィルドの助言も大いに影響を与えたようで、特に謀反人の娘であるピニャの立場については、相当な配慮がなされたらしい。
半月ほど経った頃――ログ達一行はヘンドリクスに呼ばれ子爵邸を訪れていた。今回はミケも同席を許され、尻尾をフリフリしながらログと手を繋いでいる。
応接間ではなく領主室へ通されると、そこには大きな婦人の絵と、その隣にシュタインヘーガーが使っていた双剣が飾られていた。ミケはチラチラと用意されたお菓子に目を奪われていたが・・・それに気づいたピニャが手招きすると、まっしぐらに駆けて行った。
「その絵は私の母クレメンタイン。父は母の隣が好きだったからな・・・父の肖像画が出来るまでは双剣を置かせてもらった。」
ヘンドリクスは母の絵を見上げながら言った。
そうか――子爵の最後の言葉「クレメンタイン」・・・この人だったのか。優しく穏やかに微笑むこの女性を人間族に奪われ・・・子爵は悪魔の薬に手を染めてしまったのか――。
「さて、フィルド殿。それからガルムの精鋭諸君。今回は我が父や私の為に、随分と迷惑をかけてしまった。そこの可愛いお嬢さんにも、辛い思いをさせてしまったね。」
クッキーを両手に持ち、いつの間にかピニャの隣でゴキゲンなミケは、ヘンドリクスの言葉に「うにゃ!」と笑顔で手を上げる。クッキーのカスだらけの口元をピニャが優しく拭い、微笑みながらログを見つめた。
「この娘や貴方の目的はフィルド様から聞きました。この娘の目を治すために、私にも協力をさせてください。亡き父も・・・皆さんに感謝しています。」
「妻の言葉は、私の思いでもある。種族も、身分も関係ない。出来ることをさせてもらいたいのだ。それを礼として受けてもらえないだろうか。」
「そんな・・・心より感謝いたします。」
「ふにゃ?・・むぐっ・・・かんにゃしましゅにゃ!」
片膝を付き拝礼するログをまねて、ミケも同じ様に拝礼する。しかし――口の中はクッキーがもしゃもしゃし、両手にはクッキーが握られたままだった。その姿は自然と大人たちの優しい笑いを誘い、ヘンドリクスも表情を崩した。
「して、領内の今後の見通しは大丈夫かの?」
「ええ、ピニャもいます。私には義父様が残してくれた大切な希望です。いつか――義父様の名誉を回復出来る日まで、私は泥を啜ってでも・・・この街を守りぬき発展させます!」
フィルドは「ふむふむ」と頷き、優しい目を向けていた。
「港に子爵家が保有する船が用意してあります。小型のコルベットですが、多少の海賊や海魔獣であれば応戦も可能でしょう。船足も早いので、逃走にも問題ありません。皆さんが不要とするまで、乗組員も含め全て自由にお使いください。」
「それは助かるのぉ。」
「ジャングリア王国の港ジーマには既に入港の手配をしてあります。なんら問題なく入港できるでしょう。ここからは二週間もあれば到着するはずです。」
「何から何まで――ご厚意に感謝しますぞ。」
それからは、ヘンドリクスやピニャと多くの話をした。種族の差を感じさせない二人に、ログは好感を抱いたが・・・心の中にはチクリと子爵を死に至らしめた罪悪感と、ウォーカーの悲しい結末に痛みを感じていた。
――子爵邸を後にし、馬車の中でミケは袋に詰めてもらったクッキーをボリボリ齧っている。あの小さい体のどこに入るのだろう。ふとお腹をみると・・・見事に膨らんでいた。ディアは相変わらずログの馬車に入り込み「ポヨポヨさねぇ」とミケのお腹を突いている。
いよいよジャングリア王国へ出発できる。長い道のりだったが、やっとここまで来れた。だが、ここから先は・・・人間族の居ない国――。それでもミケを治したい想いが、ログの心をジャングリア王国へと導いていた。




