埋伏の計
西日が強くなる頃、ログ達はシュタインヘーガー邸に来ていた。
邸宅の応接間に通され、しばらく待っているが子爵は顔を見せない。もちろんミケ達にも会えておらず、ログの気持ちは焦りを募らせていた。
カミュは「案ずるな」と言ってくれるが、やはり不安が込み上げてくる。ボストンも同じ様に責任と不安が募るのだろう。しきりに額の汗を拭き、出入りのドアをチラチラと見ている。
やがてマッカランの長い耳がピクリと動き、小さく「来るぞ」と囁く。四人に緊張が走り、ログは拳を握りしめた。あくまでも、今は子爵の手の内に居ると思わせ、ミケ達の居場所を確認するのが目的――決して叛意を悟られてはいけない。
カチャリとドアが開き、シュタインヘーガーが入ってきた。従者を連れずに入ってくるのは、信頼や友好ではなく、自分が優位であることを示しているのだろう。立ち上がって出迎えたログ達に、無言で右手を振り座らせると、自らは鷹揚な身振りで腰を掛けた。
「さて、良き返事をしに参ったか。」
感情を隠した瞳が、ログの目を直視する。間違いなく、ミケがログの連れであると調べが付いているのだろう。
「私の連れていたミケ――猫人の幼子ですが――こちらでお世話になっているご様子。大変感謝しております。ご迷惑をかけていないか心配ですので、私に会わせていただけませんか?」
「いやいや、心配には及ばぬ。余が丁重に饗しておるよ。今すぐ会わずともよかろう。それとも――余の饗しに不安を感じる様な疑心でもあるのか?」
左腕で頬杖を付き、蛇の様な目で四人を流し見ると、優位な者らしい残酷な微笑みを浮かべログの元へ視線を戻した。
「問いに答えよ人間族。余への返事を間違えるでないぞ。」
「疑心などございません。ただ・・・幼い子なので帰心になっていないかと心配しているだけでございます。私には――家族の様な子なので・・・お察しください。」
「ふむ・・・。」
ニヤリと口角を上げ、シュタインヘーガーは背筋を伸ばすと腕を組んだ。
「人間族が獣人族を家族――と。面白い奴だ。まあ良かろう。昨夜の返答を聞いた上で、望みを叶えてやろう。良き返答を期待しておるぞ。」
あくまでも返答をしないと会わせない――既に人質であることを隠す気も無いようだった。ボストンはしきりに汗を拭い、子爵とログを見比べている。
「子爵様、昨夜の件につきましては、私からお伝えさせてください。」
「ふむ、エルフか。よかろう、申せ。」
「実は・・・我らガルムの中でも意見が割れております。私とこちらの狼人族のカミュ、その人間族のログは賛成派でございます。フィルド様は反対派を懐柔しておりますが、今しばらく時間が必要でしょう。」
フィルドの読み通りに進み、マッカランは予め用意していた返答を伝えた。フィルドは敢えて、目立ちやすいスミノフやズブロッカ、ミケ達の誘拐に臨席していたロンリコ達を子爵反対派にすることで、返答の時間稼ぎと、子爵の監視を引きつける作戦を考えていた。
いま子爵邸に居る自分たちを賛成派とすることで、こちらにも監視は付くであろうが、それは想定の内だ。分かっていれば、それを利用した反計もしやすくなる。
「反対派か。そなたらは暗殺に賛成なのだな?」
「はい。このカミュは武にこそ興味があり、自慢の腕を振るいたいと願っております。ボストン殿は、はっきり申し上げて――逃げられぬからでしょう。」
「なかなか歯に衣着せぬ男だな。」
「光栄でございます。ああ――その人間族は、人質さえ安全ならば問題ないでしょう。私めは、こうして率先して協力した見返りを・・・多少頂ければと――。」
マッカランは綺麗な顔で爽やかに微笑む。
「うむ、よかろう。マッカランと申したな。そなたには、余が自ら労いの報酬を用意すると約束しようではないか!望めば余の配下として取り立ててもよいぞ。」
「おお!子爵様のような英傑の元で、微力ながら力を生かしたいと考えておりました。この身に余る光栄に存じます。それでしたら、私に一計がございます!」
「ふむ、申してみよ。」
「フィルド様も、反対派に懐柔される恐れがありますので、フィルド様を抱き込むために一手打つべきだと考えます。」
「なるほどな。続けよ――。」
「そこのボストンは――信用には値しませんが、人質としては有能でしょう。なにせ、フィルド様と長い付き合いの友人ですから。ドワーフとは、そんな泥臭いものを大切に思う種族ですので――。」
ボストンの汗を拭く手が止まり、怯えた目でシュタインヘーガーとマッカランを見ている。カミュは興味なさそうにテーブルの片隅を見つめ、ログはただ静かに子爵の顔を見つめていた。
「なかなか有能だな。確かにフィルドの弱みを握れるのは大きい。よかろう、ボストンはここで饗すとしよう。お前はフィルドをしっかり説き伏せよ。」
「お待ちください!」
ログが大きく声を上げる。
「私もここに残してください。どうか叛意のない証として置いてください。ミケ達と一緒に居たいのです。どうかお願いいたします!子爵様!!」
「ならぬっ!人間族がここにいるなぞ――虫唾が走るわ!お前もそのエルフとともにフィルドを説得せよ。暗殺さえ終われば、さっさと街を出て獣人を連れて旅に行けばよい!褒美もくれてやろう。」
初めて子爵が見せる感情だった。憎悪に満ちた目でログを刺し、頬や目尻はピクピクと震えている。今にも剣を抜きそうな殺気すら発していた。何がそれほど逆鱗に触れたのか――ログには分からない。ただ少なくとも本心では人間族を憎んでいることは確かだろう。
「子爵様、人間族は我らの気持ちなど解らぬもの。私が引き連れて帰りますので、どうぞご安心ください。では、ボストンは子供たちと一緒にお預かりくださいませ。」
「ふむ。エルフよ、良い返事を持って参れ。よいか――余の我慢も限界があるのだぞ。その事を、しっかりフィルドに伝えよ。」
◇ ◇ ◇
ケルベロスの商会会館に戻ると、まだフィルドもディアも帰っておらず、ログ達は三人で居室に戻っていた。
シュタインヘーガーとの会合は――全てフィルドとの打ち合わせ通りに進んだ。とは言え、ログはミケに会うことも出来ず不機嫌に椅子を蹴った。
マッカランは何も言わず椅子を戻すと、テーブルの林檎を齧りながらベットに腰を掛けた。ドアに寄りかかり腕組みしながら「心配するなログ」とカミュが声をかけるが、ログは拳を握りしめている。
「おい、マッカラン。打ち合わせでは、ミケ嬢や犬娘の安全も確認するはずだったろ?なんで簡単に引き下がったんだ?」
「ミケちゃんもニーナも無事さ。ボストンと一緒に――と言った時、言い淀みもなかったし・・・「人質」って言葉も、そのまま受け取っていた。軟禁されてはいるが、危害はないはずだ。」
そう言うと、マッカランは何か言いたそうなログを見る。
「人間族のログを敵視してたけど、それも根拠なんだ。「ここに居ると虫唾が〜」って言ってたろ?つまり屋敷に居るってことさ。居場所と安否が分かったんだから、あれほどログに対して敵意がある以上――深入りして破綻させたら意味がないだろ?」
確かにそうだ。ログは頷くしか無かった。
「心配するな、ログ。俺にはもう――わだかまりはない。この命にかけてもミケ嬢は救い出してみせる。一人の友として、どうか信じて欲しい。」
「もちろん、私も必ず救出してみせますよ。ミケちゃんが心配なのはみんな一緒です。きっと姐さんも侵入経路を確保していることでしょう。向こうではボストンさんも手筈通り動くでしょうし、ニーナも――あれはあれで役に立つと思いますよ。」
「そうだな・・・。ありがとうカミュ、マッカラン。」
「お礼はミケちゃんに会ってから――ね!」
マッカランが微笑みながらウインクする。カミュもログに力強く頷き、ようやくログの顔にも光が戻る。
三人が話しているとドアがノックされ、ディア達が帰ってきた。その顔つきを見ると、どうやら上手くいったのだろう。ヘネシーがログの横を通り過ぎる時「俺に感謝しろ」と呟いていた。聞き取れない程の小さな声だったが、ログには心強く響いた。




