嫉妬
――翌日。
早朝だというのに、既にディアやフィルド達の姿は無い。商談用の応接室ではマッカランが紅茶を傾け、カミュは静かに目を閉じ座っていた。ログはマッカランと挨拶を交わし、応接ソファに腰を下ろす。やはりカミュからの返事はない。
「ログ、話がある。少し付き合ってくれるか?」
カミュは言葉少なに言うと、ログを睨み立ち上がった。明らかに敵意のような不穏な気配を感じ、ログは視線をそらして「わかった」と立ち上がる。マッカランは一瞥だけすると、二人を止めもせず手元の焼き菓子に手を伸ばしていた。
二人は連れ立って、広々とした倉庫までやってきた。カミュは手に持っていた長柄の棒をログに渡し、自らも手に持った棒を肩に乗せて向き合った。
「付き合ってくれて感謝する。一手――受けてくれ。」
「急にどうしたんだ。まず理由を言ってもらえないか?」
カミュはまっすぐログを見つめ、静かに頷く。
「そうだな。たとえ人間族であっても、俺はお前のような武人を心から尊敬するし、好意を感じている。しかし、お前とディア様が話している姿を見ると――冷静で居られなくなるのだ!」
「・・・いや、待ってくれよ。それは勘繰り過ぎだ!」
カミュは大きく首を振り、苦しそうな表情でログを見つめた。
「勘繰りではない。俺はずっとディア様を見てきた。だから――ディア様の気持ちは分かる。ログ・・・ディア様はお前に惚れている。たぶん――初めて逢ったときからな。」
「いや、そんな事ないだろう。枯れてるとか言われてるんだぞ?」
「ログ・・・お前は恋する者の気持ちが分からんのだろう。ディア様が女の顔を向けるのは、お前だけなんだ。お前とミケを本気で愛おしいと思う顔をしているんだよ。」
「――カミュ・・・お前。」
きっと、カミュはディアに惚れているのだろう。ログには、ディアにミケを取られた様な嫉妬心を感じたことがある。きっとカミュも同じ様に、嫉妬心に苦しんでいるのだろう。ならば・・・どう声をかければいいのだ。何を言っても――情念の炎を煽るだけではないのか・・・。
「ログ、きっとお前は勘違いしている。俺はディア様を尊敬し敬愛しているが、それは恋に類するものではない。むしろ、そうであったほうが気持ちも楽だったろうさ――。」
「・・・・。」
カミュの言いたいことが分からず、ログはカミュの目を見つめ返した。金色の鋭い瞳の中に、なぜか悲しそうな色を含んでいる。ログの困惑を見抜いたのか、カミュが深く息を吐き、意を決したように口を開いた。
「ログ――俺はお前が好きなんだよ。」
「え・・・えっ!」
どういうことだ?いまカミュは何を言った?――ログは理解しつつ理解を拒否しそうな自分に、何とも言えない焦りを感じた。
「俺は同性しか愛する対象に見えない。お前が受け入れてくれないであろうことも――頭では分かっているんだ。だが・・・心が揺れてしまうんだ!ディア様とお前の姿を見ると――嫉妬心で狂いそうになるんだ!」
カミュのカミングアウトは、ログの困惑を不思議と落ち着かせた。きっと「ありのまま」伝えてくる、カミュのまっすぐな想いが、ログに心地よく感じられたのかもしれない。これほど素直に、これほど真剣に想いを伝えられたことなどなかった。だが・・・ログは同性愛の嗜好はない。カミュの想いに応えられないのだ。ならばこそ――伝えるしかなかった。
「すまない、カミュ。その想いには応えられないよ。」
「ああ、分かっていたさ。お前が気に病まなくて良いんだ。ただ、どうか俺が諦めるために闘ってくれ!せめて武人として、俺の嫉妬を叩き潰してくれっ!!」
カミュは長い棒をバルディッシュの様に構えた。なんとなくだが、ログにもカミュの気持ちが分かった。きっと「ケジメ」を付けたいのだろう。気持ちを整理する為の「何か」が必要なのだろう。苦しみを乗り越える為の――。
「カミュ――はじめようか。」
ログは長巻の様に棒を構え、カミュとの闘いを決心した。カミュの鋭い突きが襲いかかる。半歩下がり、ログが下から斬り上げるが、カミュはひらり躱し振りかぶって斬り下ろす。ログが受け流し、胴を斬り払おうとする。
二人の闘いは半刻ほど続いた。双方の息が上がり、どちらも技に鈍さが目立つ様になった。実力の伯仲した二人は、いよいよ決着が近いと互いに感じていた。
カミュが咆哮を上げ、上段から渾身の一撃を振り下ろす。ログは身を引かず、逆にカミュの懐へ飛び込んでいった。そのまま石突側の柄で胴を突き、カミュが体勢を崩すと身を引いて袈裟懸けに斬り払う。ログの棒がカミュの肩に食い込み、カミュは遂に膝を着いた。
「ログ――ありがとう。」
「カミュ――感謝するよ。」
ログは手を差し出し、カミュはその手を握って立ち上がった。もうカミュの瞳に嫉妬の色はなく、爽やかな親愛の情が輝いていた。
◇ ◇ ◇
シュタインヘーガーは執務室の窓から、虚ろな目で街を眺めていた。手にはパイプが握られ、悪魔の薬が染み込んだタバコの煙が揺れている。虚ろなその眼差しを街並みから外し、美しい女性グリムの肖像画へとたどり着かせた。シュタインヘーガーはパイプを咥え、大きく吸い込み――静かに吐き出す。虚ろなまま「クレメンタイン――」と呟いた。
シュタインヘーガーの妻、クレメンタインは聡明で美しく、誰からも愛される女性だった。彼は妻を深く愛し、クレメンタインも彼を大きな愛で包んでいた。息子のヘンドリクスが生まれ、夫婦は家族として幸せに包まれ、領民や家臣たちも領主一家のその姿に目を細めた。
あの日――ジャルパの貴族を招いた晩餐会があり、シュタインヘーガーは妻とアマレットの街を訪れていた。晩餐会の帰り道、突然現れた暴漢達に襲われ応戦したが――流れ矢がクレメンタインを射抜いていた。暴漢はカリメ帝国が差し向けた者達で、ジャルパ貴族にもフレア貴族にも落ち度はなかった――しかし妻は殺された。
葬儀の中で、大きな喪失感が津波のように押し寄せた。怒りと後悔、憎しみと復讐心に苛まされている時――弔問客として来ていたジャルパの子爵が声を掛けてきた。フォルマウスと名乗った男は、せめてもの慰みにと麻薬を手渡してきた。
当然、それが何であるか、どれほど愚かな誘惑であるかなど理解していた。理性では――。しかしその誘惑は愛するものを奪われたシュタインヘーガーには――あがらうべくもなかった。それ以降もフォルマウスが紹介した密売人が麻薬を持ってきた。おおよそ奴はフレアの利権や、密売ルートを確保したいゲスであろことは想像できていた。だが・・・もうどうでも良かった。
「クレメンタイン・・・もう一度、君に会いたいよクレメンタイン。私を置いて行かないでくれ。私も連れて行ってくれ――クレメンタイン。」
ヘンドリクスやウォーカー男爵は、シュタインヘーガーの苦悩など気にもせず、悲しみを乗り越えよと――領主のあるべき姿を求めてきた。悲しみに苦しむシュタインヘーガーの元へ、ヘンドリクスは愛する妻を伴い――何度も何度も諫言を繰り返しに来た。
――あやつには妻がいる。そう!愛する者がいるではないか!!たとえ母を失おうと、その肩を抱く者がいるではないか。なのに――私の愛する妻は・・・奪われてしまったのだ。なんと不公平であるか!それを許せるものか!私には苦悩しかないのだ!!
それなのに・・・私に正道を求めるというのか?
名も知らぬ民の、臣下の、国家の平安を望めというのか!
シュタインヘーガーの憎しみは、ヘンドリクスへと向けられ――やがてその妻ピニャや、その父ウォーカーまでも対象になっていった。
安らぎを与え、痛みを癒す麻薬の取引すら邪魔をすると言うなら・・・いいだろう――ヘンドリクス。お前にも愛する者を失う苦しみを教えてやろう。それでも正道を歩き、民のためというなら――この首をとるがいい!
虚ろな眼差しのまま、シュタインヘーガーは肖像画の下で膝を着いていた。肖像画を掲げるように両手を上げ、救いを求める亡者のように美しい妻の顔を見上げていた。
◇ ◇ ◇
鉄格子の付いた、半地下の部屋にニーナとミケは軟禁されていた。テーブルにはケーキや飲み物が用意されているが、ミケは一口も手を付けようとせず、部屋の隅でうずくまっている。ニーナもその隣に座り、ミケの背中を優しく支えていた。
ミケは一度も泣いたりしていなかった。キュッと唇を噛み、ニーナの手を握って耐えていた。きっとログが迎えに来る――だから泣いたりするもんか!ミケの小さな背中から、ニーナにも気持ちが伝わった。
【西田よりお願い】
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