監禁
フィルドは改めてウォーカー男爵に問いかけた。
「実力行使と言っても、反乱など起こせば双方無事ではすまんじゃろう。ピニャ殿の話しぶりでは、どうやら子爵を害するつもりも無いようじゃし、どの様な手段を考えておるんじゃ?」
ウォーカーはヘンドリクスとピニャが頷くのを待つと、
「子爵様を――拉致します。麻薬の禁断症状を越えれば、子爵様も聞く耳を持ってくれるでしょう。もちろん強い依存性がありますから、それ以降も軟禁し・・・御当主はヘンドリクス様に継承していただきます。長老議会も、子爵様が直筆で申し出ればご理解くださるでしょう。」
「突然子爵が消え、ヘンドリクス殿に座を譲られれば――不審を抱く者も現れるじゃろう。当然の様に、あらぬ噂も立つぞい?」
「――大丈夫です。私に一計がありますので。」
ウォーカーは静かに答えた。その目には確信のある光が宿り、実直な文官でありながら、まるで戦場の熟練剣士の様な落ち着きが伺えた。フィルドは「ふむ」と小さく頷くと、
「であれば・・・そなたらと接点の無い儂らが適任じゃのぉ。無駄な血は流さず、子爵を害しない約束を結ぶならば――協力させていただこう。」
「無論、血は流さぬ方が良い。罪は子爵様ではなく麻薬なのだ。どうして子爵様を害しようか――。この命に変えても約束いたそう。感謝いたす――フィルド殿。」
ウォーカーとフィルドはしっかりと手を握りあった。
◇ ◇ ◇
ミケとニーナは楽しそうに商店街を散策していた。
シュリヒテには各地の産物が集まり商店も多様だ。少し歩けばニーナが「かわいい!!」とペットショップで魔獣の子に目を奪われ、やっとそこを離れればミケが「美味しそうにゃ〜!!」と立ち止まる。
ロンリコも最初こそ二人の動きに困惑したが、だったら自分も――と屋台で買ったヤーシの実を片手に甘いジュースを飲みながら、二人の後ろでのんびりと子守をしていた。
香ばしく魚の焼ける芳香が鼻腔をくすぐり、ミケとニーナが屋台の前で尻尾を振っている。後ろから見ていると仲の良い姉妹の様で、ロンリコは揺れる二人の尾を微笑ましく見ていた。
ニーナに買ってもらった串焼きの魚に齧り付くミケは、本当に楽しそうで見ているロンリコも幸せになる。
左目の眼帯と、その下から続く裂傷の傷跡は、消せない過去を物語っているが――きっとこれからは笑顔の溢れる日々になるだろう・・・ロンリコがそんな事を思っていた時だった。
「ドロボー!!」
ロンリコの後ろで中年の女性グリムが叫んだ。ロンリコが振り返ると、女性グリムは路上に倒れ込み手を伸ばしている。その手の先には、女性物のバックを抱えた人影が走り去っていくのが見えた。
「ちょっと待ってな!」
ロンリコはヤーシの実を女性グリムに預けると、美しい翼を広げて飛翔した。そのまま猛禽類が獲物を追うかのように、ひったくり犯を追跡していく。バックを抱え建物の間を抜け、狭い路地で振り返った犯人は、ロンリコの追跡を撒いたと安堵の表情を浮かべる――が、甘かった。
急降下してきたロンリコが犯人の背後に立ち、腰から抜いたレイピアを喉元に突きつける。
「捕まえたぜ、泥棒さん。バックを返しな!」
「返す!返すから見逃してくれ!!」
犯人はロンリコの足元にバックを投げ、両手を上げた。ロンリコがバックを拾い上げると、その隙に犯人は逃走していく。ニーナやミケの子守もあるし、面倒事に巻き込まれたくない気持ちがあったロンリコは、そのまま犯人が逃げていくのを見逃し、バックを持って女性グリムの下へ向かった。
――先程の屋台の前には女性グリムも、ミケも、ニーナも居ない。ただロンリコが飲んでいたヤーシの実が転がっており、人々は何事も無かったかのように日常を営んでいる。
「おーい、バック取り返したぞ!・・・ッチ!いねーのかよ。どうすんだよこれ。おーいニーナ!ミケ!どこだー?」
周囲を見回すが、どこにもその姿がない。ロンリコは「チッ!」と飛翔し、上空から目を凝らすが・・・どこにもポンコツ犬娘とオテンバ猫娘は居なかった。背筋に嫌な悪寒が走り、ロンリコの頭に最悪の事態が浮かび上がってくる。
――人質。昨夜のシュタインヘーガーは、有無を言わさず協力させようとしていた。ガルムの精鋭を相手に実力行使で迫るよりも、一団で戦闘力の劣るミケ達を狙い、人質として押さえる方が交渉の切り札になり得る。
ふと、ロンリコは犯人から取り返したバックを開いてみた。バックの中には統一金貨が入った袋と、子爵の封蝋が押された封書が入っている。「クソッ――やられた!」ロンリコは最悪の事態が現実になったことを確信し、急いでケルベロスの建物へ飛んでいった。
◇ ◇ ◇
ケルベロスの建物では、ログ達が揃い重い空気で封書の中身を読んでいた。ボストンもそこに呼ばれており、額に汗を滲ませて俯いている。
どうやらボストンは子爵の話を信じていたようで、ミケ達の誘拐と封書の中身を見て愕然としていた。封書の中身は、あくまでも子爵邸でミケ達を歓待していること、そして三日後の返事を期待していると書かれていた。すぐに危害は加えないが――との意思表示であろう。
ロンリコは「姐さん、すみません!」と床に這いつくばっていたが、ディアは「想定内さね」と意に介せず、それでもロンリコは歯ぎしりをしながら「絶対に取り返します」と怒りを滲ませていた。
ログも胸の中にドス黒く怒りが渦巻くのを感じていた。今もしシュタインヘーガーを見たら――斬り裂いてしまいそうな憎しみに近い怒りだった。きっと顔に出ていたのだろう。ディアが肩に手を乗せ「時間はあるさね」と言った。ログはその言葉が、ほんの一筋の光のように温かく感じていた。
「フィルド様、そしてログ様。大変申し訳ありません。私が子爵様を引き合わせたばかりに、ミケお嬢様やニーナお嬢様に危害が・・・どの様にお詫び申し上げたらいいのか――。」
「ボストンよ、信じていたのじゃ。仕方ないことじゃろて。だが――これで、状況は確定したのぉ。子爵は倉庫街の権利が男爵にあるから、麻薬の仕入れに男爵が邪魔なのじゃろう。倉庫街を自由に出来れば、麻薬は簡単に手に入る様になるからの。邪魔者を消すために、儂らを利用したかったのじゃろて――。」
「まぁ、あたしらを利用したいからこそ――ミケ達を大事にオモテナシしてるだろうさ。子爵の野郎は気に入らないけどねぇ、あの子達の身は安全ではあるさねぇ。」
ディアが掴んだログの肩に、握りしめる痛みが鈍く染み込む。平気そうに話すディアだが、内心はログと同じなのだろう。掴んだ腕からは微かな震えも感じる。
「フィルド。そうは言ってもミケ達は人質だ。取り返す方法はあるのか?」
声を絞り出すようにログが聞いた。
「ふむ・・・。3つに別れよう。まずログとボストン、それからカミュとマッカランは、明日子爵邸に行きミケ達を確認するんじゃ。そのうえで、こちらが意に沿って動くと匂わせて――ミケ達の安全を確保してもらおうかの。なんなら、ログかボストンは子爵邸に残留できると上々じゃ。」
「わかった。」
「ディアとロンリコ、ヘネシーとジャック、あとダニエルは子爵邸に侵入出来るように段取りを頼む。決して先走るでないぞい!あくまでも決行は・・・全て整ってからじゃぞ。」
「任せときなって。」
「儂と残りのメンバーは、ヘンドリクスや男爵と協議し、ミケ達の救出と子爵の捕縛を準備する。使える時間はあと2日じゃ。焦る気持ちは分かるが失敗はできん。まずは準備を整え、明日の夜もう一度作戦会議じゃ!」
◇ ◇ ◇
ニーナとミケは「ドロボー!」と声が聞こえ、ロンリコが飛び立ったあと――警備隊に囲まれ馬車に乗せられていた。二人とも状況が分からず、ただオロオロと乗り込まされ、グリム兵に挟まれて連行されていった。
しばらくすると大きな屋敷の玄関前で馬車が停まり、乗っていた兵士たちが降りたあと、ニーナの目に映ったのは――昨夜同席していたシュタインヘーガー子爵だった。
「わふぅん・・あのぉ、子爵様――ですよね?」
ミケを抱きしめ、ニーナはおずおずと尋ねた。ニーナやミケを見る子爵の目は氷の様に冷たく、昨夜の夜会で出会った人物と同一人物とは思えない。毛が逆立つ様な嫌悪感を、ニーナは直感的に感じていた。ミケも何かを感じるのだろう。ニーナの腕の中で不安そうに「にぁ・・・にぁ・・・」と声を殺している。
「そなたたち、何を怯えているのだ。我が屋敷で山海の幸を振る舞おうというだけであるぞ。さぁ、馬車を降りて屋敷に入るのだ。わかるであろう――余の命に従ったほうが幸せであるぞ?」
有無を言わせぬ子爵の言葉と、馬車へ近づく兵士達の足音に意を決し、ニーナはミケを抱きかかえて馬車を降りた。そのまま兵士に導かれ、ニーナ達は屋敷の中へと消えていった。




