暗殺依頼
シュタインヘーガーは大きく息を吐くと、重い目つきでテーブルの者達を見渡して言葉を続けた。
「ウォーカー男爵を――暗殺して欲しい。ヘンドリクスの妻もな。」
鷹揚のない冷静な口調だった。冷たい眼光で暗殺を依頼するシュタインヘーガーに、その場の空気が重く沈殿していく。澱みを掻き分けたのはフィルドだった。
「これは口外できん話じゃな。子爵殿――安心されよ。儂らは口外せんからの。じゃがの、受けるか否かは別じゃ。暫し思案させていただくが・・・宜しいかの?」
「いや、ここで了承頂きたい。」
子爵の視線が鋭くフィルドを刺す。
「無理さね。命をかける仕事なんだよ?こっちにだって準備や覚悟が必要なんさ。それでも決めろって言うなら――覚悟するんだね、だ・ん・な・・・。」
ディアの美しく微笑む顔に、妖艶な殺意が滲む。ガルムのメンバー達にも一斉に殺気が宿り、ログだけでなく、商人のボストンですら顔が強張っていた。しかしシュタインヘーガーは臆すること無く、ディアを見つめ返していた。
「覚悟――とな。試してみるかね?」
それは虚勢ではないと誰もが理解できた。シュタインヘーガーはグリムの剣士として名を馳せた剛将でもあった。遺跡戦争では、ジャルパ軍の部隊を数名で壊滅させたと言われている。その功もあって、騎士爵から子爵位まで異例の出世をし、さらに要衝のシュリヒテの領有を認められたのだ。
「やめんか、ディア。子爵殿も落ち着かれよ。三日ほど時間を頂きたいだけじゃ。三日後に、受けるか否かをお伝えしよう。これは儂らの譲れぬ条件じゃからの、飲めぬなら他に依頼されよ。」
フィルドの言葉には、強い意志が乗せられていた。シュタインヘーガーは少し考えると、「よかろう」と言って静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
――翌日。
ミケはニーナと「街探検」へと出ていた。どうもミケはニーナを「同類」もしくは「同レベルの者」と見ているようで、甘えると言うよりは友達を誘うように接している。ニーナも嫌がるどころか、ミケが相手にしてくれることに安心するらしく、喜んで一緒にいるようだった。
二人の街探検は、そもそもニーナが大人なのだから心配ないはずだが・・・やはりニーナのポンコツっぷりは信用に欠けてしまう。ディアに頼まれる(強制される)形で、ロンリコが「保護者」として同伴することになった。
フィルドは昨夜のことなど無かったかのように、ズブロッカやスミノフと朝から酒場へ直行している。むしろログのほうが、昨夜の事で妙に落ち着かずにいた。ハーパーの話では、どうもシュリヒテで麻薬が蔓延している事実は無いらしい。全く無い訳では無いが、他の都市と比較しても多いとは言えないそうだ。
もう一つ気がかりなのは、カミュの態度だった。カミュは寡黙だが、ログと波長が合うというか、ガルムの精鋭達の中でも非常に――心許せる関係になっていると思っていた。しかし、昨夜から避けられている気がしてならない。今朝も鍛錬に誘おうとタイミングを見ていたが、結局ジャック達と出かけてしまった。
ミケもおらず、フィルドもおらず、カミュには避けられ――暇を持て余しそうなログに声を掛けてきたのは、ディアだった。ディアは「ちょいと付き合いな」と言って、ログと街へ繰り出して行った。
街へ出ると、ディアはログと腕を組み身体を擦り寄せてきた。ログが驚きディアに顔を向けると「張られているんだ、そのまま付き合いな」と小声で言ってきた。
二人は商業街の奥、更にその奥にある「怪しい」宿屋が犇めく一角へと入っていく。男女連れしか見かけない通りで、ディアは一件の宿屋の前で停まると「ここが良いねぇ〜」と甘えた声で言う。しかし抱きついたログの耳元で「入ったら左の102号室に入って」と囁いていた。
なんだか良く分からないまま、ログは言われた通りに建物に入り102号室に入る。ディアは腕を離すと、スタスタと部屋の奥に入り、隠し扉を開いて地下へ下っていった。ログもその後ろを付き従い下っていくと、重厚な鉄扉があり、ディアは懐のカギで扉を開いた。
扉の奥には応接間の様な部屋があり、そこにはフィルドが居た。フィルドの対面には二人のグリム男性と、一人のグリム女性がいる。三人とも身なりからして貴族であることはログでも分かった。
「ディアよ、やはり見張りがいたかの?」
「ああ、おかげで欲求不満女になっちまったよ!」
ディアはフィルドの横に座ると、ログを手招きした。ログも良く分からぬまま席につくと、フィルドが口を開いた。
「ログ、ここはガルムの隠し部屋じゃ。今回はボストンも子爵殿と繋がっておるからな。ガルムの隠し部屋を使うしか無かったんじゃよ。ディアとのデートで期待させてすまんかったのぉ!ふぉ!ふぉ!」
誤解を招く様な言い方で笑わないで欲しい。そもそも、期待どころか困惑していたのだ。連れてきたディアはニヤニヤと笑っているし――ログは憮然と「この方達は?」と言った。
「おお、すまんかったのぉ。こちらは――。」
フィルドの言葉を遮り、若い男のグリムが立ち上がった。
「私はヘンドリクス=コラーダ。隣は私の妻のピニャ。そして、そちらが妻の父君ウォーカー男爵だ。昨夜、我が父シュタインヘーガーから君達が暗殺依頼された者達だ。」
ヘンドリクスは堂々とした態度で、しかし敵意を滲ませること無く自分と妻たちを紹介した。ヘンドリクスの隣にいるピニャは、線は細いが貴族らしい気品がある女性だった。奥のウォーカー男爵は、シュタインヘーガーの話と違い、野蛮なことに無縁な――実直そうな文官に見える。
「儂も、ちょうど話しを聞いていた所じゃ。ログとディアも、まずはヘンドリクス殿の話を共に聞こうかの。」
ログとディアが頷くと、ヘンドリクスは座り口を開いた。
「まず、父の話ですが――全くの嘘なのです。全ては、母が死んでから・・・父が麻薬に溺れてしまったことから始まりました。」
涙を浮かべるヘンドリクスを、優しくピニャが肩を抱く。見かねたように、ウォーカー男爵が言葉を繋いだ。
「子爵様は奥方を亡くされ、失意に沈んでおりました。そこにジャルパから来たという男がつけ込み、気持ちを楽にする薬として――麻薬を与えたのです。」
苦しそうに話す男爵の隣で、ピニャは目を伏せている。ヘンドリクスは「ぐっ!」と声を殺し、悔しそうに顔を歪めていた。
「あれほど誇り高く、誠実だった子爵様は変わられてしまいました。忠義厚い側近を使い、麻薬を買い求め――公費にも手をつけるようになりました。」
「おぬしらは、なぜ止めんかったんじゃ?」
「止めましたっ!――私が斬った男は・・私の――弟なのです!弟は・・子爵様に忠誠を誓い、最後まで子爵様のお幸せだけを願っておりました。しかし――薬の力はそれすら踏み躙ったのです。弟は子爵様の為に密売に手を染めておりました。斬った私の手を握り――子爵様を責めるな・・と。」
ウォーカーは涙を拭きもせず、握った拳を震わせてテーブルを見つめていた。共に忠誠を誓った子爵のため、弟をその手に掛けた気持ちは――ログには分からない。ノースを手にかけるほどの忠義なぞ、ログには理解できないのだ。ログは冷めた目でウォーカー男爵を見つめていた。
「父は・・悪魔の薬に手を染めてしまった。父を止めるには、もはや実力行使しかないのです!――手を貸せとは言いません。どうか父の依頼を断り、静観していただきたいのです。」
ヘンドリクスはピニャの手を握り、まっすぐフィルドを見つめた。フィルドはディアに視線を移し「どうかの?」と問いかけた。
「まぁ、嘘ではないようさねぇ。だが――あんたにとっては父親だしぃ、そっちの男爵様にとっては主君なんだろ?それで実力行使ったって・・まさか首でも取るつもりかい?」
「そんなことしませんっ!」
それまで黙っていたピニャが大きな声を上げた。ピニャはヘンドリクスの手を強く握りしめ、キッとディアを睨み返すと、
「お義父様には、お休みが必要なのです。お義母さまは、本当に慈愛に満ちた方でした。決してお義父様のこの様な姿は望んでいないはずです。私も主人も、そして父も――お優しく誠実だったお義父に戻って頂きたいだけなのです。世間が言うような跡目など、どうでもいい事なのですっ!」
大粒の涙をこぼしながらピニャは言った。
「含みのない言葉は――好きさねぇ。」
ディアは頷いてフィルドに視線を向ける。それを確認したフィルドもヘンドリクス達に頷くとログの肩を叩いた。
「ログや、すまんが手を借りるぞ。」
ログは静かに頷き、これからの面倒事に不安を感じつつ、昨夜のシュタインヘーガーとヘンドリクスを比べていた。結局何が真実かは、まだ見えないが――少なくともヘンドリクス達に邪悪な匂いは感じられなかった。




