シュリヒテでの夜会
シュリヒテまでは、ニッカ鉱山から十日ほどの距離だった。途中で多少の魔獣遭遇はあったが、ガルムの精鋭達にとっては遊び相手にもならない。
ログも新しくなった長巻を試す絶好の機会となり、その斬れ味の鮮やかさに驚愕していた。ミスリルであることも素因ではあるが、何と言ってもドワーフの技術が高いことが大きい。
以前の長巻も、無銘ながら業物と言える代物だったし、エルダーヒュドラの首を斬り落とせるほどの強靭さも持ち合わせていた。しかし、この長巻はそれ以上に鮮やかな斬れ味なのだ。まるで「舐める」ように魔獣の身体を断ち切ってしまう。驚きもあったが、何よりこれほどの物を田舎のドワーフが作ってしまったことに、深い尊敬の念を抱いていた。
――交通の要衝シュリヒテ。
陸路が集まるだけでなく、海運のための大きな港も整備され、人口も多く人々の流入も激しい発展した商業都市だ。街は港に近い倉庫街、そこに続く問屋街、小売商が軒を連ねる商店街、住民や長期滞在者が住まう住宅街が区画されており、街の真ん中を大通りが走っている。
大通りの先にはシュタインヘーガー子爵の屋敷が鎮座しており、その周辺にはグリムの衛兵が赤い制服で巡回をしている。この衛兵たちの巡回は観光にも利用されており、一目見ようと観光客が訪れている。
フレア共和国では、ジャルパ連邦と違い市街地への馬車や乗馬での乗り入れが許可されている。街中の道は歩行者と馬車道に分けられており、交差点ではグリム兵が交通整理をしている。ログ達も馬車のまま街中へと入っていた。
そのまま問屋街へと向かうと、大きな建物に《総合卸ケルベロス》と看板が掲げられている。フレア共和国ではケルベロスは正規の卸商会で、各地にこの様な卸問屋を開いている。あくまでもジャルパ連邦での闇取引は裏の顔だ。表向きは立派な大商会で、噂ではフレア共和国の長老議会とも太いパイプで繋がっており、国政にも関与しているらしい。それ故に私兵を有するほどの「優遇措置」が認められ、貴族であっても邪険にできないのだという。
建物の1階はガラス張りで、中のロビーには受付や応接ソファなどが見えている。その横に地下へと続く馬車道があり、ログ達はそのまま馬車で地下へと進んでいった。地下に入ると「洞窟にゃ!!」とミケがはしゃいでいる。その先には大きな地下馬車停留場が広がり、多くの馬車が誘導されていた。ログ達はその更に奥へと誘導され、ようやく馬車を停めると、二人のグリムが出迎えに来ていた。
「おかえりなさいませ、フィルド様。」
白髪の老グリムがフィルドに拝礼する。
「おお、ボストン。久しいのぉ。」
馬を降りたフィルドはボストンの肩を抱いた後、しっかりと握手をした。馬車を降りてきたログとミケに顔を向けると、二人を手招きしボストンに語りかけた。
「ソニーから聞いておるかの。ログと、あの可愛いお嬢さんがミケじゃ。しばらくガルムの連中と一緒に世話になるがの。よろしくたのむぞい!」
フィルドに紹介され、ミケは嬉しそうに「にゃ!」と手を上げている。ログも「お世話になります」と頭を下げた。合わせるように柔和な笑顔でボストンも深々と一礼した。
「ソニー様より、全てお伺いしております。お部屋も食事も手配済みでございます。特に――デミア様からミケお嬢様にはケーキを仰せつかっておりますので、美味しいモンブランケーキを準備させて頂きました。」
「にゃはぁー!ケーキにゃ〜!!」
ミケは目を輝かせ、耳を立たせている。ログはソニーやデミアが、こんな遠くの準備までしてくれていることに胸が熱くなった。マーカ夫妻の大きな優しさに、果たしてどの様に報いればいいのだろうか。
ボストンは何かをフィルドに耳打ちすると、
「では皆様、お部屋にご案内いたします。」
そう言って、建物へと案内していった。
◇ ◇ ◇
その日の夜、ミケはディアとお風呂で格闘?し、お腹も満足して爆睡に落ちていた。おヘソ丸出しのミケに布団をかけ、ログは建物の屋上へ向かっていた。夕食でボストンから、屋上での夜会へ招待されていたのだ。もちろん断るなど出来るはずもなく、ご厚意に甘える事となった。
屋上に出ると、そこにはログの想像を越えた景色が広がっていた。木々が植樹され、花壇には花が咲き誇り、まるで庭園のように美しい。テーブルには豪華なオードブルと多種多様な酒が並んでおり、既に皆が集まっていた。
「遅れてすまない。」
「いえいえ、皆様つい先程お揃いになられたんですよ。」
柔らかな口調で、ボストンが椅子を引く。ログが座ると、カミュが「何を飲む?」と聞いてきたので、少し悩み「じゃあ、ワインで」と答えた。
「ボストンや、そろそろ本題を話さんか。」
フィルドは、やや険しい顔つきでボストンに問いかける。ワインに手を掛けていたカミュも、その言葉に手を止め顔を向けた。
「大変勝手ながら、今宵はさる御方とお会いしていただきたく、この様な真似をいたしました。大変失礼な事とは存じますが、何卒お許しくださいませ。」
ボストンがそう言うと、まるでそれが合図だったかのように、木陰から威厳のある精悍な顔つきのグリムと従者が現れた。
「ボストンよ、無理を言ってすまなかったな。余はシュタインヘーガー子爵である。此度は余が無理を言って会いに来たのだ。皆、許されよ。」
赤い髪の精悍な男はシュタインヘーガー子爵だった。ハーパーとカティはグリムだからだろうか、椅子から降りて片膝を付き、頭を下げて拝礼している。一同が緊張に包まれる中、ディアだけはワインに口をつけていた。
「良き夜会の邪魔をしてすまぬな。気にせず楽にせよ。グリムの同胞よ、拝礼は不要だ。さぁ、楽に致せ。皆も、まずは乾杯でもしようではないか。ふむ――そこの美しき鱗人よ、余にもワインをもらえぬか?」
穏やかな表情でシュタインヘーガーは座り、ディアに微笑んだ。
「含みのある男は嫌いでねぇ。あたしはこっちに注ぐさね。」
そう言って、おもむろにログのグラスへとワインを注いだ。驚いたログの目に映ったのは、ログにむけて小さく舌を出しウインクするディアの顔だった。
「ふっ・・含みか。確かに此度は含みがある。どうしても、そなたらに助力を頼みたいのだ。それも決して公にできぬ――内密な依頼なのだ。不快にさせたこと、許されよ。だがな、そなたを美しいと言ったのは・・・含みではないぞ。」
気を回したボストンが子爵の前のグラスにワインを注いだ。
「ふむ・・・まあ良かろうて。儂はさっさと美酒を飲み干したいんじゃよ。」
こうして、シュタインヘーガーが訪れた夜会が始まった。シュタインヘーガーは口調こそ堅苦しいが、威を張る様子もなく、ハーパーやカティと旅の話に花を咲かせている。そんな姿は、ログの知る貴族とは違う好感が持てる姿だった。相変わらずディアはシュタインヘーガーを見ようともしないが、寛いで呑んでいるところをみると・・・少しは反感も薄れたようだ。
夜会も満喫された頃、シュタインヘーガーが依頼を話し始めた。
「依頼というのは、余の息子ヘンドリクスの事なのだ。」
「優秀な方だときいておるがの。」
フィルドは心地よさそうに酔いながら、子爵の言葉を待った。
「確かに――親の目から見ても文武に秀でており、心根も誠実だ。しかしそれが欠点でもあるのだ。誠実すぎると、言葉巧みなゲスからすれば操りやすい傀儡にできる。今のヘンドリクスは、まさに傀儡となり――余に対して反乱を計画する首謀者になってしまったのだ。」
シュタインヘーガーは苦悶の表情で拳を握りしめた。確かに、領主の息子が反乱の首謀者とは口外できないだろう。
「儂らに――息子を討伐しろと?」
鷹揚のない言い方でフィルドが尋ねる。
「いや、これでも親でな。息子の首は見たくないのだ。笑うが良い。」
「ふむ・・・。では何がお望みじゃ?」
「ヘンドリクスを傀儡にしたのは、余の麾下であるウォーカー男爵だ。ウォーカー家はヘンドリクスの妻の実家でな。この都市の倉庫街を管理する要職につき、豊富な財力を背景に大きな兵力の動員が出来る男だ。この者がヘンドリクスを・・・誑かしおったのだっ!」
シュタインヘーガーは握りしめた拳を振り上げて、強くテーブルを叩いた。近くのグラスが倒れ、ワインが赤く広がってゆく。ボストンが静かにワインを拭き取り、新しいグラスを置いた。
「誑かすって――何したんさねぇ。」
ディアが頬杖をつきながら、ワイングラスを揺すり尋ねる。シュタインヘーガーは静かに姿勢を正すと、拳を開いて深く溜息を付いた。
「余が――余が麻薬の密売をしていると吹き込んだのだ。はじめはヘンドリクスも信じていなかったがな。倉庫街で行われた密売摘発で、余の側近が密売に同席しており、抵抗したので現場で殺害されたのだ・・ウォーカーの手でな。」
そこまで言うと、シュタインヘーガーは目を閉じた。
「その側近は、余が密売の実態を探らせていた忠義厚い者だった。余は――ウォーカーこそ密売の主犯であると睨んでいた。奴めは、それを逆手にとったのだ!その上で、ウォーカーはこれを密売の証拠として指し示し、ヘンドリクスを洗脳する糸口に利用した。」
シュタインヘーガーが、言葉は静かに、しかし内では激しく怒っているのがログにもわかった。ディアはあまり興味も無さそうにグラスのワインを呑んでいる。フィルドもあまり乗り気ではない顔で、シュタインヘーガーを見つめていた。




