密約
フォルマウスの屋敷で行われていたパーティーが終わり、招かれた来賓達がベッドルームへ案内される頃、屋敷の中で一際厳重に警備された部屋にストッカーはいた。同じ部屋にはフォルマウスと、カリメ帝国のバドワイザー侯爵、そして侯爵の付き添いが二人――。
「ストッカー都市長様。このたび、バドワイザー侯爵様から内密のご相談があるのです。是非にとのご相談ですので――よろしいですかな?」
断らす気など毛頭ない押し付けだ。
「バドワイザー閣下。微力なれど、私共に出来ることであれば――どうぞお聞かせください。」
それを聞いたフォルマウスが卑屈な笑顔で頷くと、侯爵はグラスを置いた。
「ストッカー卿よ、よくぞ申してくれた。フォルマウスより、信頼に値する有能な御仁と聞いている。卿も共に民のため、人間のために尽力していただきたい。此度は、そのための相談なのだよ。」
「もったいないお言葉です、閣下。――してご相談とは?」
バドワイザー侯爵は「ふむ」と頷くと、フォルマウスに顔を向ける。フォルマウスは柔和な笑みを返し、隣りに座るストッカーへと向き直った。
「不祥フォルマウスがご説明いたします。閣下は、人間がより良い生活を享受出来るように――ある計画を立てておられます。」
「計画?」
「はい。フレアの下賤な亜人から神の土地を奪い返し、再び人間が神の恩寵を享受する――素晴らしい計画です。狙いはフレアの都市アマレットの占領!!」
ストッカーは目を見開き「本気か?」とフォルマウスを見た。しかしフォルマウスは得意気に「ふん!」と鼻を鳴らして話を続ける。
「確かに!今のジャルパ連邦は中立かつ不戦協定を結んでいますが――表向きだけのこと。亜人憎しの者も多いですし、亜人に利益を奪われている商人も多い。いざとなれば、連邦評議会は荒れるでしょうが――しょせん自領の利益を求め合い、評決はぬるいものとなるでしょうな!」
「いやいや!連邦法で国家反逆罪となれば、連邦軍が押し寄せるのだぞ!!たとえ時間稼ぎが出来たとしても、フレア軍と連邦軍の挟み撃ちは避けられない。いくらなんでも無謀すぎる!」
「落ち着きなさい、都市長!こちらには閣下がおられます。閣下は次期皇帝候補のバスペール公爵殿下の御岳父ですぞ。カリメ帝国の全面的な支援が約束されます。そもそも、フレアに侵攻するのは帝国軍が主体で、クエルボの都市兵は後方支援ですからな。」
「し・・しかし・・・。話が大きすぎるだろう。」
「ははっ!都市長。随分と落ち着きが無いようですが――そろそろ奴隷が足りないのでは?・・・もし帝国と懇意に出来れば、都市長好みの幼い獣人がいくらでも届きますぞ。なんなら、フレアの亜人どもから子供を徴発することも出来ますしな。楽しい宴が開けますぞ〜!――おっと失敬。少々下世話な話になってしまいましたな!」
残酷な笑みを浮かべるフォルマウス。対面ではバドワイザー侯爵達が好色な者を見る目で笑っている。だがストッカーは怒りよりも背筋が冷たくなった。もちろん戦争を支援する提案にも肝が冷えたが――それよりも秘密の宴が全て筒抜けな事に凍りついた。――この男は全て知っている。――どうやって?いや、そんなことより・・・既に自分の弱みは全てフォルマウスの手の中。張り付いたヒルの様に、不快で払い落としたい視線がストッカーに刺さる。
「そんなに警戒なさいますな。私は飛竜兵団の頃より、都市長と一心同体で歩いてきたのですぞ!都市長を貶めるつもりなどあるはずがないでしょう。この話は未来を開くカギなのです。閣下に従えば、貴方様は今以上に満足のいく未来を約束されるのです!」
そう言うとフォルマウスは侯爵に、にこやかに笑顔を向け頷いた。それを見た侯爵は隣に付き従っていた者に頷き、その者が装飾の施された小箱を机に置く。まるでストッカーの覚悟を確認するように、バドワイザー侯爵はストッカーの目を覗き込むと、冷たい笑みを浮かべて小箱を開いた。小箱の中身は、カリメ帝国の伯爵章と公爵の封蝋が押された一通の封書だった。
「これはいったい・・・。」
「卿への相談の見返りだ。事が成った暁には、それが卿への我が国の誠意となる。帝国での伯爵位と領地の加増をバドワイザー家の名のもとに約束しよう。その封書は、卿の領地において三年間の免税を約束する公爵殿下のお墨付きだ。」
――逃げられる訳がない。ストッカーは脳味噌が急速に冷え、思い出したかのように保身と打算が計算を始める。どうせ逃げられぬなら、交渉できるうちに良い条件を毟り取る方がいい。フォルマウスも、こちらが利用できるうちは破滅させたりしないだろう。
「閣下のご期待に、ストッカー光栄の極みです。私めも人間の為、帝国の為にお力添えをさせていただきたいと存じます。――が、条件に関しては、多少のご相談をさせていただけませんかな。」
「さすがは都市長!計画達成後の事を相談したいのですな!!いかがでしょうか閣下、密約成立のお祝いとして、多少の色をおねだりできませんでしょうか?」
「ふむ。なかなか抜け目ないな。ふふっ、いいだろう!遠慮なく申してみよ。今より共に人間の為の世界を創る同士だ。共に栄え、共に謳歌しようではないか!今後の卿の働きに大いに期待するぞ!!」
ワインが注ぎ直され、静かに乾杯が行われる。安堵した笑みを浮かべ侯爵と語らうストッカーには、この場を切り抜けた事への達成感があった。その横で下卑た顔を見せるフォルマウスが居ることすら、忘れてしまうほどの安堵感だった。
◇ ◇ ◇
ログ達はニッカ鉱山で一週間ほどの滞在予定だったが、思わぬ足止めで既に十日経過していた。修繕を依頼した鍛冶が想定以上に時間がかかり、馬の調達にも時間がかかっていた。
滞在延長とミケの冒険は、思わぬ収穫をもたらしていた。ミケの救出でニーナへの印象が変わり、ガルム旅団のメンバーが「仲間」として扱うようになっていた。そこにはディアの存在も大きい。ディアはニーナを引き連れて歩く事が多く、カティやハーパーと剣術稽古もさせていた。
ニーナ自身も人懐こい性格で、フィルドやズブロッカ達からはマスコットのように、カティやハーパーからは妹のように可愛がられていた。だがカミュだけは相変わらず素っ気なく距離を取り、打ち解ける様子はなかった。
ログはというと、あれ以来ミケと一緒にいる事が多くなり、カミュとの稽古にも連れて行くようになった。同じ様に稽古をしているニーナやカティもミケを相手にしてくれて、特にニーナとは短剣の様な棒を使って、稽古っぽい事を楽しんでいる。
馬が揃い、鍛冶屋が納品できたのは――既に二週間が経過した頃だった。
鍛冶屋から渡された長巻は柄拵こそ元の長巻だったが、その刃は全くの別物になっていた。まるで湾曲した「パン切りナイフ」の様な波打つ刃は青みを帯びており、切っ先までは60センチ程度あり、切っ先は鋭くシャープだ。重さ自体は以前の長巻よりもやや軽い。鍛冶屋から受け取ったログは、扱い慣れるまで少し苦労しそうだと感じていた。
「すまんな。これでもミスリルを混ぜて強度も残したんだ。」
どうやら、不安が顔に出ていたのだろう。鍛冶屋がすまなそうな表情で口を開く。
「いや、充分だよ。ありがとう。」
「ミスリルの波刃は、グリムの双剣に使う技術でな。堅い外皮や鎧も、柔らかい肉や軟体魔獣も切り裂ける。研ぎ師はドワーフじゃないと難しいかもしれんがな。ミスリルだから簡単に斬れ味も落ちんはずだ。」
ドワーフ鍛冶師は大陸で最も技術が高いとされている。ミスリル波刃は、確かにドワーフ鍛冶師以外では手に余るだろう。そのドワーフ鍛冶師が斬れ味を保証しているのだから、期待できる業物なはずだ。
「本当にありがとう。少ないが、受け取ってほしい。」
ログは統一金貨を2枚上乗せし、10枚の金貨を支払った。ドワーフの鍛冶屋は少し考えた素振りを見せたが、ログの気持ちを感じ取り、静かに「ありがとうよ」と受け取った。
ログ達一行は、こうしてニッカ鉱山を後にした。ここから再びボンベイの森へ戻り、シュリヒテの街へと向かう。シュリヒテまではニーナも同行し、それ以降はシュリヒテで考えるとのことだ。
相変わらずログの馬車にはディアが乗り込み、ミケと楽しそうに話している。背中から聞こえる楽しそうな声に、自然とログの表情も明るかった。




