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みにくい猫の子  作者: 西田月石
第2章 フレア共和国

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シェイプシフター

 楽しそうにしていたミケとリルだったが、ほぼ同時に背後を振り返った。ミケの耳に聞き慣れたディアの声が微かに聞こえ、思わず「ディアママにゃん!」と笑顔がこぼれる。リルは「またお客さんね。今日は賑やかだわ。」と微笑みミケの手を握った。


 ニーナの鼻にミケの残り香が強くなり、興奮した面持ちでディアを振り返る。ディアが耳を澄ませると微かに(――ディアママにゃん――)とミケの声が聞こえる。ディアとニーナは互いに頷くと駆け出した。

 ディアは「ミケ〜!」と声を上げ坑道の闇を照らして行く。しばらく行くと坑道が拓け、地底湖の様な水たまりの畔に出た。ディアのスティックが照らし出したのは、ミケとその隣で微笑んでいる「悍ましいモノ」だった。


 「ミケ!」


 「ディアママ〜!ミケね、リルと遊んでたにゃぁ!」


 「早く!早くこっちに来るんだよ!ミケ!!」


 ディアは手を差し伸べ、その顔には強く不安と焦りが滲んでいる。ニーナはミケの隣にいる少女がミケそっくりな姿であり、なんとも言えない不気味な違和感こそあったが、それほど恐ろしくは無かった。それどころか無防備に座り、存在感すら儚げに見える。だからこそ、ディアがそれほどに狼狽える事に驚いていた。


 「あのぉ~、なんなんですか、あの子。」


 「あれはね・・・シェイプシフターさ!」


 ディアはサーベルを抜き、ミケに近づいていく。ミケはディアの様子に危機感を感じ、ディアの元へ駆け寄り抱きついて止めた。


 「ディアママ!なんでリルに剣を向けるにゃ。やめてにゃぁ!」


 「お離しよミケ。あれはシェイプシフター。生き物を襲い、その姿そっくりに変身して殺した生き物の皮を被り、日の当たる場所へ出ていく呪われた魔獣さ。いいかいミケ。あれはあんたを食べてね、あんたの皮を被るつもりだったんだよ!!」


 「あれなんて言わにゃいで!リルは友達にゃぁ!」


 ――シェイプシフター

 ニーナも聞いたことがあった。スライムの中から非常に稀に「知性」を持った個体が生まれる。その個体が知性の高い魔獣や人類を捕食すると変異し、捕食した生物の特性や知識を継承する。

 やがて成長すると、スライムの弱点である日光を克服するため、捕食した対象の皮を被り社会に紛れ込むのだ。連続殺人鬼にシェイプシフターが居た・・・なんて噂があるほど伝説的な魔獣で、もちろんニーナは実物を見たことはなかった。


 「ミケちゃん!ディアさんの言うことを聞いて!」


 ニーナはミケに駆け寄り抱き締めようとするが、するりとミケは躱してリルの前で両手を広げた。ミケの右目には強い光が宿り、しっかりとディアを見つめている。ミケの後ろでリルは身動ぎ一つせず、ただ静かに微笑んでいた。


 「ミケ、どきな!それは人じゃないんだよ。魔獣なんだ。」


 「いやにゃ!リルは友達にゃぁ!!」


 「わからず屋だねぇ。――ったく。」


 ディアはサーベルを鞘に戻すと両手を広げた。


 「おいで、ミケ。帰るよ。」


 ミケは、ディアとリルを交互に眺め「リル!また来るにゃ!」とディアの胸に飛び込んでいった。ディアは優しく抱きしめ撫でると「心配したよ」とミケの額にキスをした。剣すら持たず来てしまったニーナは、どうしていいか分からず困惑した顔でオロオロとしている。


 「ミケ、お友だちになってくれてありがとう。もう会えなくても・・・ずっと友達で居てくれる?」


 「ずっと友達にゃん!」


 ディアの胸でミケが笑顔を見せ、リルも笑顔を返しながら小さく手を振っている。ディアはミケの頭に頬ずりすると、不思議そうにリルを見つめた。


 「あんた、シェイプシフターだよね?」


 「ええ。人類はそう呼ぶそうね。」


 リルは微笑を崩さない。


 「あんた何人・・・食べたんだい?」


 「自我が出てからは5人よ。その前は自我が無いから、自分でも何人食べたのか分からないの。自我が出てから食べたのは、みんなこの坑道に逃げ込んできた人達。あなたの様に刃物を振り回す大人たちよ。ミケみたいに、ここに遊びに来た子どもは食べてないわ。」


 リルの変わらぬ微笑が、ディアには無機質で不気味に見える。きっとニーナもそう感じるのだろう。ニーナの尻尾は足に挟まれ、オバケでも見たような表情をしている。だが、そのリルの言葉には妙な説得力を感じていた。おおよそ、リルの餌食となった者たちは鉱山に侵入した盗賊達だろう。警備に発見され、逃走中に廃坑に侵入して餌食になったなら・・・誰も気付かない。もし子どもが行方不明になっていたなら、大騒ぎで捜索するから討伐隊が組まれているはずだ。


 「子どもは、食べてないんだね?」


 「食べてないわ。」


 しばらくディアは考え、再び口を開いた。


 「人の皮を被って、外に出たいのかい?」


 「いいえ。外の話を聞くのは大好きだけれど・・・食べた人達の記憶が悪いのかしらね。外の世界に出る好奇心よりも、今ここに居られる安心感の方が強いの。静かで、美しくて、心地よい世界は・・・ここしか無いでしょ?」


 ディアは頷き「確かに――そうさねぇ」と呟いた。もしシェイプシフターがその気になれば、ミケは既に消化され皮にされていただろう。でもミケは無事だった。楽しそうに友達だと言い、闘おうとするディアを止めていた。

 ミケをキュッと抱きしめ――ディアは決心した。


 「なら、あたし達は出ていくよ。リルって言ったっけ?あんたが居ることも言わないでおくよ。ここは、もう一度封鎖しておく。だから・・・これからも子どもは食べないと約束しとくれよ。」


 「そうね。子どもは食べないし、外にも出ないわ。」


 ◇ ◇ ◇


 廃坑を出ると、ディアはニーナと蹴破った板を打ち直し、立入禁止の看板に架かった蔦を取り除いた。ミケを抱え藪を抜け鉱山道まで出ると、ミケを降ろして顔を突合すようにしゃがんだ。


 「ミケ、みんな本当に心配したんだよ。」


 「ディアママ・・・ごめんにゃさいにゃ・・・。」


 どうやら、自分の冒険がディア達に心配をかけた事に気がついたのだろう。ミケは目を潤ませてディアに抱きついた。「よしよし」とディアは優しく撫でて「帰ろうかねぇ」とミケの手を取り歩き出した。ミケはもう片方の手でニーナの手を繋ぎ、ぶらぶら手を振りながら楽しそうに今日の冒険を話していた。

 ディアはミケに「リルの事は三人だけの秘密だよ」と約束し、ニーナに睨みを効かす。「わかってますぅ」「ミケ達の秘密冒険にゃん!」と二人が言うと、ディアはにっこりと笑った。


 宿に帰ると、ディアは待機していたハーパーを伝令にし、ログたちへミケ発見の報を届けた。それからしばらくしてログ達が戻り、ログは「ミケ〜!心配したよ!」と抱きしめている。


 「ディア、ミケはどこにいたんだい?」


  「鉱山道脇の――藪の中さね。」


  「ミケ!なんでそんな危ない所に行ったんだ!!」


 ログは心配していた気持ちが爆発し、宿に響くような大きな声で怒鳴った。ミケはビクッと身体を震わし、ディアの服を掴む。ディアが「ちょいとログ・・・」と諭すが、ログの言葉は止まらなかった。


 「聞いてるのか!ダメじゃないか!どれだけ心配したと思ってるんだ!」


 ミケは震えながら大粒の涙をこぼし、


 「ログぅ・・・怒ったにゃ。ログ・・・キライにゃ!!」


 泣きながら、ディア達の部屋へ逃げていってしまった。ログは「待ちなさい!」と大きな声を出すが、ディアがログの顔の前に手を翳し制する。ディアは「ログは少し待ってな。あたしが行く。」と告げて、ミケが駆け込んでいった部屋へと向かっていった。

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