シェイプシフター
楽しそうにしていたミケとリルだったが、ほぼ同時に背後を振り返った。ミケの耳に聞き慣れたディアの声が微かに聞こえ、思わず「ディアママにゃん!」と笑顔がこぼれる。リルは「またお客さんね。今日は賑やかだわ。」と微笑みミケの手を握った。
ニーナの鼻にミケの残り香が強くなり、興奮した面持ちでディアを振り返る。ディアが耳を澄ませると微かに(――ディアママにゃん――)とミケの声が聞こえる。ディアとニーナは互いに頷くと駆け出した。
ディアは「ミケ〜!」と声を上げ坑道の闇を照らして行く。しばらく行くと坑道が拓け、地底湖の様な水たまりの畔に出た。ディアのスティックが照らし出したのは、ミケとその隣で微笑んでいる「悍ましいモノ」だった。
「ミケ!」
「ディアママ〜!ミケね、リルと遊んでたにゃぁ!」
「早く!早くこっちに来るんだよ!ミケ!!」
ディアは手を差し伸べ、その顔には強く不安と焦りが滲んでいる。ニーナはミケの隣にいる少女がミケそっくりな姿であり、なんとも言えない不気味な違和感こそあったが、それほど恐ろしくは無かった。それどころか無防備に座り、存在感すら儚げに見える。だからこそ、ディアがそれほどに狼狽える事に驚いていた。
「あのぉ~、なんなんですか、あの子。」
「あれはね・・・シェイプシフターさ!」
ディアはサーベルを抜き、ミケに近づいていく。ミケはディアの様子に危機感を感じ、ディアの元へ駆け寄り抱きついて止めた。
「ディアママ!なんでリルに剣を向けるにゃ。やめてにゃぁ!」
「お離しよミケ。あれはシェイプシフター。生き物を襲い、その姿そっくりに変身して殺した生き物の皮を被り、日の当たる場所へ出ていく呪われた魔獣さ。いいかいミケ。あれはあんたを食べてね、あんたの皮を被るつもりだったんだよ!!」
「あれなんて言わにゃいで!リルは友達にゃぁ!」
――シェイプシフター
ニーナも聞いたことがあった。スライムの中から非常に稀に「知性」を持った個体が生まれる。その個体が知性の高い魔獣や人類を捕食すると変異し、捕食した生物の特性や知識を継承する。
やがて成長すると、スライムの弱点である日光を克服するため、捕食した対象の皮を被り社会に紛れ込むのだ。連続殺人鬼にシェイプシフターが居た・・・なんて噂があるほど伝説的な魔獣で、もちろんニーナは実物を見たことはなかった。
「ミケちゃん!ディアさんの言うことを聞いて!」
ニーナはミケに駆け寄り抱き締めようとするが、するりとミケは躱してリルの前で両手を広げた。ミケの右目には強い光が宿り、しっかりとディアを見つめている。ミケの後ろでリルは身動ぎ一つせず、ただ静かに微笑んでいた。
「ミケ、どきな!それは人じゃないんだよ。魔獣なんだ。」
「いやにゃ!リルは友達にゃぁ!!」
「わからず屋だねぇ。――ったく。」
ディアはサーベルを鞘に戻すと両手を広げた。
「おいで、ミケ。帰るよ。」
ミケは、ディアとリルを交互に眺め「リル!また来るにゃ!」とディアの胸に飛び込んでいった。ディアは優しく抱きしめ撫でると「心配したよ」とミケの額にキスをした。剣すら持たず来てしまったニーナは、どうしていいか分からず困惑した顔でオロオロとしている。
「ミケ、お友だちになってくれてありがとう。もう会えなくても・・・ずっと友達で居てくれる?」
「ずっと友達にゃん!」
ディアの胸でミケが笑顔を見せ、リルも笑顔を返しながら小さく手を振っている。ディアはミケの頭に頬ずりすると、不思議そうにリルを見つめた。
「あんた、シェイプシフターだよね?」
「ええ。人類はそう呼ぶそうね。」
リルは微笑を崩さない。
「あんた何人・・・食べたんだい?」
「自我が出てからは5人よ。その前は自我が無いから、自分でも何人食べたのか分からないの。自我が出てから食べたのは、みんなこの坑道に逃げ込んできた人達。あなたの様に刃物を振り回す大人たちよ。ミケみたいに、ここに遊びに来た子どもは食べてないわ。」
リルの変わらぬ微笑が、ディアには無機質で不気味に見える。きっとニーナもそう感じるのだろう。ニーナの尻尾は足に挟まれ、オバケでも見たような表情をしている。だが、そのリルの言葉には妙な説得力を感じていた。おおよそ、リルの餌食となった者たちは鉱山に侵入した盗賊達だろう。警備に発見され、逃走中に廃坑に侵入して餌食になったなら・・・誰も気付かない。もし子どもが行方不明になっていたなら、大騒ぎで捜索するから討伐隊が組まれているはずだ。
「子どもは、食べてないんだね?」
「食べてないわ。」
しばらくディアは考え、再び口を開いた。
「人の皮を被って、外に出たいのかい?」
「いいえ。外の話を聞くのは大好きだけれど・・・食べた人達の記憶が悪いのかしらね。外の世界に出る好奇心よりも、今ここに居られる安心感の方が強いの。静かで、美しくて、心地よい世界は・・・ここしか無いでしょ?」
ディアは頷き「確かに――そうさねぇ」と呟いた。もしシェイプシフターがその気になれば、ミケは既に消化され皮にされていただろう。でもミケは無事だった。楽しそうに友達だと言い、闘おうとするディアを止めていた。
ミケをキュッと抱きしめ――ディアは決心した。
「なら、あたし達は出ていくよ。リルって言ったっけ?あんたが居ることも言わないでおくよ。ここは、もう一度封鎖しておく。だから・・・これからも子どもは食べないと約束しとくれよ。」
「そうね。子どもは食べないし、外にも出ないわ。」
◇ ◇ ◇
廃坑を出ると、ディアはニーナと蹴破った板を打ち直し、立入禁止の看板に架かった蔦を取り除いた。ミケを抱え藪を抜け鉱山道まで出ると、ミケを降ろして顔を突合すようにしゃがんだ。
「ミケ、みんな本当に心配したんだよ。」
「ディアママ・・・ごめんにゃさいにゃ・・・。」
どうやら、自分の冒険がディア達に心配をかけた事に気がついたのだろう。ミケは目を潤ませてディアに抱きついた。「よしよし」とディアは優しく撫でて「帰ろうかねぇ」とミケの手を取り歩き出した。ミケはもう片方の手でニーナの手を繋ぎ、ぶらぶら手を振りながら楽しそうに今日の冒険を話していた。
ディアはミケに「リルの事は三人だけの秘密だよ」と約束し、ニーナに睨みを効かす。「わかってますぅ」「ミケ達の秘密冒険にゃん!」と二人が言うと、ディアはにっこりと笑った。
宿に帰ると、ディアは待機していたハーパーを伝令にし、ログたちへミケ発見の報を届けた。それからしばらくしてログ達が戻り、ログは「ミケ〜!心配したよ!」と抱きしめている。
「ディア、ミケはどこにいたんだい?」
「鉱山道脇の――藪の中さね。」
「ミケ!なんでそんな危ない所に行ったんだ!!」
ログは心配していた気持ちが爆発し、宿に響くような大きな声で怒鳴った。ミケはビクッと身体を震わし、ディアの服を掴む。ディアが「ちょいとログ・・・」と諭すが、ログの言葉は止まらなかった。
「聞いてるのか!ダメじゃないか!どれだけ心配したと思ってるんだ!」
ミケは震えながら大粒の涙をこぼし、
「ログぅ・・・怒ったにゃ。ログ・・・キライにゃ!!」
泣きながら、ディア達の部屋へ逃げていってしまった。ログは「待ちなさい!」と大きな声を出すが、ディアがログの顔の前に手を翳し制する。ディアは「ログは少し待ってな。あたしが行く。」と告げて、ミケが駆け込んでいった部屋へと向かっていった。




