廃坑の中
――ミケは、てくてくと東に向かって歩いていた。
通りすがりに、鉱山の鉱夫たちから「お嬢ちゃん、お散歩かい?」と声を掛けられる。ミケは元気に手を上げて「にゃん!」と答え、「お散歩は良いけど、鉱山の近くはダメだぞー!」と注意を受けていた。
やがて鉱山入口の門が見えてくるが、屈強なドワーフの警備員がジロリと視線を刺してくる。ミケは慌てて引き返し、近くの藪を突き進み始めた。ふと思いつき、ログの短刀を腰から抜き剣士っぽく格好を付け、ディアのマネをして振るってみる。
――サクッ!ファサッ!!
まるで糸を斬るように軽く、眼の前の小枝や草が切れていく。この斬れ味がミケには快感になってしまった。次々と藪を払い、ちょっと太めの枝を無意味に切り落とし「むふ〜ん!」と酔いしれる。まるでログやディアと同じ様に「戦士」になったような高揚感。一人で未知の藪を進む胸の高鳴り――。
ミケの歩みは止まる事を知らなかった。
しばらく行くと、少し開けたところに簡易的に封鎖板がバッテン印の様に打ち付けられた、黄色い看板が立てられている坑道の入口が見えてきた。黄色い看板には「注意!廃坑!落盤、スライム発生の危険あり!立入禁止!!」と書かれている。もちろんミケは――看板が読めない。ただ、ミケはそのポッカリ空いている入口に、なんとも言えない魅力を感じていた。
――これはミケだけの大発見にゃん!
目は輝き、胸が踊る。心拍数が上がり、鼻息も荒くなっている。もはやミケの好奇心を止められるものは、何も無かった。ミケの足は誘われるように坑道の入口へ向かっていく。バッテン状の封鎖版はミケの小さな体には何の封鎖力もなく、するりとすり抜けてミケは坑道へ消えていった。
◇ ◇ ◇
ニーナが追いかけたミケの匂いは、鉱山道から藪の中へと続いていく。藪が薙ぎ払われた痕跡があり、ディア達は先へと急いだ。しばらく進むと、廃坑跡へとたどり着き、黄色い看板が目に飛び込んでくる。
――注意!廃坑!落盤、スライム発生の危険あり!立入禁止!!――
「ニーナ、匂いは廃坑に向かってんのかい?」
「は・・・はい!たぶん・・・入っちゃってますぅ。」
「まいったねぇ。よりにもよって――。」
ディアは腰に差していたスティックを取り出し、先の雷光石が嵌められている部分を叩いた。雷光石が反応し、辺りをランプのように照らし出す。そのまま廃坑の入口へ進むと、封鎖板を思い切り蹴破った。
――スライムかぃ・・・居ないことを祈るしか無いねぇ。
ディアはスライムが居ないことを願った。
スライムは洞窟や下水道、日の当たらない湿地帯などに発生する粘液の様なドロドロした魔獣だ。特に、この様な廃坑などは、日が入らず空気が淀み、スライムが発生しやすい条件を満たしている。
スライム自体は動きが遅く知能もほとんど無い。日光や火に弱い性質で、出会ってもさほど脅威になる魔獣ではない。しかし、張り付かれると消化液で相手を溶かしにかかってくる。また刃物や打撃に対して非常に耐性が高く、ほぼ物理攻撃は効果がない。炎で燃やすか、電撃で感電死させるか、日光に当てて殺すか――しかない。つまり、物理攻撃に特化した種族の獣人族には「やりにくい相手」であり、今まさにディアとニーナしか居ない状況では、逃げるしか手はないと言えるだろう。
ディアやニーナなら逃げるのは造作もないことだ。しかし、もしミケだったら――興味を持って近づきでもしたら――べっとりと張り付き、柔らかい肉をジワジワと溶かされ消化されてしまうかもしれない。
ディアとニーナは、足早に廃坑の奥へと進んでいった。
「ミケー!迎えに来たよー!ミケー!返事をしとくれー!!」
「ミケちゃぁ〜ん!一緒に帰ろ〜よぉ〜!」
二人の声が、廃坑の中に木霊する。微かな音も聞き漏らさぬように、耳を澄ます。そんな事を繰り返しながら、二人は奥へと進んでいった。途中にスライムの姿はなく、雷光石スティックの灯りを頼りに歩いていくが、手がかりになるものは見当たらない。しかし、ミケの匂い自体は強くなっているようで、ニーナは確信を持って「この先に続いてます!」と言っている。ディア達は呼びかけながら先を急いだ。
◇ ◇ ◇
ミケは謎の洞窟(廃坑)の中を進んでいた。暗闇でもミケの目は慣れてしまえば問題ない。所々で火炎石や青光石の破片が輝いていて、ミケの目には宝石のトンネルを歩いているような美しさだった。落ちている小さな欠片を拾い、そのたびに大切そうにポケットにしまっていた。
どのくらい拾いながら歩いただろうか。ミケの耳に「こっちだよ――」と囁く声が聞こえる。それは遊びに誘うような、友達に呼びかけるような、不思議と引き寄せられる声だった。おもわず「ミケの事呼んでるのかにゃ〜?」と返してしまった。すると「おいで〜。あそぼ〜。」と返ってくる。ミケはなんだか嬉しくなり「いま行くにゃ〜!」と走り出した。
坑道の脇に開けられた、鉱夫の休憩所だった部屋に「それ」は居た。
プニョプニョし蠢いている「それ」は、身体を震わせて話していた。不思議な見た目だが、なぜかミケは嫌悪感がなく、むしろ昔から仲良しだったような温かささえ感じていた。
「私ね、リルっていうの。」
「ミケにゃん!」
「よろしくね、ミケ。私と遊んでくれる?」
「いいにゃ!ミケ、遊ぶ人が欲しかったにゃぁ!!」
「じゃあ遊びやすい身体にするけど・・・ビックリしないでね?」
「だいじょぶにゃ!ミケは強いにゃ!まっかせるにゃ〜!」
ミケがにぱっと笑うと、プニョプニョした「それ」は激しく震えだし、やがてミケとそっくりな姿へと変わっていった。僅かな違いとすれば、黒目のない目、時々透き通る肌、塗り固めたような質感ぐらいだろうか。「それ」はミケそっくりの「なにか」になっていた。
「すごいにゃ!リル、変身できるにゃん!」
「うん!私は見た姿に変身できるの。怖くない?」
「こわくなんかないにゃ!リルは優しい匂いがするにゃん!」
リルは優しく微笑むと、ミケの手を取り「いこっ!」と引いた。「にゃん!」とミケは一緒についていく。リルが連れてきたのは、坑道の中にできた大きな「水たまり」だった。地底湖の様に豊かな水が蓄えられ、水の底から鉱石の欠片が微細な光を放っている。鉱石の光が反射してキラキラと輝く水面は、まるで巨大な宝石箱のように見えた。
「リル〜!綺麗にゃぁ〜!」
「うふふっ!私のお気に入りの場所なの!」
リルはミケの手を繋いだまま「座ろ?」と促し、二人は岸辺に座った。
「ねぇ、ミケ。お外の話ししてくれない?」
「リル、お外出られないのかにゃ?」
「うん、出られないの。お外ってどんなところなの?」
ミケは「フンスッ!」と胸を張り、
「ミケ、お外の冒険をいっぱいしたにゃ!え〜と、ログのお家がある街でね、伸びるアイス食べたにゃ。リサラおねーちゃんが、一緒に連れてってくれたにゃ!それから〜・・・。」
ミケはログと出会ってからの色々なことを話し、ミケの隣でそれを聞いているリルは「うんうん、それで?」と楽しそうにしていた。楽しそうな少女達の時間は滔々と流れていく。




