シバの勇者
それからの時間は、長い「食葬」が続いた。なぜかヒュドラも魔獣も生者には見向きもせず、ただ骸を喰み続ける。ログ達は静かに広場へ退避した。
広場では、カティと手を繋いでいたミケが駆け寄りログにしがみついた。ログが抱きしめると声もなく震えていて、ディアが優しく頭を撫でる。ダニエルとジャックがミケを救出し、広場まで連れ帰ってくれたが、馬車を引いていたエスペランサは、魔獣の手にかかってしまったそうだ。
広場では、エルフの村人たちが息を殺し「食葬」の終わりを待ちわびる。異常な状況の中で、緊張した静寂がミケを恐怖させるのだろう。魔獣の喰らう音が聞こえるたびに「にぁ・・にぁ・・」と弱々しく鳴き、ログに掴まる小さな手には、ギュッ!ギュッ!と力が入るのがわかる。
――やがて魔獣が消えると、静かな村に人の声が響く。
建物の壁や地面には魔獣の体液や、犠牲となった者達の血溜まりが残り、辺りを生臭い異臭が包み、家族を失った者達の嗚咽や叫びが聞こえてくる。
ログの馬車の輓具は主を失い、血染めの絨毯に沈み込んでいる。血塗られた胸引きを持ち上げ「エスペランサ、怖かったな――」と額に当てた。
◇ ◇ ◇
村人がニーナに向ける憎悪と憤怒は凄まじいものだった。実際に村人達が武器を手に取り、ニーナは囲まれ殺される運命にあった。さすがに見過ごせぬとフィルドが制止にはいるが、余計に悪化してしまう。もはや村を救ったディア達ですら、聞く耳を持ってもらえる状態ではなく、ログ達と村人は一触即発の事態となっていた。
やむを得ずフィルドがニーナを引き取り、一行の即時撤収を宣言した。一行は生き残った三頭の馬で馬車を引き、疲れたまま村を逃げるように出る。馬も物資も乏しく、武器も劣化した状態ではシュリヒテまでは行けない。しかし補給どころか一泊の休養も出来ず、一行は疲労で包まれていた。
「すみません・・・わたしのせいで・・・ごめんなさい――。」
涙を浮かべ、ニーナは何度も何度も謝っている。ダニエルが「いい迷惑だぜ!」と言うと、ジャックは応じて唾を吐き捨てる。無口なヘネシーですら聞こえる声で「疫病神」と罵る。
「あんたら、小娘相手にイキるんじゃないよっ!」
そんな空気をかき消すようにディアが一喝した。
「馬鹿なガキ相手に、つまんないことするんじゃないよ!ダサいねぇ。・・・ちょいと、馬鹿タヌキ!まだあんたの名前を聞いてなかったね。せっかく生き残ったんだ。名前くらい聞いてやるよ。」
ログの馬車から身を乗り出し、ディアが尋ねた。
「あの、私ニーナ・・・ニーナ=シバスキーです。それと・・・あの――。」
「なんだい子ダヌキ!はっきり喋りなっ!」
「わきゃん!わたしっ犬人族です!!狸人族じゃないです!」
「こいつは・・ふっ!・・すまなかったねぇ・・・ふふっ!!」
ディアは吹き出しながら言い終わると、堪らず大笑いしていた。ログも狸人族だと思っていた。改めて視線を向け、ニーナの容姿を観察する。
ぽやんとした表情に、タレ目。茶色のショートボブから見える小さめの耳。――うーん、耳は若干尖って・・・いるか?下がり気味の尻尾は、くるんと巻き尾で・・・確かに犬人族の尾だ。
ピリピリムードだった一行に「犬人族だとよ!」と笑いが広がる。
「くふぅ〜ん・・・皆さん狸人族だと思ってたんですかぁ〜!」
「そりゃあ、そうさね!勇敢な犬人族とは・・・ふふっ!」
犬人族はジャングリア王国で剣士隊を担う勇敢な種族だ。敵に恐れを抱かず、国王に忠義を尽くし「勇者の一族」を排出する名門もいる。先頭の馬上で、黙って聞いていたカミュが振り返り、
「貴様・・・シバスキーだと?」
「はい・・・あのぉ・・・シバスキー家の娘です。」
「まさか《シバの勇者》が・・・こんな出来損ないとは!」
「きゃふん・・・。」
カミュは再び前を向くと「チッ!」と舌打ちをした。ニーナは怯える様に肩を竦め、尻尾を足の間に挟み込む。
「ディア。シバの勇者って何なんだ?」
「シバの勇者はね、シバスキー家の称号さ。国王直属の近衛剣士でねぇ。ジャングリアには左近衛、右近衛ってのがあってね。まぁ剣士の棟梁さ。そのトップを左大将、右大将っていうんだよ。そんで格上は左大将さね。カミュの狼人族は右大将、ニーナの犬人族は左大将で上位なのさ。その左大将として、代々頂点に君臨しているのが――シバスキー家なんさね。」
「なんだ・・・すごいお嬢様ってことじゃないか。」
振り返るログに「そうさねぇ」と相槌を打ちながら、ディアは少し考えると、
「名門のポンコツお嬢様が、家出して冒険者してたって所じゃないかい?」
そう言って、泣きつかれてディアの膝で寝ているミケの背中を優しく撫でていた。ニーナは、すまなそうな表情で周囲の団員やディアに視線を向け、
「わたし、首輪で繋がれた様な生き方が嫌で・・・家を飛び出したんです。でも、出来ること何もなくて・・・。そんな時、護衛団の皆さんが拾ってくれて。役に立ちたいって思って頑張ったけど、結局何もできなくて・・・。」
ログはニーナの小さく竦ませた肩に、ミケが重なって見えた。
アイラ傭兵団の墓に酒樽を運んだ時も、どんぐりの首飾りの時も・・・。何かしようと一生懸命考えたんだろう。ディアとの出会いの時だって「守るにゃ!」と尻尾を膨らませていた。小さな身体で、ディアを押しのけて・・・。食事の時も「これ食べてみてにゃ」と、ベタベタの手で勧めてくる。あの寝ている時に顔の上に乗ってくるのも・・・そうなのか??泣きたい時もミケなりに・・・きっと我慢しているんだろうな――。なんだかとても・・・ログはミケを抱きしめたくなっていた。
そんなログの表情を、ディアは頬杖をついて眺めていた。
◇ ◇ ◇
その夜は、森の中での野営となった。
酒が無いのでフィルドの機嫌はすこぶる悪い。団員たちも口数は少なく、ニーナは檻の仔犬の様に馬車の脇に座り、目だけがキョロキョロしている。ミケは、ディアやカティの調理を手伝い?ながら、笑顔が戻ってきた。深夜に近づく頃、ログ達は行程の変更を話し合っていた。
「酒もないし、食料も乏しいのぉ。」
「矢も少ないし、武器の刃毀れも問題さね。馬も居ないしねぇ。」
「遠回りになるが・・・ニッカ鉱山の集落へ向かうのはどうじゃ?」
ニッカ鉱山とは、シュリヒテへの街道を北に外れた精霊石の鉱山で、ドワーフ達が火炎石や水浄石、希少だがミスリルなどを採掘している。火炎石が採掘できるのは、地脈に炎のちからが強く残っており、水浄石が採掘できるのは、水が豊富に湧き出すからだ。ゆえに、この辺鄙な山で貴重な鉱産資源を採掘し、街へと送り出している。その鉱夫達が集落を形成し、多少の物品や鍛冶師などが手配できるだろう。
「そうさね、ニッカ鉱山なら徒歩でも1日あれば行けるねぇ。」
「ふむ・・・。今は補給と休養が必要じゃ!なにせあそこには――。」
フィルドとディアはニヤリと企んだ様に笑顔を見せる。
「温泉があるさねぇ〜!」
「酒と温泉で癒されぬ者はおらんぞい!」
二人の脳天気な様子にヘネシーが小さく「俗物ども」と囁いた。近くの誰にも聞こえないような声だったが、隣のログには聞こえてしまった。思わずヘネシーに目を向けるが、帽子に隠れたヘネシーの目は伺うべくもなく、ログは何も聞かなかったことにした。




