自然の摂理
ログは既に二度、エルダーヒュドラの首を落としている。フィルドも今、2つ目の頭を叩き潰していた。しかし――エルダーヒュドラの再生能力は想像を凌駕するものだった。切り落としても、潰しても、五分もすれば再生し襲いかかってくる。
「ログや、まだ保つかの?」
「保たすしかないが・・・厳しいな――。」
ログもフィルドもエルダーヒュドラを倒せるとは思っていない。そもそも、そのために対峙しているのではないのだ。
時間稼ぎ――。
それも、避難するための時間稼ぎではない。エルダーヒュドラが納得し、魔獣が引き上げていくための「準備」を、ディア達が整えるまでの時間稼ぎなのだ。
その準備とは――子ヒュドラの遺骸。大きな子ヒュドラの遺骸を持ってくること――。
当然、ディア達は襲い来る魔獣を防ぎつつ準備をしなければならない。その間ログとフィルドは、再生するエルダーヒュドラと闘い続けるが、消耗していく体力が、限界が近いことを否が応でも感じさせる。
――この作戦はマッカランの進言によるものだった。
子ヒュドラの遺骸を返し、自然の摂理に委ねることで怒りを鎮める。危険な賭けだ――。言葉の通じぬ相手に・・・、それで鎮まる確証も無いままに・・・。しかし今、森を知るマッカランの進言に皆が賭けるしかなかった。ゆえに、ログ達は時間稼ぎから離れられない。くい止めるしか無い!
ログが距離を取れば、エルダーヒュドラは毒液を吐きかけてくる。既に手傷を負ってる今、毒液を受ければ致命傷になるだろう。距離を詰めれば、幾つもの頭が鋭い牙で襲いかかり・・・、頭に気を取られていれば、尾の強烈な一撃が降り注いでくる。
長巻の刃も随分と潰れ、斬れ味は安物の「鈍ら」の様に鈍い。
「ログ、時間術は使えんか?」
「無理だ。魔獣は古代語魔術に耐性が強い。精神干渉も効きにくい。」
「なんとか、動きを鈍らせれんかのう。」
ログは素早く左へ移動しながら、足の投擲ナイフをヒュドラに投げる。ナイフはヒュドラの右目に突き刺さり、別の頭が襲いかかってくる。それを長巻で弾き躱し、
「フィルド、目だ!目を狙おう!」
「ふむ・・・。」
フィルドも頷き、両手に石を拾った。
◇ ◇ ◇
ディアの周囲や、村の中の魔獣はかなり減ってきた。そろそろ子ヒュドラを運ぶ事も可能だろうか。
「カミュ。ここは任せたよ!」
「ディア様、行ってください!」
ディアは急ぎ、村民が避難している広場へ向かう。蜂型魔獣を叩き斬り、不安そうに立ち尽くしているニーナに、
「ほら、タヌキ!あんたも手伝いな!」
「わふぅ・・・だからぁ・・・・。」
ディアを追いかけるように、ニーナも一緒に走り出した。広場の入口にはスミノフやズブロッカが守りを固めており、そこに村民を誘導したハーパーとカティも居た。
「ハーパー、カティ。ここはあんた達に任すよ!きっちり守りな!!スミノフとズブロッカはヒュドラを運ぶんだ。急ぐんだよ!ログとフィルドの旦那が、ヒュドラのクソにされちまうからねぇ!」
「了解ですぜ、姐さん!行こうぜ、相棒!」
「へへっ、フィルドの旦那が「クソジジイ」になるのも見たいですがね!」
「言うじゃないか、ズブ。生きてたら伝えといてやるさね!」
「へへっ!勘弁してくだせぇ!」
二人は少し先に置かれた子ヒュドラの遺骸を担ぎ上げ、村の入口に向かう。ディアとニーナは、二人の周りに集まる魔獣を斬り伏せていった。ニーナは場数の少なさ故か、見切りの甘さや勢いには欠ける。しかし、道場で学んだであろう「綺麗な剣術」は使えるようだ。片手剣を巧みに使い、魔獣を屠っている。
「おい、タヌキ!生き残ったら、名前を聞いてやるよ!」
「・・・くふぅ〜ん・・・。」
泣きそうな顔で、恨めしそうにニーナはディアに視線を走らせる。ディアは妖艶な微笑を浮かべ、蝶が舞うようにサーベルを閃かせていた。
◇ ◇ ◇
ログの狙いは外れた。
いや、エルダーヒュドラの目は順調に潰すことが出来た。ヒュドラの目は潰れた――が、動きは変わらず正確に攻撃してきた。
「なぜじゃ?目は潰したというに・・・。」
「わからない。ワームみたいに、体毛とかで感じ取っているのか?」
疲労とともに、為す術のない絶望感がログ達を襲う。
「体温です!」
エルダーヒュドラの頭に矢が刺さり、マッカランが駆けつけてきた。
「エルダーヒュドラは、体温を感知して獲物を把握します。いま姐さんが遺骸を持ってきます!あと少し耐えてください!!」
ログは「援護を頼む!」と声を掛け、ヒュドラの首に攻撃を仕掛ける。続けざまにマッカランが矢を連射し、注意が逸れるとフィルドが叩く。三人になった事で戦力が増強されたのもあるが、ディアが遺骸を持って来ている事が、ログ達の希望を繋いだ。
しばらくすると、ディアの声が響き渡る!
「待たせちまったね!さぁ、三人ともこっちに引き上げとくれ!」
「おお!ディアよ、待っとったぞい。ログや、引き上げじゃ!」
三人が後退すると、エルダーヒュドラは巨体をうねらせ追いかけてくる。大通りには子ヒュドラの遺骸が置かれており、少し離れてディア達が居た。ログ達もディアの近くに隠れ、エルダーヒュドラの様子を伺う。
――そこからの光景は、見ていた者達の予想をはるかに超えていた。
エルダーヒュドラは、我が子の遺骸を確認すると大きく雄叫びを上げた。すると、それまで分散していた魔獣たちが集まってくる。集まった魔獣たちは静かに子ヒュドラに遺骸を囲み、整然と見つめている。
エルダーヒュドラは、まるで家長の様に低く穏やかに嘶いた――。
それを合図としたかのように、魔獣の群れは一斉に動き出し、横たわる子ヒュドラの遺骸に喰らいついていく。辺りには魔獣が肉を齧り取り、骨を噛み砕く音が支配している。
――エルダーヒュドラは静かに見下ろし、喰われる我が子を見ていた。
「凄まじいのぉ。自然の摂理というものは――。」
呟くようにフィルドが言うと、マッカランは首を横に振る。
「彼等から見れば、我々の方が理解できない殺戮者でしょう。彼等は食べて血肉とするために殺生をする。子の血肉も例外なく――。子どものヒュドラを殺し晒している事こそ・・・不自然な行いなのです。」
マッカランは、向けていた視線をフィルドからニーナに移す。ニーナは口元に両手を当て、震えながら魔獣の「食葬」を見ていた。
「貴女達の価値観だけを――正しいと思わないことです。」
ニーナは目を閉じ、小さく頷いた。




