4 父は愛娘にとても甘い
「あなた、ルイは大丈夫かしら?」
普段は辺境の領地にいる侯爵夫人は、夫に心配そうに話しかける。
艶やかな金髪を緩く結んだ姿が、憂いを醸し出す。華美ではない普段着のドレスは、一見質素だが品格がある。
「先程、帰ってきたのに挨拶も無しに部屋に入ってしまったわ。王妃教育は夕方まででしょう?帰宅が早くてよ」
ホワイトウッド侯爵は、穏やかな表情で妻の目を見る。
妻同様、侯爵の装いは平服でシンプルだが上質な仕立てだ。白いシャツに皺はなく、隙がない。
「んー、今はそっとしておいた方が良いかもね」
ホワイトウッド領は、永世中立国マリンの最南端の白い森の中にある。樹海のような森と辺境領ホワイトウッドは、隣国からの侵入を阻止する防衛の役割を果たしている。近年は隣国と友好な国交が維持されているため、領主が領地をたまに留守にしても問題ない。
ルイの兄である嫡男に領地を託し、侯爵夫妻は王宮の別邸の愛娘にたびたび会いに来る。愛娘に会うついでに、王宮に報告に行くのが、ホワイトウッド侯爵の定例である。
晩餐に現れた我が娘を見て、侯爵は驚いた。可愛らしい青い目の周りが赤くなっている。泣いたのだろうか。
「まあ、まあ、どうしたの?ルイ。目が赤いわ」
侯爵夫人が娘に駆け寄る。屈んで、小さな体を抱きしめる。
「お母様、王妃教育が辛いです。王宮に行くと思うと、毎朝、気持ち悪くなるの。うっ…うえっ、えぐ」
ルイは父の方を見て訴える。
「お、お父様、王妃教育を辞めたいです。そ、その代わり、ル・リゼ校に行きたいです」
ルイを遠巻きに見ている万能メイドのサラは、ルイの渾身の演技に関心する。が、無表情。氷のようである。
一瞬、侯爵は考える。晩餐室が静寂に包まれる。
ルイはもうひと推しと泣いてみる。泣きすぎると嘘っぽいので、ほどほどに。
「父に任せなさい。ルイの笑顔が一番大事だから、希望に沿おう」
こうして、侯爵令嬢ルイは王妃教育の永久逃亡に向けた第一歩を、ル・リゼ校編入という方法で勝ち取った。




