あたたかな涙
「まぁ! 花が舞い散ってるわ!」
「綺麗ねぇ……」
「薄紅色の花、見たことないわね」
結婚式当日。
魔王城の大広間には魔法がかけられていて、花びらが浮遊して舞い散っていた。
会場のところどころには春の草木が生えていて、さながら森の中のようだった。これはルシファーと一緒に考えたことで、人間界のとある島国の美しく舞い散る桜という植物をモチーフに考えたことだった。
人間界に視察に行ったルシファーが美しいなと感じた花と、私にとって100年の間、庭のようだった森を組み合わせたものだ。
私たちは物陰から、その様子を見て満足していた。
「みんなびっくりしてる、喜んでくれてるよ!」
「そうだな、考えた甲斐があった。そろそろ始まるな」
私たちは青を基調とした揃いの衣装で笑いあった。私のドレスにはサファイヤがちりばめられていて、動くたびにキラキラと反射する。ルシファーのカフスやボタンも同じくサファイヤだ。
「今日は一段と綺麗だ。抜け出して、このまま連れ去ってしまいたいくらい」
そう言ったルシファーは、キスしようとしたが。
「だめ。式まで待って」
私にお預けを喰らって、抱きしめるだけにしたらしい。
「それじゃ、始めるよー」
サタン様の間延びした声と共に、楽団が軽やかな曲を演奏し始めた。
玉座の前にしつらえた祭壇の前で、ルシファーが待っている。
私は両側にマギーさんと師匠に付き添われて、赤い絨毯が敷き詰められた道を進んでゆく。奏でられた曲がクライマックスを迎えたころ、ルシファーの前にたどり着いた。
「それじゃ、これから婚礼の儀を執り行うよ」
祭壇には、揃いの結婚指輪がある。
「塵となり果てる時まで、互いを愛することを誓うものだけが口づけを交わし、指輪をはめよ」
『誓います』
声が重なり、私たちは口付けを交わした。一斉に拍手が起こる。マギーさんに至っては泣いていた。
そして、ルシファーが私の左手の薬指に指輪をはめる。私も、ルシファーの左手の薬指に指輪をはめた。
「この者たちを婚姻したものとして、魔王である私が認めよう」
いつになくまじめなサタン様の言葉に、私はちょっと笑いそうになっていた。ルシファーを見たら、同じ気持ちだったらしい。
「エリィ、おめでとう! ルシファー、この子を泣かせるようなことがあったらアタシ許さないからね!」
「オレも我が子だと思ってきたエリィを託すんだ、頼んだぞ」
「しかとその言葉、受け止めました」
ルシファーが二人の言葉に答えた。
「エリィ、泣いているのか?」
「あ……嬉しくて、泣くことってあるんだ」
胸がいっぱいで、温かな涙が流れていた。
結婚式の夜。
「一緒に風呂に入るのは嫌か?」
「結婚したからって大胆すぎやしませんかね!」
私たちは、一緒にお風呂に入るかどうかでもめていた。
「今更恥ずかしさもないだろう?」
「それとこれとは別です!」
二人ともバスローブ姿だが、ルシファーの胸元がたくましくて見ていられない。
後にも先にもない初夜ということで、特別なことがしたいと言われお願いを聞いてみればとんでもなかった。
「今だってドキドキしてるのに、なんてこと言い出すんですか!」
「ほう、ときめくのか?」
耳元でささやかれ、思わずびくっと反応してしまう。
「人払いは済んでいる。何も気にしなくていいんだぞ?」
「私が気にします!」
「そうか」
そう言ったルシファーは、ひょいと私を抱えた。そのまま浴室へ連れていかれる。
バスタブじゃない、これ、温泉みたい!
大きな浴槽には桜の花びらが浮いていて、空間自体にも桜の花びらが舞っている。
まるで結婚式の続きみたい。
思わずうっとりして忘れそうになったが。
「って、強制的に入るんですかぁ!!」
浴室で、全部見られて気持ちよく洗われたあと、私たちはまたバスローブ姿で大きなベッドに寝そべっていた。いや、私は不貞腐れてそっぽを向いていた。
「ルシファーのえっち!」
私のその様子にルシファーはこらえきれずに笑っている。
「うなじに花びらがついてるぞ」
そう言って、ルシファーがうなじに口づけた。
「ほら、取れた」
「あなたがそんな人だと思いませんでした!」
「本当に?」
「う……」
すでに二徹事件があったことを思い出して、言葉に詰まる。
「わかりました、もう煮るなり焼くなり好きにしてください、もう!」
「300年も恋焦がれ続けたんだ、許してくれ」
それを言われるとこちらとしても何も言えない。
「それにしても、聞かないのか? なぜ俺がこんなにお前に執着しているのか。結婚式の時に話すと伝えていたのだが」
「あ」
そうだ、そう言っていた。
「お前が俺を惚れさせたんだ」
「私、何かしましたっけ……」
「コーヒーを俺に渡した時の事、覚えてないか?」
あの時か。確か、コーヒーを渡して……。
「『あなたみたいな美しい瞳をした天使が消えるのは勿体無い』」
「私、そんな恥ずかしいこと言ってましたっけ!!」
「記録できるなら記録しておきたかったな。まぁ、俺は永遠に覚えてるが。あの言葉があったから、悪魔としてでも生きようと思えた」
そう言って、頬にルシファーがすり寄ってくる。いい香りがしてドキッとする。
「今晩も、寝かせてやれそうにはないな」




