幸せの足音
「エリィ、体調は大丈夫か?」
パーティーの翌日。ルシファーは魔王城へも行かず、私に付き添っていた。
「なんともないですよ」
飲んだのはただのマナの塊と聞かされ、ほっとしたのもつかの間。ルシファーの過保護モードが発動した。
「一週間は魔王城へは行かない、エリィの様子を見る」
いえ、大丈夫です。それよりサタン様のご機嫌取りしてください。
そうとは言えず、私はベッドに寝かされルシファーに付きっ切りで看病という監視をされていた。
そして、師匠はというと。
「まさか、エリィに助けられるとは。ありがとな」
魔王城の厨房に戻る話も流れて、アルバトロスで働くことにしたそうだ。
あと、マギーさんにはしこたま怒られた。心配されたんだろうけど。
結局、サタン様の手のひらの上で踊らされたってことか。
「お前は臆病だったくせに、どうしてこうも大胆になってしまったんだ……」
ルシファーは笑い交じりに言う。
「たぶん、ルシファーのせいですよ」
「はは、そうか、俺に似てきたんだな」
そして、ちゅっと頬にキスされた。
「キスじゃごまかされませんよ」
「ふっ。それでこそ俺の妻に相応しい。なぁ、窓の外を見てみろ、雪が降ってきたぞ。積もりはしないだろうが、バルコニーに見に行くか?」
「そうですね、ベッドじゃ退屈です」
バルコニーの手すりに、雪の結晶がきらめいている。初めて見るものでもないのに、それがなんだかとても美しく見えて指で触れると、体温で溶けて消えてしまった。はかない美しさに、魔界で初めて出会った頃のルシファーを思い出した。
「この雪、ルシファーみたい」
「なんだ、俺が冷たいってことか?」
「ううん」
そう言って私は冷えた手をルシファーの手に重ねた。
「魔界で初めて出会ったルシファーみたいにはかなくて美しいってこと」
「俺もあの日のことは今でも鮮明に覚えている。魔界にもこんな美しい悪魔がいるのだと感心していた、それも、身も心もな」
そう言われた私は照れてしまい、手を振りほどこうとした。しかし、しっかりと握りこまれた手は放してくれそうもない。
そして、手の甲にキスされた。
「放さないと言っただろう?」
そう言って、顎に手を添えられ唇を奪われる。冷えた気温の中、交わす口づけだけが熱かった。
「春が待ち遠しいな、結婚式を挙げるのが」
「もう、結婚してるようなものだけどね。メイドとして働くのもなしなんでしょう?」
「なんだ、働きたいのか?」
「お役に立ちたいの!」
そう言って、私たちは笑い雪の中で抱きしめ合った。ぬくもりが伝わってほのかに温かい。
「冷えるぞ、もう屋敷の中に戻ろう」
「そうだね。でも、明日からちゃんと執政官の仕事をすること」
そう言うと、ルシファーは面食らった顔をした。
「俺は離れているどの一瞬も惜しい」
「それは私もだよ」
「それなら」
ルシファーが私をお姫様抱っこすると、屋敷のベッドまで運ぶ。
押し倒された私は素直に従った。失った300年を取り戻そうとするように。
ゆっくりと招待状の準備などをしながら、春を待ちわびた。二人で衣装や演出も考えた。場所は魔王城の大広間だ。何故なら、立会人がサタン様だから。ルシファーはサタン様とも打ち合わせをしている。
「衣装は青がいいな」
「どうしてだ?」
「ルシファーの瞳の色だから。この間は私に合わせてくれたでしょう」
こんなに美しい青を、どうして忘れていたんだろうと自分でも思ってしまう。それくらい、ルシファーの瞳の青は美しい。中心部に向かって濃くなるグラデーションがアルバトロス近くの海の色にそっくりだ。
「そうだな、そうしよう」
「私、ルシファーの瞳の色が好きなの」
「あぁ、知ってる」
「え?」
私、伝えたことあったっけ?
「この秘密は結婚式までお預けだ」
なにそれ、ずるい。
私はじっとルシファーを見つめたけれど、教えてくれそうになかった。
「準備も一段落したころだし、アルバトロスへ行かないか?」
「はぐらかす気?」
「いいや、ちょうど用事があるからな」
「んもう、来るならちゃんと連絡よこしなさいよねェ!」
ランチタイムのアルバトロスは大盛況だった。それでも、マギーさんは特等席に座らせてくれた。初めてルシファーがお店に来た時の、あの席だ。そこに、今は並んで二人で座っている。
夢みたいだな、と思った。
あの時はメイドになれと言われてお断りしたけれど、今や結婚を控えているとか。
「夢みたいだな」
「私もそう思ってた」
「あの頃のお前に、今のお前のことを教えてやりたいな」
「うん、最高に幸せだって言ってあげたい」
ルシファーが私の腰に手を回して引き寄せる。誰にも渡さない、と言ったふうに。
「おう、お二人さん、やっと結婚式に呼んでくれるんだな」
師匠がやって来て、注文を聞いてくる。
「その前に、あなた方にお願いがある」
「おう、どうした? マギーとオレにか?」
「結婚式で、エリィの両親役をしてほしいんだ。100年もエリィを育てたあなたには感謝している。俺の手の届かぬところだったからな。それから、エリィにもう一度コーヒーを取り戻してくれたマギーにも」




