300年の恋
バルコニーでルシファー様と夜風に吹かれて、対峙していた。
「私も疑問でした。なぜ、私なんかを好きで、ずっと300年間守ってくれたのか」
「お前は、300年前、コーヒーを飲ませた堕天使を覚えているか?」
あの、美しい青い瞳の堕天使のことだろう。では、まさか。
「あれは、ルシファー様だったのですね」
「俺は見違えるほど変わったか?」
「いえ、ルシファー様はルシファー様です! 私こそ、忘れていたなんてごめんなさい。あなたの瞳は相変わらず美しいままなのに」
そう言って、ルシファー様の胸に飛び込んでいた。ぎゅっと抱きしめられて、その温かさに安堵する。
「俺も、お前の前にまた現れる気はなかったんだ。でも、お前がまたコーヒーを淹れていると知って、居てもたってもいられなくて」
自然と唇が重なる。吐息が上がるほどのキスを重ねて、私たちはその夜、一つになった。
「エリィ、その調子です!」
頭の上の本は、落ちずに安定している。きれいなウォーキングを披露できて、マリナ先生が初めて手を叩いてほめちぎった。
「ありがとうございます、マリナ先生」
「当日もこの調子でお願いしますわ。それでは休憩をしましょう、旦那様がいらしたら昨日に引き続いてダンスの練習を」
マリナ先生がベルを鳴らして使用人を呼ぶ。やってきたのはナリだった。
「今日はスコーンです、奥様」
「そんな他人行儀な言葉遣いやめてよ、ナリ」
「でも、ゆくゆくは奥様になるんでしょう?」
ナリの緋色の瞳の奥に黒いものが見えた気がした。でもそれは一瞬で消え去った。
疑問を覚えつつ、紅茶とスコーンをいただく。
お腹が幸せで満ちたところで、ルシファーがやってきた。
「エリィ、待たせてしまったか」
「ううん、ちょうど休憩が終わったところだよ、ルシファー」
そばに控えていたマリナ先生が、まぁ、という顔をした。
「旦那さま、老婆心ながら申し上げますが……結婚前にあまり過剰なスキンシップはいかがなものかと」
この発言には私たち2人ともうつむいてしまった。
そうしてもう半月が経ち、迎えたパーティの日。
魔王城までは移動魔法で一瞬で城門まで飛ぶことになっていた。その前にルシファーと合流したのだが。
白を下地に、私とルシファーの瞳の色、青と緑を指し色に取り入れたスーツ姿のルシファーはいつになくかっこよくて、私は思わず目をそらしてしまう。
「どうした、エリィ?」
わかってて聞いてますよね、ルシファー?
「かっこよくて……直視できません」
「揃いのドレスを着たお前も美しい」
そう言われてキスされそうになる。
「だめです。メイクが落ちます」
「ならば、帰って来てからの楽しみにしよう」
「ルシファー大公爵と、エリィ嬢の入場です!」
魔王城のパーティ会場はあの日、バアルが燃えたあの大広間だった。
私はルシファーにエスコートされながら、入場する。
視線が一気に痛いほど集まるが、それもルシファーといれば平気だ。
今日は正装をしたサタン様の前に行って、礼をする。
「魔界の黒き太陽、サタン様に永久の栄光あれ」
二人で同じ言葉を献上すると、サタン様は嬉しそうに笑った。
「あは、おそろいの魔力がする。君たち結ばれたんだ。よかったね、ルシファー」
「祝辞をいただき、身に余る幸せにございます」
サタン様、何もこんな大勢の前で言わなくても……。私は恥ずかしさで顔を赤らめながらも、背筋をまっすぐ伸ばしてサタン様の前から退場した。
立食パーティー形式だったので、どんどん悪魔たちに囲まれる。
その内容は、ほとんど私についてだった。
「みんな、聞いてー」
玉座からサタン様が鶴の一声をあげる。
「ルシファーが連れてるのはエリィっていう堕天使で、世にも珍しい心身を回復するマナを含んだコーヒーを淹れることができるんだ。天界から堕ちてきたルシファーを悪魔にしたのもエリィさ。それで今から、エリィに事前に作ってもらったアイスコーヒーをふるまうよ!」
給仕たちが一斉にアイスコーヒーを配りだす。
実際、アイスコーヒーの準備が一番きつかった。300もの数が必要だったから。開催が夏ではなかったら、ホットコーヒーだったかと思うとぞっとする。
アイスコーヒーを口にしたものは、口々にほめちぎった。
しかし、そこで事件が起こった。
バルバトス公が呼吸不全を起こしたのだ。バルバトス公は堕天使嫌いで純血主義。いちゃもんをつけてくることはわかり切っていた。
「これは浄化の力が入っている。我々悪魔を消滅させる気か!」
息も絶え絶えに主張するバルバトス公だったが。
「そんなこともあろうかと、このわたくしリリスが記録魔法をかけておいたわよ?」
玉座の隣に居ないかと思ったら、リリス様、給仕に紛れてる。しかもなんか様になってる。
「それではバルバトス公の行動を振り返ってみましょうか!」
空中に移された映像には、アイスコーヒーに何か小瓶に入った液体を混入しているバルバトス公の姿があった。
「それで、これが混入に使われた小瓶よ。聖水が入ってるわね」
「バルバトス公、何か申し開きはあるかい?」
ぎらついた瞳のバルバトス公は、薄紫の浄化の炎をまとった小刀を取り出すと、私たちめがけて駆け寄ってきた。
「くたばれ!」
ルシファーを狙った奇襲かと思われたが、ターゲットは私だった。
「エリィ!」
抱き寄せられたかと思うと、その体ごと衝撃が届いた。
ルシファー様が刺された、私のせいで。
崩れ落ちていくルシファー様の体が、スローモーションのように感じられた。




