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はじまりに一杯のコーヒーを 〜上級悪魔は、私にもう一度笑う理由をくれた〜  作者: 長良リコ
第三章 再会とコーヒーの秘密

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縮まる距離

「もう、何度言ったらわかるのですか?」

 頭の上の本はバランスを崩して無残にも床に落ちてゆく。

「マリナ先生、もう無理です……」

 年配の眼鏡をかけたマリナというこの悪魔は、マナー講師としてつけられた。お屋敷に来て半月経つのに上品な歩き方ができない。

「仕方ないですわね。では、座学に切り替えましょう」

 内心私はほっとした。座学は性に合っていたようで名だたる悪魔たちを覚えたり、歴史や食事のマナーなどは次第に身についていた。




「紅茶でございます、奥様」

 座学を終えて、一息入れているとナリがマカロンと紅茶を持ってきた。

「ナリ、奥様なんて言わなくていいよ!」

 ナリは下級悪魔で、堕天使ではないけれどお屋敷に採用されている。そして、同じ下級悪魔同士意気投合して仲良くなった。私にとって、初めてできた友達だ。

「一緒に食べようよ?」

「いけません、メイドの分際の私が奥様となど……」

 ナリはいつも一線ひいて私に接してくる。ほかのメイドさんなどは、同じ堕天使だからか、特に意識していないらしくフランクに接してくるのに。

「今は休憩か?」

 と、そこへルシファー様がやってきた。

「下がっていいぞ」

 ルシファー様はナリを下がらせると、私の隣の席に座り、不敵な笑みで私を見つめてくる。

 あぁ、なんか顔が熱い気がします! 夏だからですかね!

「食事のマナーはすっかり身に着いたようだな」

「はい、おかげさまで」

「もう、口元についた食べ物を取ってやることができないのは寂しいな」

 そう言ってくすくす笑っている。

 私はと言えば、いつかのデートを思い出してしまった。

「そういえば、ドレスが仕立てあがってきたぞ。見に行ってみるか?」

「うう、ドレスも仕立てあがって、ルシファー様もお越しになられたとなれば、やっぱりダンスの練習ですかね?」

 これまで何回か練習をしたのだが、つまずいたりルシファー様の足を踏んだりもうひどかった。

「俺との練習は嫌か?」

「嫌じゃ、ないですけど……」

 また足を踏むのかとげんなりしていると。

「お前を見ていると、どうやら魔力の流れが乱れているようだ。それが動きに影響している」

「魔力の流れ?」

「あぁ、だからマナが漏れ出しているのも頷ける」

 そういうことだったのかと我ながらやっと理解した。

「だから、提案があるのだが……」

 そう言ったルシファー様が顔を近づけてきた。

「キスしていいか?」

「なっ!」

「やましい意味で言ったんじゃない。オレの魔力を注ぎ込んで安定させるだけだ。それには体液が最適なだけだ!」

 でも、私の心はやましいことを考えてしまっています!

「いいか?」

 こくん、と頷くだけで精一杯だった。

 ちゅ、と初めは探るような唇が触れた。でもすぐに舌が入って来て口内をむさぼられる。時折、息遣いで出る声が自分でも恥ずかしくて終わってほしいような、終わらないでほしいような気分にさせる。お互い息が上がっていた。

 すっと、唇が離れるとまだ熱を欲している自分がいた。

「エリィ、好きだ」

「もう、そういうのは先にいうものじゃないですか?」

 笑いあう二人の言葉を、物陰でナリが目を見開いて聞いていた。




「おや、今日は一度も旦那様の足を踏んでいませんね?」

 休憩が終わり、ダンスの練習をしているとマリナ先生が驚いた顔をした。

「ステップも以前より軽やかだこと」

「そうだな、上出来だ」

「だから早く魔力を制御したらいいと言ったじゃありませんか」

 マリナ先生、今何と言いましたか?

「一時的なものかもしれませんし、これからは毎日スキンシップしてくださいね」

 顔を覆ったのは私だけで、ルシファー様は咳払いしたのみだった。

「それに、エリィ、あなたも旦那様に様をつけなくてもいいのですよ?」

「え、呼び捨てってことですか?」

「夫婦になるのでしょう?」

 そこに、アモンさんが入って来て言った。今は執事の一員としてこの屋敷で働いている。

「エリィのことはパーティで堕天使との友好を示すためにお披露目するからな。夫婦にならずしてどうする」

 聞いてなかったことなんですけど!?

「ルシファー、お前、まさか騙して連れてきたのか?」

「騙しては……ない」

「でも本当のことは言ってないですよね!!」

 しかし、アモンさんは続ける。

「観念しろ、エリィ。この男は元からこういう男だ」




 その夜。自室としてあてがわれた部屋のバルコニーで、寝付けずにぼんやりしていた。

 ルシファー様に関して、聞きたいことが多すぎる。一体いつ、私を知ったのか。何故、私を300年も守ってきたのか。私には心当たりがない。

 そこへ、控えめなノックの音が響いて、私は思わず飛び上がった。

 ドアに近づいて声を聴けば、そのルシファー様だ。

「どうしたんですか、こんな時間に」

「エリィに話しておきたいことがある。部屋に入れてはもらえまいか?」

 迷う気持ちよりも、疑問が解消されるかもしれないと、私はルシファー様を部屋に入れてしまった。

「どうしたんですか、改まって」

「いや、昼間のことを謝りたかったのと……お前との出会いについて話しておきたかった。俺が300年前、堕天使として落ちてきた時のことを」


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