そうはならないんじゃないですか?
薄紫の浄化の炎がまだくすぶっている。バアルは一瞬にして灰となってしまった。
わー……怖い……。あの事件の時の炎も浄化の炎だったのか……。
「怖いか? 嫌なものを見せてしまってすまない」
ルシファー様がこちらを見て、しょんぼりしている。
「怖いか怖くないかで言ったら怖いですが、自分が殺されていたかと思えば、まぁ……複雑な気持ちではありますけれど」
「ルシファーが僕にその浄化を使ったら、どうなるかちょっと興味あるんだけどねぇ」
壇上の玉座から降りてきたサタン様がつかつかとルシファー様に近づく。
「引き分けで決着がついたでしょうに」
「でも、浄化は使わなかったよね?」
にこにこと無垢な少年のように笑うサタン様は、本気でルシファー様と一戦交えたいみたいだった。
「サタン様。このアモンめからも、いたずらに戦うことは制止させていただきます」
「はー、つまんないの」
くるんと背を向けて、サタン様は玉座へ帰ってゆく。
「それじゃ、これからの処遇を決めるよお」
「エリィ、よかった! 無事に帰って来これて!」
「マギーさん、もう、何回目のハグですか!」
アルバトロスに帰ってこれたころにはとっぷり日も暮れていた。朝出かけたのにこんな時間まで拘束された。
まあ、ずっと待ってたマギーさんからしたら、怖かったに違いないか。
そう思いなおして、私はマギーさんからのハグを受け入れた。
「結局、大公爵のバアルの座が空いたから、爵位のなかったルシファーが大公爵に抜擢か」
「えぇ、消滅してしまってはもうどうにもなりませんから」
そう言ってアモンさんが私の淹れたコーヒーを堪能している。
「ほんとにマナが入っていますね、それに美味しい」
不思議な光景だなとマギーさんに首を絞められながら私はあたりを見回す。
ルシファー様、マギーさん、師匠のベルゼブブに、アモンさん。
全員、魔王城に関係があり、なにがしか高位の者たちだ。そんな中、堕天使であるだけの自分がいるのは肩身が狭い。
「エリィさん、あなたの力は誇っていいものですよ」
アモンさんが左の眼帯を外して見せる。
「あなたのコーヒーでうっすら視力が戻ってきたようです」
「え……!」
「あなたのマナは癒しの効果もあるようですね。ルシファーはいつ彼女に気づいたのですか?」
同じくコーヒーを飲んでいたルシファー様がむせた。
「それは……」
「おや、教えたくありませんか?」
アモンさんが嬉々としてしたり顔をする。
「でもよう、アモン。何もお前が執政官を辞することは無かろうに」
そう言った師匠は心底もったいなさそうにアモンさんに向けて言う。
「いえ、こうでもしないと純血派の悪魔たちはまた動き出すでしょう。シンボルである私がいなくなることで堕天使たちが静かに暮らせれば、それでいいのです。この左目に傷をつけた堕天使の実力はわかっていますからね」
そう言って、アモンさんがルシファー様をちらりと見る。
そっか、そうだったんだ。
サタン様が出した結論は、明日にでもニュースになって魔界中を駆け巡るだろう。そして、問題はそれだけではなく。
「ルシファー、あなた、大公爵就任のお披露目パーティで、誰をエスコートするの?」
アモンさんの言葉に、ルシファー様がまたむせた。
「わー、これも似合うわ、エリィ!」
数日後、アルバトロスは休みにして、マギーさん、ルシファー様、私の三人で仕立て屋に来ていた。その理由は――
「エリィを連れて、パーティに出る」
なんでこんなことに。
私は着せ替え人形にされるがままになっていた。
「エリィ、アナタはドジが目立ってたけれど、もとは綺麗なんだから黙ってれば大公爵夫人も板につくわよう!」
採寸自体は終わっていたので生地や色みを見ていたらしいけれど、完全にマギーさんの趣味だ。
「ほら、今度はこっちなんかどう?」
マギーさんが差し出してきたのは、ルシファー様の瞳の色を模したような美しいブルーのドレスだった。
「着てみたいです!」
「お前たち、遊んでないか?」
同じく、採寸の済んだルシファー様があきれ顔で私たちを見やる。
「そんなことないです!」
そう言って、ルシファー様に詰め寄ろうとしたところ。
ビタン、と盛大にコケた。
「エリィ、大丈夫か」
ルシファー様に助け起こされて、私は恥ずかしくてたまらなかった。そうなのだ。いくら着飾っても、ドジのエリィの異名は伊達じゃない。
「エリィ、俺に一つ妙案があるんだが」
「そのドレスは転ばないか?」
「はい、丈がちょうどいいので」
仕立て屋から現在。なんとルシファー様のお屋敷に来ている。マギーさんはお邪魔すると悪いから、とアルバトロスに戻っていった。室内の調度品は美しいものばかりで、きっとお高いんだろうなと思わせるが、嫌味のないセレクトはルシファー様らしいと言える。
「さて、今日から一か月後のパーティに向けて、マナーなどを叩きこんでいくわけだが」
「あの」
「なんだ?」
「泊まり込みですか?」
「そうに決まっているだろう」
やっぱりね、そんな気はしてた!
お屋敷は魔王城近くにあって、アルバトロスから通うには遠い。
マギーさん、ルシファー様に耳打ちしてたのはこういうことか。
「ちなみにマギーからは、一か月みっちり仕込んでくれと言われている」
マジですか。マギーさん。




