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はじまりに一杯のコーヒーを 〜上級悪魔は、私にもう一度笑う理由をくれた〜  作者: 長良リコ
第三章 再会とコーヒーの秘密

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謀略

「へぇ、アイツ、こんなのが好みだったんだな」

 目が覚めてやっと、手を縛られて冷たい石造りの床に転がされているのがわかった。

 私、マギーさんにお使い頼まれて出かけたはずなのに。

「ほら、何か言えよ」

 おそらく靴の先だろう、顎と首の間にねじ込まれて私はせき込んだ。

「あなたは……」




「それじゃ、気をつけて行ってくるのよ。あんなことがあった後だけど、アタシもベルゼブブもついていけなくて」

 アスモデウスの騒動から一週間が経ち、夏も目前という頃だった。

 マギーさんが曇った顔で私を見つめる。両手をぎゅっと握りこまれて私はびっくりした。

 そっか、あんな事件の後だもんね、心配もするよね。

「大丈夫ですよ。ルシファー様が私のために本気で怒ったことで、他の悪魔たちは遠巻きにするようになりましたし。すぐ近くの市場ですから!」

「そうね。アタシの心配のし過ぎね」

 いままでのドジをからかってきた悪魔たちは鳴りを潜めている。それどころか、マナの入ったコーヒーに感謝して、ありがとうを言われたりした。

「それじゃ、行ってきます」

 海沿いの道に沿って歩いて20分くらいで着く市場がある。魔界にはあちこちワープゲートがあるが、魔力を注がなければ使えない。そして、私はワープゲートを使うだけの魔力がなかった。

 それにしても、私がルシファー様と同じ堕天使だとは。

 何の原理か、まだ見習いだったせいなのか、私が作る物にはマナが宿るらしい。それがルシファー様の役に立っているのが誇らしく感じられた。

 でも、近くにいてはいけない気がする。今のままが一番いいのだ。

 恋心は深海に深く沈めて、浮き上がってこないようにしなければ。

 ふとそこまで考えて、海が見えるぎりぎりの森に差し掛かっていたことに気づいた。誰かが何かを仕掛けるなら一番いい場所。そう思うとちょっとぞっとする。

「こんにちは、お嬢さん。君がエリィちゃん?」

「ひゃ!」

 森の茂みの中から男の悪魔が出てきた。ウルフに伸ばした髪はアメジストのような美しい紫色、瞳は深紅、まるで堕天使みたいな美しい悪魔だった。

「どうして私の名を……?」

「ベルゼブブから頼まれたのさ、君が外出することがあれば護衛をしてほしいって」

「師匠から?」

「ボクはバエル。ルシファーやベルゼブブの親友さ」




 市場に着くまでの間、バエルさんとはルシファー様と師匠のことを話しながら歩いた。

「それでベルゼブブの奴がさ、100人前のコース料理作って。サタン様も大目玉だったんだ」

「そんなことがあったんですね」

 話を聞きながら、私は違和感をいだいていた。400年前、師匠と出会ってからバエルという悪魔の話はついぞ聞いたことがない。ルシファー様も、孤高の存在として名高く友達と呼べる悪魔はサタン様ではなかろうか。

 それでも逃げずに市場まで来たのは、もしかしたら他の悪魔たちが助けてくれるかもしれないと思ったからだ。けれど、その淡い期待はつぶされた。

 お店の人たちが明らかにバエルさんを見ておののいている。ここら辺は下級悪魔しか住んでいない。そもそも期待するのが間違っていた。どんどんバエルさんの魔力の圧が強くなっている。

「おかみさん、ミルクって入荷してますか?」

「はいよ、エリィちゃ……ん」

 バエルさんを見た瞬間、おかみさんの表情が固まった。

 なんとかミルクは買えたが、おかみさんの態度はよそよそしいものだった。

 自力で逃げるしかなさそうだけど。

 ルシファー様からもらったブレスレットはあの時、砕け散ってしまったので本当に一人で対処するしかない。

 曲がり角が見えて、私は一か八か走り出した。あの先の小路は迷路みたいになっている。うまくしたら撒けるかもしれない。

「はは、どうしたのエリィちゃん?」

 私は静止する声も聞かず、迷路のような小路を走り抜け、命からがら逃げきった。

「はぁ、はぁ……ここまで来ればもう……」

「だいじょばないねぇ!」

「っ!」

 上空から声が聞こえてきて、バエルさんが浮かんでいた。

「護衛から逃げるなんて、悪い子だねぇエリィちゃん?」

「あなたは何がしたいの?」

 うーん、とバエルさんが腕を組んで困ったようなポーズを見せた。それは明らかに楽しんでいるのがわかって、悪意が透けて見えた。

「君をルシファーから消し去ることかな。あとね、ボク、本当は魔界の大公爵バアルっていうんだ」

「バアル……反堕天使派、悪魔純血主義者の、あのバアル?!」

 名前だけは聞き及んでいたがめったに姿を見せないことで、容貌までは知らなかった。

「そう、だから君には消えてもらうよ」




「あなたは……バアル!」

 どこかでぴちょんと水の滴る音がした。おそらく、どこかの地下牢なのだろう。壁には拷問器具が並んでいる。

「堕天使エリィ、君には地獄の拷問をして、その首をルシファーの屋敷の門前に晒してやろう」

「そんなことをしてもルシファー様は動じないわ」

「そうかな? 君みたいな出来損ないが、400年も生きてこれたのはベルゼブブの知恵と、暗躍していたルシファーのおかげだろう?」

「どういうこと?」

「気づいていなかったんだね。もめごとには必ず兵士が来て救ってくれる。おかしいと思わなかったのかい?」

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