再会
「ハハハ、マギーの店だったのか、そりゃ美味そうな匂いがするわけだ!」
そう言って、ベルゼブブと呼ばれた男は卓上の食べ物を食い尽くしていく。ミントグリーンの髪をポニーテールに結い上げ、髭の生えた口には朝食だったオムライスが付いている。
「ちょっと、アタシたちの朝ごはん食べつくさないでくれる?」
「いいだろ、減るもんじゃないし。いや、減るな! ハハハ、そうだ、エリィ、コーヒーを淹れてくれ」
マギーさんがため息をつく。
「はい、師匠」
「へ、師匠?」
目をまん丸に見開いて、マギーさんが私に問う。
「私にコーヒーの淹れ方を教えてくれた師匠なんですよ」
そう答えつつ、私は丁寧にコーヒーを淹れていく。立ち上る湯気が遠い昔を思い出させてくれる。
「あとは、食べられる野草なんかを教えてくれたり。私が生きてこれたのは、師匠のおかげなんです。はい、できました、コーヒーです」
そう言って師匠であるベルゼブブにコーヒーを渡す。
「どれどれ……うん、ちゃんと美味しいな! お前はコーヒーだけは免許皆伝だったからなぁ」
「お褒めに預かり、光栄です!」
やり取りを見ていたマギーさんが、より大きくため息をつく。
「ところで300年もどこに行ってたのよ、こっちは厨房回すの必死だったんだからね」
「あぁ、魔王城の厨房か。オレが抜けたところでお前が回すだろうと思ってたからな」
マギーさん、魔王城の厨房に居たんだ、どおりで。
そこで、とうとう師匠が卓上のごはんを食べつくした。
「ごちそうさん!」
「って、あぁもう。ご飯作り直しじゃないの……ベルゼブブ、アナタ今日からここで働きなさい!」
「6番卓、ペペロンチーノとオムライスです!」
ランチタイムの営業はいつもと変わらず大盛況。でも、それを見事に回しているのは師匠の料理術。素早い包丁さばきに、ホールもバッシングも完璧。
私は注文を取り、コーヒーを淹れるだけである。
魔王城の厨房に居たって、伊達じゃないんだなぁ。
と、その時、修復されたドアのベルがカランと鳴った。
「コーヒーと軽くつまめるものをいただきたい」
「ルシファー様!」
思わず駆け寄ると、ルシファー様は優しく微笑みかけてくれる。
「お、見ねえ顔だな。エリィの恋人か?」
師匠が遠慮なしに突っ込んで私とルシファー様は思わず顔をそらす。
「ちょ、ちょっとベルゼブブ……あんたぶっこみすぎよ! それに300年経った今ならアナタのほうがよっぽど昔の悪魔よ!」
「なんだ、悪かったなぁ、エリィ」
「それより店を回してちょうだい!」
マギーさんに叱られた師匠は、しょぼくれながら軽快に玉ねぎをみじん切りにしていく。
「ベルゼブブと呼んでいたが、本当にあのベルゼブブなのか?」
ルシファー様が小声で私に聞いてくる。
「はい」
「そうか、魔王城の初代料理長が戻ってきたか」
「えっ、師匠って料理長だったんですか?」
「うん? ベルゼブブはエリィの師匠なのか?」
お互いに情報不足だ。私は空いていたカウンター席にルシファー様を通す。
「えっと、どこからお話しましょうか……」
「コーヒーを淹れながらでいい、話してくれ」
「どうしよう、この草も美味しくない……」
400年前の魔界。私は森の中で魔獣に怯えながら食べられるものを探していた。
「お父さんもお母さんも一週間帰ってこないし。ここに居てねって言われたのに」
捨てられたのだと、頭ではわかっていた。それでも生きていたかった。私が天使みたいな姿じゃなかったら、愛してくれたのかな。金髪翠眼。あまりに悪魔離れした容姿に、みな気味悪がった。それでも、拾ってくれた義両親には感謝していた。出されたものを食べて、気づいた時には白い羽が黒くなっていたけれども。
私にはここに来るまでの記憶があまりない。どこかで、美しい人に見とれて足を踏み外したような気がするが。
「お前、子供がこんなところで何してるんだ?」
振り向けば、ミントグリーンの髪の大男が私を見下ろしていた。




