これで終わりだと思ったのに
「さぁて、この騒動、僕の右腕ならどう処理する?」
ステージからサタン様がぴょいっとフロアに降りてきた。襲い掛かってきた観客はさっと道を開ける。ステージ上ではいまだにアスモデウス様が泣いているし、もはやライブをしていたとは思えない。
「アスモデウスは魔界から追放、人間界で人間として生まれ変わらせて、自身の心身の醜さを自覚してもらおうか」
「ん、そこ、拘るね。元は君たち堕天使が来て美的感覚が変わったのに。昔は君の言う醜い悪魔こそ誇りだったのにねえ」
サタン様がからかうように言った。
原初の悪魔。ルシファー様はアスモデウス様をそう呼んだ。
そう、だから、天使みたいな金髪翠眼をした私は100年苦しんだ。堕天使たちが堕ちてくる300年前まで。義両親にも見捨てられて。あ、でもあの人だけは――
ふっと過去に囚われそうになった時。
「力でサタン様に一撃喰らわせたのを忘れたとは言わせませんよ?」
「ふふ、そうだったね。じゃ、残りの共犯者は?」
「観客たちは洗脳されていました。執行猶予を」
大勢から安堵のどよめきが起きた。
「じゃ、これは?」
そう言ってサタン様が指さしたのはアレウス君で。
私は、ルシファー様がこぶしを握りしめたのを見逃さなかった。けど、殴るよりも前にこう告げた。
「私闘共犯罪で100年投獄、強制労働」
「はぁい、よくできました」
サタン様が手をぱちぱち叩く。アレウス君は顔を真っ青にして叫んだ。
「そんな、俺は騙されていただけで……」
「それが好きな女ともども殺されそうになった言い訳か?」
「っ!」
黙りこくったアレウス君だったが。
「この腑抜け野郎!」
ルシファー様の代わりだろうか、マギーさんが一発お見舞いした。
「サタン様、ルシファー様、わたくしの愚妹が起こした不祥事、寛大な処置をいただきありがとうございます。アスモデウス! しっかり反省してくるのよ!」
「そんな、お兄ちゃん……見捨てないで。魔力もないのよ、これじゃ人間界に行っても……」
言葉の途中で、アスモデウスの姿が消えた。
「刑の執行は迅速に、でしょう?」
ルシファー様がうやうやしくサタン様にお辞儀した。気づけば、アレウス君の姿もなかった。
ライブハウスの騒動から一夜明けて。コーヒーの湯気立つ朝食の席でマギーさんは大きな伸びをした。
「ふあぁ、エリィ、よく眠れた?」
「う、いろんなことがありすぎてあんまり」
あの時、少しだけどルシファー様に抱きしめられたんだよな。
「どうしたの、あんた顔真っ赤よ?」
あぁ、これはわかって言っている。上がった口角がその証拠だ。
「なんでもありません!」
「でも、まさかアンタがアタシを庇うとは思わなかったわ」
そう言われてデコピンされた。
「あれは必死で!」
「でも、もうしちゃだめ。アンタは弱い。それに……私の安易な判断で殺されるところだった。妹が何かしてくるのはわかってた。なのに、高を括ってた」
そう言って、マギーさんは椅子から立ち上がると頭を下げてきた。
「ごめんなさい。エリィの幸せを願ってたのに」
思わず私も椅子から立ち上がる。
「そんな、謝らないでくださいよ!」
「だって、殺されかけたのよ?! アタシを憎んでも当然なのに……」
「ほんとは、妹さんが人間界に行かされて寂しいんじゃないですか?」
「っ!」
頭を下げていたマギーさんが体勢を戻し、私を見つめる。
「アンタの言う通りね……あれだけ問題児だったのに、いなくなると寂しいものね」
その妹にマギーさんも殺されかけたんだけどなぁ、と頭の隅をよぎったが無粋なことは言わない。
「あ、あのホールと厨房の人員を募集しなきゃならないんじゃないですか?」
「うーん。しばらく営業をやめなくちゃならないかしら」
その時。バキン、カラン、とアルバトロスのドアが破壊される音が聞こえた。
「え、何よ!!」
二人で急いで音のした出入り口に駆け付けると。
緑色の髪をした大男がドアを壊していた。
「ここからうまそうな匂いがした」
「だからって……ってアンタ、もしかして、ベルゼブブ!」
その名を聞いて、私は心臓が飛び出るかと思った。




